うさぎ探偵! PROF.2 臭い物には乾杯(2)
第1話はこちらうさぎ探偵! PROF.2 臭い物には乾杯(2) 02 曲垣俊太郎は死んでいた。 突然、何の前触れもなく倒れたのである。 萌子も最初は冗談かと思った。 だが付き人達が慌てふためき、心臓の止まった彼に人工呼吸を施すのを見ていると、どうやら本当らしいという実感が沸いてきた。 もしこれが冗談でないなら、普通は食中毒を疑うところだ。なぜなら食事中に倒れたのだから。 だが3分後に到着した救急隊の人達は、テキパキと被害者を担架に乗せながら、落ち着いた声で通信機にこう言ったのである。「アルカロイド中毒の可能性あり。警察に通報してください」 と。「毒を盛られたかもしれないんだってさ」 紋次郎が耳元でそう教えてくれた。だが教えられずとも、そうじゃないかと何となく雰囲気で分かった。 *** 刑事が到着したのはわずか数分後で、萌子達にしてみれば身構える暇もなかった。 何人か部下を従えて入ってきたのは、独特の雰囲気のある私服刑事。着崩れたスーツがやけに印象深く、チンピラヤクザのような鋭く突き刺す視線が少し怖かった。 彼は不躾に背を丸めたまま、「お初にお目にかかります。神奈川県警、捜査課の清里と申します。すいませんが、あっしも急に行けと言われて、何が何だか分かりません。お話を伺う代わりに、自己紹介を1人ずつお願いします。まずは店長さんから」 なんだかやけにいい加減な物言いをした。「あ、はい。店長は私です。坂尾修平といいます」 店長はやや小太りの男性で、はきはきした物言いをする人だった。だが口数は少ないようで、名前だけ言って黙ってしまった。「失礼を承知で訊きますが、お客さんが倒れなすったことに心当たりは? たとえば、食中毒とか。メニューが随分と珍妙ですが、食べられる物を出してたんです?」「当然です。うちは話題作りのためにおかしな料理を出していますが、焼きそばに青い食紅を入れたり、変な飾り付けにしてるだけです。変な物を食べさせたりはしていません」 そりゃそうだろう。曲がりなりにも客から金を取っているのだ。 にも関わらずこの女は。「え? なんだー。そうか」 愛菜はすげーガッカリした声でつぶやいたのである。「当たり前だと思うけど」 萌子は苦笑した。「そちらのお嬢さん方、この店のこと、何かご存じで?」 つぶやきが聞こえてしまったようで、清里刑事はこちらへ話を振ってきた。「あ、いえ、ネットで有名なお店なんです。一度食べてみたくて」「へぇ。ネットというと、インターネットですか。それで、あなた方は?」「……あ、あたし佐々木愛菜(ささきまなな)といいます。それからこっちは親友の由川萌子(ゆいかわもえこ)です。今日は都内から食べにきました」 愛菜がこちらの分も話してくれたので、萌子は何も言わずにいた。「そうですか。では次」 ちなみに、刑事は賢明にも紋次郎には自己紹介を求めなかった。 そのことで彼は少しムッとした顔をしたが、うさぎである自分がしゃべると色々面倒臭いことになる、という意識はあるようで、黙っていた。 次に口を開いたのは曲垣の付き人の男――沢口だった。「私どもは《変な味巡りの会》と申します。会名通り、あまり普通でない物を食べ歩くツアーのようなものを、定期的に開催しております。会長は先ほど病院へ運んでいただいた曲垣俊太郎です。私は付き人で沢口信也と申します」 彼がお辞儀があまりに丁寧で、刑事は恐縮したようにペコリと頭を下げた。「メンバーは、私の向かい側にいらっしゃいます後藤様を除き、全員が曲垣人材派遣社の従業員です。後藤様よりお一言ずつお願いします」「は、はい。僕は後藤俊輔(ごとうしゅんすけ)です。曲垣とは大学の友人同士で、たまにこうして一緒に変な店に行ったりしてます」 後藤は少し曇ったようなしゃべり方をした。耳をすませないと、言ってることが聞き取れなかった。 それからその隣にいるのは、スラッとした女性。「はじめまして。夢野美衣子です。