~東海公営、思い出の名馬、名勝負集2~~東海公営、思い出の名馬、名勝負集2~『豪華メンバーとその後の運命』 第1回全日本サラブレットカップ(2500M) 1988年11月23日(祝)笠松競馬場 「笠松に3千万円レース誕生!」 地元、スポーツ紙にこんな見出しが躍ったのは、この年の 春になる前の頃だったと思う。 当時の地方競馬では、大井の東京大賞典や東京ダービーこそ 優勝賞金が4000万円に増額されていたが、唯一のJRA との交流戦である帝王賞でも初めて3000万円を超えた ばかりだった。 もちろん東海公営でも、最高クラスの東海桜花賞や東海菊花賞は 1500万であり、この3000万円という賞金は超破格な ものだった。 それもそのハズ、地方競馬のNO1を決めるレースなのだから・・・ その名も「全日本サラブレットカップ」。 「笠松もやるな」私は驚きとともに、ビックな賞金を求めて 全国からどんな野武士達がやって来るのか、ワクワク胸躍る 気持ちでその日を指折り数えて待っていたのは言うまでもなかった。 直前に新潟のセントエリアスが取り消したのは残念だったが、 記念すべき第1回の出走馬は、当時の各地区の地方競馬を代表 するような好メンバーが笠松に集結した。 さて当日、曇天ながらも良馬場の笠松競馬場には実に 12000人近くのファンを集め熱気と期待が伝わっていた。 レースは、ヒデノファイターが前半800メートルを54秒5の 超スローで逃げ、イナリワンが楽に2番手、シナノジョージが その後に付け、内にカツノコバン、1番人気に推された地元 フェートノーザンは中団キープで先行勢をにらむ。 差なくポールドヒューマ、フシミラッキーと続き小回りの 長距離らしく淡々とした流れだった。 レースが動いたのは2周目の向う正面、残り600メートルを 切ったあたり、アンカツ、フェートノーザンが一気にスパート! 前を行く、シナノジョージ、カツノコバンを難なく交し、 4コーナー手前では2番手イナリワンと、逃げるヒデノファイター をも捕らえ、先頭に立つとアンカツの右ムチに応え、 力強く抜け出した。 「第1回の優勝馬は、お前だ!フェートノーザン優勝!」 現在、大井競馬等の実況でお馴染みの、及川サトルアナの絶叫が 場内に響き渡ってのゴールイン! 2着のイナリワンに1馬身半の差をつけての栄冠だった。 1着 フェートノーザン (安藤勝己・笠松) 2分49秒8 2着 イナリワン (宮浦正行・大井) 1馬身半 3着 ポールドヒューマ (青木達彦・笠松) 1馬身半 4着 カツノコバン (加藤和宏・高崎) クビ 5着 フシミラッキー (柳澤好美・北海道) 半馬身 6着 ヒデノファイター (戸部尚美・名古屋) 1馬身半 7着 シナノジョージ (吉井敏雄・金沢) 5馬身 8着 ハツノフドウ (松原義夫・笠松) ハナ 9着 リードセイカン (川原正一・笠松) 3馬身 10着 コクセイピューマ (田中敏和・名古屋) ハナ 上がり 51秒5-37秒8 単勝 170円 複勝 120円 210円 220円 連勝複式 410円 優勝したフェートノーザンは翌年の帝王賞や新設されたブリダーズ ゴールドカップで中央馬も撃破、ダート日本一の座を不動のものに していたが、第2回の全日本サラブレットカップで故障し19日間の 闘病生活の末、無念の死亡。 ファンが待望していた、アメリカ遠征やロジータとの夢の対決が夢に 終わったのは、残念というしかなかった。 (アンカツが、あのオグリキャプより思い出に残ると語っていた フェートノーザンについては、別の機会に紹介したい) 2着のイナリワンは、このレース後、東京大賞典を勝って中央入りし 天皇賞、宝塚記念、有馬記念などを制し89年のJRA年度代表馬まで なるほどの大活躍した。 3着のポールドヒューマは、フェートノーザンが競走中止したサラブ レットカップの優勝馬となり、90年の帝王賞で僅差の2着になるほど 力を付けていった。 4着のカツノコバンも、このレースの後、高崎大賞典のV2を達成し 中央入り阪神大賞典では繰り上がりながら2着に入って大穴を演出したり したが、次走の天皇賞で故障、予後不良となってしまった。そう、 地方競馬出身として天皇賞馬となったイナリワンの快挙の陰で・・・ その後、悲しいほどにも競走馬としての明暗をクッキリ分けた、 第1回全日本サラブレットカップだったがその他にも、 果敢な逃げて場内を沸かした名古屋のヒデノファイターは 翌年、東海代表としてオールカマーに出走し見せ場を作った。 また、帝王賞2着の実績があり、このレースを勝つために金沢に トレードされたというシナノジョージや北海道から遥々来てくれた、 北海の女王フシミラッキーも忘れられない。 あれからもう20年近くの時が流れ、JRA馬も出走し距離も 1400メートルになったサラブレットカップだが(現在は休止中) 私は今でも第1回の「全日本」がもっとも強く、印象に残っている。 ジャンル別一覧
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