昨日は、世田谷パブリックシアターに、『「鐵輪」能楽現在形 劇場版@世田谷』を観にまいりました。
昨日の演目は、舞囃子「猩々乱」、能「鐵輪」。そしてポストトーク。
舞囃子「猩々乱」。喜多流・友枝雄人。能『猩々』の中で舞う舞い「乱」。猩々(獅子)が海中から出て来て波の上で舞い遊ぶさまを特殊な足使いで見せます。きわめて高度なテクニックを駆使し、ダンス性を備えたダイナミックな舞いと解説にありましたが、まさにそのとおりの舞いでした。
床をプレスしたエネルギーで片足を上げたまま、緩やかに回転し、そのままの状態で静止するという動きが何度も出てきました。回転量は、ダンス的にいうと、3/8回転くらいでしょうか。実際には、もっと少なく1/4回転くらいかもしれませんが。私たちのダンスのように床からのプレスで、高速回転し、ロンデターンのように外側回転、あるいは、パッセの形状をとっての、内側に回転のような形でエネルギーと使い切ってしまわず、緩やかに回転するには、かなりコントロールされたバランスが必要なはず。あれを装束を着て踊られたら大変なことでしょう。昨日の紋付袴姿でも、汗がアゴから滴り落ちていらっしゃいましたけれど。いずれにしても面白い舞いでした。
能・喜多流「鐵輪(かなわ)」。京都下京辺りに住む女(前シテ・狩野了一)は夫(ワキツレ・高井松男)に裏切られ、捨てられたことを恨みに思い、貴船神社に毎夜通って祈願しています。ある夜、貴船の宮の社人(アイ・野村萬斎)から、鉄輪に火を灯して頭にいただき、顔に丹(赤い染料)を塗り、赤い着物を着て怒る心を持てば願いが叶うという神託が伝えられます。女はそれを聞き次第に気色が変わり、鬼のようになって走り去っていきます。女の夫は夢見が悪いので、陰陽師安倍晴明(ワキ・宝生欣哉)のもとを尋ねます。清明は前妻の呪詛を受けていること話し、調伏のための祈祷を始めます。そこに、鉄輪を頭にいただいた恐ろしい形相になった前妻に生霊があわられ、捨てさられた恨みを言い、夫と新妻の形代を打ち据えますが、清明の力で次第に力も弱まり、恨みの言葉を残して去っていきます。
何度も拝見した曲でしたが、演出の効果で全く違ったものに感じました。
劇場とのことで、照明効果をうまく使っておりました。女が貴船神社に赴くシーンは、照明が青白いスポットのみで、その光が女の被っていた笠を照らし、本当に月夜の中を歩いているようでした。また、ここ特製の3本柱の能舞台をいかすため、お囃子、地謡は、橋掛のあいだの黒い空間にすわり、シテ一人が舞台で演技をするという不思議な空間。そのため、後半のシテの情念がひときわ際立った形になりました。
私は、2列目の左端(能楽堂的には脇正面と中正面をミックスしたような席でしょうか)でしたが、とても舞台に近い位置でしたので、シテの方と面越しに目が合うような感じが何度もして、いつもより暗い空間で鬼になった女のその恐さとともに、切なく悲しい想いが伝わってくるような気がいたしました。
いろいろな試みの面白い舞台ではありましたが、アイの萬斎さんの出番が少なかったのは、ちょっと残念。座ってらっしゃる時間は長かったけれど(笑)。
社人の衣装も、いつもと違い、長い袴に烏帽子姿。この装束では拝見したことなかったなあ。能の始まりで、いきなり右側の橋掛かりから登場~で、一瞬、阿倍晴明かと。
「ポストトーク」。出演は、喜多流シテ方・狩野了一、大鼓方・亀井広忠、笛方・一噌幸弘、狂言方・世田谷パブリックシアター芸術監督・野村萬斎。
ベージュの少し長めのジャケットに、ベージュのパンツ、薄いブルーのシャツに、能舞台のため、足元は足袋というお姿で萬斎さんの登場。少し説明を加えた後に、洋服姿の亀井さん、一噌さんが登場。
シテを務められた狩野さんは紋付姿で少し遅れて登場。開口一番
「今、抜け殻のような状態なので、本当は皆さんの前に姿をさらしたくないのですが。」
正直なお言葉。1曲を演じるということは全エネルギーを集中させて大変なことでしょう。終わった直後は、魂が抜けたような状態にもなるのでしょう。能楽堂であれば、終演後にポストトークなんてありえないですから。
話題は、劇場で演じるということで、「能」にどこまで、演出効果を使っていいものかと。今回は、照明、舞台そのもの形状、そして、囃子、地謡の位置などに工夫を。
狩野さんは、シテ方は面をつけるので、普段でも、孤独な感覚になるシテですが、今日は、いつも後と横にいるはずのお囃子と地謡の援護射撃もなく、舞台も暗いため、いっそうの孤独感があり、ブラックホールに吸い込まれるようだった"と語っていらしたのが、印象的でした。