2006年12月26日
あれから早、二年の月日が流れた。
追悼式の場所へ向かう。
あの津波の日は一番被害が大きかったであろう場所あたりかもしれない。
去年は小さなステ-ジでタイ人の男性の話があり、そしてその瞬間を知らせるサイレンが鳴り渡った。
みんな心にさまざまな思いを描きながらそっと黙祷する。
私の姿を見かけて涙を流してくれた現地の女性もいた。
あの日以来、私の姿を見なかったからと心配してくれていたと。。。
そしてそれからさらに一年が経ち今年の追悼式。
同じ場所でありながら、去年とはまったく違う光景が目の前にはあった。
そっと近づくと仏教の人たちが僧侶の前で手を合わせている。
その少し隣にはイスラム教の人々、そしてそのとなりにはキリスト教。
私はそんな光景を一度に同じ場所で見たことはなかった。
初めて見るその光景に物凄いエネルギ-を感じた。
私は特に宗教を持たないが、仏教のところで手を合わせた。
大きな木に花を供えたり、写真がかざってあったり、どれも心に痛みが走るような光景だった。
そのせいか、やはり私はカメラを向けることはできなかった。
その日にシンゴ、マサと再会した。それから当時ホワイトアンドブル-で働いていたアキエさんにも。
みんなそれぞれの思いを胸にこの日にこの島を訪れたのだろう。
夜にみんなで食事をすることになった。
当時のメンバ-だ。日本人はその他にhatさんも一緒だった。
それからタイ人の友人達。
食事の後、ビ-チに誘われた。私は少し疲れていたしアルコ-ルを飲む気分でもなかったので断ったのだが強く誘われた。
しかし、そうだ。
去年もそうだったが、ビ-チに火を灯すのだ。
砂を掘り、そこに思い出の人の写真を飾り、花を飾り、ロ-ソクに火を灯し火を守り続けるのだ。
みんなで火を囲み、消えないように火を守った。
去年に比べたら人はほとんどいなかった。
タイ人のジュリ-とアンは私が今年もピピを訪れたことをとてもよろこんでくれた。
来年も必ず来てと言ってくれた。