音楽にまつわるお話。エピソード 3 ~いつのまにか・・・~
ランキング参加中!! ボタンを押していただければ大変嬉しいです。途方もない夢の為、皆様の暖かい一票を。どもどもです。歌って語る "少年のような中年" 料理男我流ダイニング&バー garamマスターです。今日は、音楽にまつわるお話です。高校受験に失敗した僕が入学した高校は、学区内でも一番ほのぼのした雰囲気を持つ学校でした。受験に燃えているやつがいるわけでもなく、特にスポーツが強いわけでもなく、特に規律が厳しいわけでもなく・・・。みたいな良くいえば平和な感じ、悪くいえばぬるま湯といった感じですかね。学力的には中の上ぐらいで、飛びぬけて頭がいいやつがいるわけでもなく、ぐれて不良になるほどの根性を持っているやつがいない、そんな中途半端な感じが漂っていました。いいところといえば、カップル率が高いということ。(笑)学ランではなくて、ブレザーであるということ。(笑)文化祭が異様に盛り上がるということ。(笑)・・・そんな感じの学校でした。おそらく、中学時代は、そこそこまじめに勉強もして、悪さもあまりしないできた感じの人間が、高校に入ってから、いろんなことに興味を持ち始めて、変わっていく感じの人間が集まったような学校でした。只、中学まで平凡に近い生活を送っていて、じゃあ、これから何か頑張ろうと思っても、スポーツにしろ、勉強にしろ、中途半端な時期なので、そういったことに力を入れる人間は少なく、多感な時期というのも相まって、みんな恋愛モードに流れていくという感じの学校でした。そんな中、僕はこの学校では、弁護士とか医者になるのは難しいと判断し、他の夢を模索し始めていました。勿論、両親にはそのままここの学校で弁護士か医者を目指すという風にいっていたのですが・・・(汗)その時の僕の興味は音楽でした。アルフィーにのめり込んでいく中、アルフィーの高見沢を神のように崇拝していた僕は、彼の音楽のルーツに興味を持ち、それを探っていくうちにビートルズやストーンズ、レッドツェッペリンやディープパープル、アメリカやCSN&Y…etcといったロックの世界にのめり込んでいったのです。特にお気に入りはレッドツェッぺリンで高見沢同様、ハイトーンのボーカルに魅せられて、ハイトーンの声を出すことばかり考えていました。ボーカルの教本を買ってきては発声練習を研究したり、カラオケボックスに独りでいっては、ハイトーンの曲ばかり歌いこんでいました。ついでに、エレキビターとアコースティックギターを購入し、親には趣味と言いつつ、勉強の合間に練習していました。(笑)そんな中途半端な練習でギターがうまくなるわけもなく、ギターは結局うまくなりませんでしたが・・・(汗)しかしながら、時代はジャパンロックの全盛期で、みんなBOOWYやブルーハーツといったものばかりしたがって、誰もレッドツェッペリンをしてくれる人間などいませんでした。(汗)僕は、結局高校時代はバンドを組むこともなく、只ハイトーンの声が出るというだけで助っ人ボーカルをするというのが定位置になっていました。(笑)僕が初めて、自分のバンドを組んだのは、高校を卒業して、予備校に通い始めた頃でした。(大学受験には又、僕の偏った考えでいろいろあったので、それはまた別のエピソードでお話します。結構笑えますよ。)初めて組んだバンドは、勿論、レッドツェッぺリンのコピーバンドです。皆、ミュージシャンを目指していたということと、東京の大学を志望しているということで仲良くなり、1年間は勉強の傍らスタジオで合わせるだけのバンドでしたが、皆で大学で本格的にバンド活動をして、プロになるというのを合言葉に頑張っていました。そして見事、翌年の春には、大学受験をみごと突破し、東京へ行きました。僕を除いては・・・(笑)僕は、事情で大学を断念せざる得なくなったのです。母親が交通事故にあい、外傷は大したことなかったのですが、精神的ショックが大きかったのか、精神分裂症という精神病にかかってしまい、長期の入院を余儀なくされてしまったのです。僕の音楽への夢は、一旦ここで断たれます。父も出世コースまっしぐらの時期でしたし、仕事が忙しく、家のこととか母のことを考えると大学なんて行っている状況ではなくなったのです。兄はひと足早く、専門学校に通っていたので、結局自由が利くのは僕だけだったので・・・家のことをするのは嫌いではなかったし、家族の一大事ということもあり、その状況は自然に受け入れることは出来ましたが・・・。このエピソードで学んだことは、環境というのは、自分ではどうする事も出来ないこともあるということ。だけど、環境に合わせて、自分で納得して、その環境い合わせて頑張ることが、大事だということを学びました。このときに料理や、自分の将来のことを再度見つめ直すことが出来たからです。高校受験の時も思いましたが、人生って上手くいかないのが前提なのだということも知りました。これは、音楽が趣味へと変わっていった瞬間でもありました。そして、音楽で生きていくのは違うのだという、神のお告げかなとも思った瞬間でした。(笑)そんなエピソードです。次回、再度音楽への夢が再発したお話をさせて頂きます。それでは又お会いいたしましょう。ごきげんようです。 ランキング参加中!! ボタンを押していただければ大変嬉しいです。途方もない夢の為、皆様の暖かい一票を。