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五、沖縄目指して

五、沖縄目指して

 四月七日、寺内艦長総員を前甲板に集め、戦艦「大和」坐乗の司令長官伊
藤整一中将の訓辞を伝達。
 
 「神機将ニ動カントス。皇国ノ隆替、懸リテ此ノ一拳ニ存ス。各員奮戦敢
闘、全敵ヲ必滅シ、以テ海上特攻隊ノ本領ヲ発揮セヨ。」

 戦艦大和には伊藤中将坐乗。これに従うもの巡洋艦矢はぎ、駆逐艦雪風、
浜風、磯風、朝霜、霞、冬月、初霜、涼月の十杯。選ばれし将兵の意気まさ
に天を衝く。そこには生も無ければ死も無し。ただ黙々と自己の配置に全身
全霊を打ち込み、一路沖縄目指し威風堂々白波を蹴立て進んだ。

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 雪風は十七駆逐隊磯風、浜風と先行し、豊後水道で敵潜水艦警戒のため爆
雷投射、そののち水道南方にて敵潜水艦を探知す。朝霜が「われ機関故障
中」の信号を発し、隊列より遅れる。

 四月七日、運命のその日はどんよりと曇り、雲が低くたちこめていた。握
り飯の戦闘食を食べ終わらんとしていた一ニ時三○分、けたたましくブザー
が鳴り、次々と「総員配置につけ」、「対空戦闘射撃に備え」、「第五船
速、面舵イッパイ」、「対空射撃備えヨーシ」、「右三○度、敵艦爆、本艦
ニ向カッテ来マス」など指令、応答。

 雲の切れ目より米機突如として来週す。「打ち方始め」、ラッパが鳴ると
共にドスンドスンと物凄い大砲音が頭上に響く。

 「右六○度、魚雷本艦ニ向カッテ来ル」

久保木尚兵曹は三番機銃で対空戦闘。佛坂軍医長は士官室を戦闘治療所にし
て待機、全乗員戦闘配置に就き、指令次々。「信管九四、一二ニ」、「ニ三
番極度旋回右砲戦」、「左三○度、敵の飛行機信管一五三」、「二三番極度旋回」。
そして弾薬庫から砲塔に砲弾をゴーゴー音をたてて上げる。敵機F
6F、TBFは雲間から本艦めがけて突込んで来る。「取舵イッパイ」。

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 機銃も一斉に火ぶたを切る。取舵、面舵一杯で艦は左右にひどく揺れる。
この時、雪風の右舷前方涼月の前の浜風の第二缶室に魚雷が命中し、ぱっと
閃光がひらめき黒煙につつまれ、艦体がまっぷたつにさかれ、艦尾をさかだ
てて轟沈していった。浜風には京大出身の山本軍医大尉が乗っていた。彼は
数日前結婚したばかりなので、無事であれと祈る(後に、山本大尉が奇跡的
に救出されたことを知った)。

 続いて雪風後部より二番煙突めがけて降下するグラマンF6Fに久保木兵
曹は照準射撃、見事命中する。続いて第二波の攻撃が開始され三番機銃は主
に大和に向かうTBFを攻撃し、見事一機を撃墜する。機銃員山元重吉が脚
を負傷して血に染まってやって来た。直ちに止血包帯を施行すると、また自
分の配置にとんで帰る。一番砲長今川八太郎肺内留弾で倒れ応急治療をし助
かる。「左一三○度、高度五」。

 炸裂音で士官室は耳もつん裂くばかり。硝煙の匂が士官室一杯に充満す
る。ニ四門の対空機銃は敵機目がけて一斉に火蓋を切る。雪風の弾幕で、敵
機は火を吹き海中に没する。兼歳豪人兵曹は砲台先任下士として、主砲、機
銃を監督し大奮戦。

 雪風の乗員の闘魂、まさに天を衝く。日夜の猛特訓の精華をいかんなく発
揮する雪風は、大和の千五百米横で護衛の任にあたり航行中。佐藤甲喜砲術
士は中部機銃群指揮官として初陣。

 砲声のこだまする中を、小早川測士が魚雷音を測定。「右三○度、魚雷音
感度四」、「左四○度、魚雷音感度5」と矢継ぎ早やに報告する。右片腕を
失った野田正上水は、その腕を口にくわえてラツタルを降りて行く。その度
に艦は右に左に転舵し魚雷をかわす。「右九○度魚雷音」と、どなると同時
に「艦底通過」と叫んだ。全く雪風は運がいい。雷跡及び機銃弾の跡が白い
毛糸の模様のように縦横に幾条も画かれる。撃ち出す主砲、機銃の音。雨あ
られと降る爆弾の炸裂音は妙えなる大交響楽のようだ。我等に死の恐怖は微
塵も無い。後部機銃指揮官の掌砲長菅原中尉の落ち着いた態度、さすがに歴
戦の勇士だ。艦と将兵は、寺内艦長をはじめ一兵に至るまで一身同体、火の
玉となって敵に当たったのである。

 雪風乗員の根性を見よ。後甲板の機銃指揮福田哲郎兵曹の奮戦は実に目覚
しい。

 敵空襲は熾烈を極め、遂に巡洋艦「矢はぎ」も沈み、駆逐艦霞も沈没、磯
風は停止、涼月は前進不能になり、後進のみしか出来なくなる。雪風と冬
月、初霜三艦が健在で奮闘を続けた。大和は敵の集中攻撃を受けながらも健
闘、大和後部に魚雷命中水柱が上がり、第五波、第六波、第七波の空襲で大
和は中後部に相当魚雷を受け、中部探照灯台付近は爆撃で甚大被害を受け
た。その後傾斜を始め、第八波の来襲約百機で、大和はほとんど真横になり
艦橋は水中に入り乗員が艦腹の上に上って行くのが望見された。雪風が大和
のほとんど真横に来た時すごい光が閃めいて大爆発し、噴煙は大和の艦橋の
五倍の高さに天を染めて、爆弾三○余発、魚雷一五発以上を受けて運命遂に
到り、爆発の大音響と共に、四月七日午後二時三ニ分無念、鹿児島南の坊の
岬の南方九○マイルの地点に世界最大の戦艦「大和」は永久に英姿を没し
た。

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