土の家のお茶カフェ　ディンディー

御茶ノ水は、東京の中でも好きな街のひとつです。

思えば１７歳の時。いろいろと思うことあって高校を中退した私は当時、地元から電車で１時間程離れた御茶ノ水駅周辺の大検の予備校に通っていました。

当時から学生の街、御茶ノ水はどこに行っても学生で溢れ活気があり、私も放課後友人たちとよくぶらついたものでした。おしゃれなカフェ（当時は喫茶店と呼んでいましたが）でお茶をし、楽器店をめぐってウクレレやハーモニカを探し、大型本屋で長時間立ち読みをし、神田神保町まで坂を下りて行って中古レコード屋をめぐり、、、。当時、まだ１０代だった私にとって御茶ノ水はかなり刺激的な街でした。

明治大学横のマロニエ通りの並木を過ぎて左に入った道に、北欧風の「ＰＡＮ」という喫茶店がありました。ガラス張りの店内に陽がさんさんと射し込む気持ちの良い空間。石畳の床にスチールの椅子やテーブルが並び、奥の石階段の上にはオープンキッチンがありました。

私はそのカフェがいっぺんで気に入り、早速オーナーにバイトの申し入れをした所、「若いのに中退なんて面白いな～。」という変な理由で（笑）雇ってもらえることになりました。

口髭を生やしたオーナー兼シェフは、元バンドのドラマーだったそうで、お客さんが少ない時間はよく店内でかかるジャズミュージックに合わせて、料理の合間にリズムに乗って菜箸やおたまなどをクルクル回したり、箸でフライパンを叩いたりしていました。時々、勢いあまってガシャンと音を立ててしまうと、ドクターマリオのような顔にニカーっと笑顔を作り、お客さんに「失礼しやしたーっ！」と謝っていました。とにかくいつも楽しそうでした。

彼は「オーナー」とか「マスター」とか呼ばれるのを嫌がり従業員には「店長」と呼ばせていました。とてもさばさばした人で従業員を大切にしてくれました。料理が上手く、学生やビジネスマンを中心に常連客もたくさんいました。

今でも忘れられないのが、店長の作る「いちごのミルフィーユ」です。薄くサクサクしたパイ生地にカスタードといちごをはさんで何層も重ねてあり、それはそれは絶品でした。その後、いろんな所でいちごのミルフィーユを食べましたが、あれを超えるものにはまだお目にかかれません！

ＰＡＮでかかる音楽にも当時の私はたくさん影響を受けました。

「マイ・ファニー・バレンタイン」のチェット・ベイカー
「ス・ワンダフル」のアニタ・オディ
「ワッツ・ニュー」のヘレン・メリルなどなど、、、。

バイトの間、お店の前の大きな窓ガラスを拭きながらこれらの音楽に酔いしれていたのが昨日のことのようです。

この頃聴いた曲は今でも、ＣＤでチェンマイにも持ってきていてディンディーで時々かけています。これをかける度に原点に戻った気分になり、あの頃の気持ちの良い空間、店長の経営スタンスなどを思い出しています。

店長が従業員を大切にしてくれたことは、今思うと本当に大事なことだったなと思えます。働く人たちの雰囲気は、お店の雰囲気に繋がります。オーナーとスタッフの関係が良く、きちんとコミュニケーションができていれば、その空気は自然にお客さんにも伝わります。お店で働いているといろんなことがありますが、まずは私もディンディーのために働いてくれる身近にいるスタッフたちをいつも大切にしていきたいなと思っています。一従業員だったあの頃には気が付かなかったことですが、こうして時を経て、ヘレン・メリルを聴きながらこんな気持ちになれるなんて不思議です。店長に今会ってこの気持ちを伝えたい気分！（笑）

１０年ほど前、何となく思い出してあの辺りを歩いてみましたが、ＰＡＮはもう無くなっていて別のお店になっていました。

だから店長にはもう会えません。でもいいんです。
今でもあのＰＡＮはたくさんの人の中で思い出の一場面となっていて、現にチェンマイにある一つの店の経営スタンスに少なからず、影響を与えているんですから。ディンディーもいつの日か皆さんの思い出の一つになれたら、うれしいですね。

当時買ったレコード





今はもう廃盤（？）になったレコードアルバム。持ってはいるけどレコードプレイヤーがないので聴けません、、、。ＣＤではなく、時々無性にジャズをレコードで聴きたくなります！