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私の戦争

私の戦争

2024年04月24日
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食後、ホテルに嗣祖を案内する。


 「ダイちゃん 一局 打つか」


 「お願いします」


 このままでは寝付かれないのだろうか。そんな雰囲気の誘いだった。嗣祖様の棋力は、教団でもトップクラスの実力者である。二代教祖は名誉五段で、その本当の力は分からない。嗣祖とは何回か打っているので良く分かる。三石置いての対局である。かなりイライラしているような打ちぶりに、その身辺で何か起きているか。勝負というものでなく、ただ打っているだけだ。
 「ありがとうございました。これで失礼します。では、ごゆっくりお休みなさいませ」
 ロビーで待たせている妻のことを思って、早々に切り上げた。囲碁をそれなりに打てることで、教団では役に立つ。幹部ともよく打っていた。特に湯浅先生とは、顔を見せるとすぐ碁盤を運ばせるほど。小倉に講義に来ると、福岡にいた私をわざわざ呼び出す。教義の勉強もさせていただいた。
 二ヶ月に一回ほど、本部で指導部長会議が開かれる。会議の後、二代教祖のホールに集まりそれぞれに談話したり、囲碁を楽しんだりすることもある。
 「おい、ダイ 打ってみるか」
 二代教祖から声が掛かる。この上もない喜びである。恐る恐る碁盤の前にかしこまる。
 「どうしたらいいのかな」
 戸惑っていた、
 「ダイちゃんが黒でいいと思います」
 嗣祖様が助け舟を出す。アルコールも手伝ってか、真っ赤な顔を打ち始める。宇宙遊泳している気分だ。二代教祖の打ち方は、早い。ポンポンと打たれる。その速さに負けていない。形勢がどうなっているか、判断できないスピードで、あっという間に終局となった。並べてれば、一目勝っていた。その時、なんだか申し訳ない感じで、二代教祖の顔が見られず、ただ碁盤を見つめるしかなかった。


 「ありがとうございました」


 やっと声を出して、その場を離れる。義兄が追いかけるように言葉を浴びせた。


 「バカか。なんで負けてやらないのか」


  「初めの対局で、そんな余裕はありませんよ」
  義兄の言葉に思わず反発した。


 「いや、あれでよかったのだよ。遊びとは言え、真剣に打ったのだからおしえおやさまもいい気持ちだったと思いますよ」
 背後から声がかかる。いつの間にか、嗣祖様おられた。義兄は言葉に窮したては、ムッとしていた。この頃からか、嗣祖の発言が、ある一部のグループに、なんとなく受け入れられない感じがしていた。



 長女が小学三年。次女は一年に入る寸前の四月初め、これで4回目の転校になる。また友達ができるだろ、とのん気に構えていたが、本人はどうだったのだろうか。


 二代教祖の時代は、特に異動が激しかった。5年半の間に、5回の異動。教会を新設したので引越しは6回に及ぶ。辞令があれば直ちに移動するのが、原則であった。在任46年間で22回の引越しをしたことになる。こうなればもう引越しのプロだろうか。
 転校を繰り返す子供は大変。教科書は違うし、学力の足並みが揃わない。もっとも大きいのは友達が出来難いことだろう。それを防ぐ意味で、本部のPL学園の小学校は、3年から編入でき、寮生活を送ることもできた。長女も繰り返す転校に遂に親元から離れる決断をした。
 残された妻と次女の寂しそうな表情を、まともに見ずに長女を乗せて学園に向かう。最後の夕食を学園近くのファミレスでする。会話はない。食べ終わって、突然長女が泣き出す。
 「学園に行くのが嫌ならこのまま引き返すよ。パパはどちらでもいいのよ。少し考えるか」
  泣き終わった。
 「このまま寮に入る。泣いたことママには言わないで」
 この年で、親を気遣うとは。母親の寂しさを理解しているのだろうか。長女をグッと抱きしめた。
 「わかった。それなら行こう。途中で嫌になったら帰ってきてもいいからね」


 嗣祖様は、降格とも見られる首都圏教区長の辞令が発令された。その人事に対する受け止め方はさまざまであった。最後に教会の有様を研究するためか。


 布教の最前線に立たれるとは、そう思えばすばらしい。嬉しかった。なにしろ身近に指導が受けられるからだ。着任早々指導部長長が集められた。今後の抱負やらを語って、すぐに終わり、会食して解散した。またも碁盤を囲む。打ち進みながら、突然、嗣祖が洩らした。


 「本部を追われて財産と言えばこの碁盤と碁石かな」
 どんな意味かは聞かない。
  「それにしてもいい碁盤です」
  「そうだよ」
  「嗣祖さま、この下旬でも長野の教会を回っていただけませんか」
 チャツカリおねだりした。
 「うーん、いいよ。そうだよね。会員と直に接したいなあ」


 この上もない喜びを噛み締めながら終局となった。
 嗣祖様は、約束通り運転手付きの専用車で見えた。広い長野県を回る。教会だけでなく、会長の家まで気楽に上がり、記念写真に納まる。皆は大喜びだった。その写真はそれぞれの家庭に今でもあるだろうか。二日をかけての行事は無事終わった。






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最終更新日  2024年04月24日 16時11分28秒
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