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国鉄大社駅は山陰線の支線として明治45年(1912)に開通しましたが、そのときの駅舎は今の半分ほどの大きさでした。 大正2年(1913)、出雲大社神苑から神門通りが開通し、出雲大社から駅までを直結するルートが出来ました。 一方、国鉄山陰線は大正12年(1923)に京都から益田までが全通し、出雲大社への参拝者も爆発的に増え、駅舎も手狭になりました。 そこで出雲大社の表玄関としてふさわしい建物へ改築しようと、同年9月に起工、12月に上棟式を行い、大正13年(1924)2月13日に竣工したのがこの駅です。
建物のデザインは、駅舎全体に入母屋の大屋根を架けるなど、調和のとれた和風表現に特徴が見られます。 中央待合室は屋根を高くし、高窓を設け、左右対称の美しい建物です。 和風の外観に対し、構造は西洋風で、屋根の骨組みには部材を三角形に組み合わせたトラス構造を採用しています。
駅舎は木造平屋瓦葺きで、柱などには台湾産などの桧が使われています。 壁は漆喰仕上げですが、腰から下は縦板張りです。 中央は高い天井の三等待合室があり、照明器具や料金表、時刻表は趣があります。
一・二等待合室の天井に抜けている部分があるのは、ストーブの煙突の痕跡です。 左手には事務室、その前面には皇族等の貴賓室としても使用された応接間が設けられています。 大待合室中央に出札室があって、昔の切符売機、電話機なども置いてあります。 その両側に木製の改札口があり、駅舎の南側には後に付設された石製の団体改札口があります。 駅舎には所々に造作の遊び心が見え、屋根には亀の瓦がいくつか載っていますし、線路へ降りる鉄板にはウサギを見ることができます。
この大社駅開業により、出雲大社への参拝客は増え続け、昭和35年(1960)には、1日2,000人を越える人が利用していました。 しかし、その後は自動車の発達により乗降客が減少し、平成2年(1990)の大社線廃止により大社駅はその使命をおえることとなりました。
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僕がサッカーに熱中していた頃、大社高校は神門通り近くにありました。 そしてこの駅から各地の大会へ向かいました。 当時、出雲市駅には大社線の経由ホーム"0番ホーム"がありました。 沢山の思い出が詰まった大社駅がいつまでも残される事を願います。
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