こんな普通の服を着てますが、仕事はいわゆるメイドです。以上」 にべもなく、スパッと言い切るような口調。このセリフのみから本人の性格を推測しろと言われたら、『冷たい人』と萌子は答えるだろう。 そして最後は、やけに小さいと感じさせる女性。背は、もしかすると萌子自身と同じくらいしかないかもしれない。「あの、あたし、三国鈴素(さんごくりりす)です。鈴の素と書いてりりすと読みます。土日はいつも俊太郎様に付き合ってこういうお店に来ています」 世の中、声の質と見た目が一致せず驚くことも多いが、彼女の場合は見た目通りだった。キーが高く、後藤とは逆の意味で聞き取りづらかった。 この5人の関係をまとめると、倒れた曲垣俊太郎の下に付き人として沢口信也がおり、そのサポートにメイドの夢野美衣子と三国鈴素がいる。そこに後藤俊輔が友達としてくっついている、という構図らしい。 清里刑事は全員をざっと見渡し、「ありがとうございやした。それで沢口さん。曲垣さんが倒れたなさったこと、何か心当たりはありませんか。具体的にいうと持病がなかったかってことなんですが」「いえ。持病はありません。定期検診の結果は私の方で把握しておりますので、間違いありません」「そうですか。では倒れる直前に何か口にされましたか?」「はい。我々が隣の席のお客様とお話しておりました最中に、サラダを。不躾なのでやめるようにいつも言ってはいたのですが、直していただけませんで……」 沢口達の机を見ると、幾種類かの料理が並んでいたが、どれがサラダなのか分からなかった。どれもなんだかウゾウゾしていて、人の食べる物には見えなかったからだ。だが先ほどの店長の言葉が正しければ、悪いのは見た目だけだ。「食べたのはサラダだけでやすか?」「はい。それ以外は何も食べていないはずです」「ちなみにサラダを食べたのは、本人だけで?」「いえ、まずは最初に出て来た物を全員で食べようということで、皆で食べました」「そうですか」 清里刑事は聞いた話を手帳にメモしていると、不意に彼の携帯電話が鳴った。 彼は少し物ぐさな仕草で胸ポケットから取り出し、「はい。………………了解。お疲れさまです。引き続きお願いしやす」 相手の話を聞くだけ聞いて通話を切った。「今のは……」 慌てたように用件を訊こうとする沢口を手で制し、「はい。残念ですが……曲垣さん、亡くなったそうで。死因は、典型的なアルカロイド中毒のショック死。司法解剖はまだやってませんが、ほぼ間違いないそうでやす」 清里刑事はゆっくりと諭すように言う。「…………」 それを聞いた途端、萌子は周囲の空気がガラッと変わったのを感じた。たとえるなら、紐を引いて暗幕を一瞬にして降ろしたような。 沢口は唇を噛み、何かに耐えるようにゆっくりと腰を下ろした。「ただアルカロイド中毒というだけなら、食中毒もありえたやもしれやせん。ですが、救急隊の方が初見だけで言い切ってるのは、服毒量が多くて分かりやすかったからでしょう。あれは顔色に出やすからね。体質によって効いたり効かなかったりするものじゃないですから、店長さんのミスで食べ物に毒が入った可能性は、ほぼありえないことになりやす。なので、何か食っちゃいけねぇもん勝手に食ったんじゃなきゃ、あとは他殺としか……」「…………」「…………」 清里の言葉を最後に、全員が黙った。 萌子はその静かな空気に、無性に居づらいものを感じていた。 ただ何も考えず、唯一彼女にできたのは死者の冥福を暗に祈ることくらい。 愛菜も同じようで、口に手を当ててうつむいていた。彼女は夏休みに同級生同士の殺人事件に巻き込まれて以来、人の死に敏感になっているのだ。最近、お葬式の家の前で足を速めたりするのである。 だが紋次郎だけは、人間特有のそうした感慨とは無縁のようだった。 隣にようやく聞こえる程度の小声だったが、普通だったら言いにくいことを眉に皺を寄せてさらっと言ったのである。「ふぅん。犯人はやっぱあン中にいるなぁ」 と。つづくこちらも絶好調連載中!!公式HP