集合場所へ向かう。
朝6時20分頃着いた。
そこでは想像していたよりも、はるかに多くの人が集まっていた。
たくさんのボランティアの方、職員の方、そして市長の話があっていた。
みんなの服装を眺めると山にでも登りそうな格好、長靴の人、へルメットを用意している人など様々だ。
私は慌ててボランティア参加をしたせいか十分に揃える事ができなかった。
そして正直こんなに寒いとは思っていなかった。
なんと私の足元は素足にビ-サンだったのだ。
かなりの勢いで恥ずかしい。
どうにか足元を隠したいが隠せない。
一般参加のボランティアは館内にて受付をしバスに乗るように指示される。
受付に長い列ができる。
しかし今度は並ばされたボランティア達は受付する間もなくバスに乗せられる。
並べといったり乗れといったり忙しい話だ。
6時40分、バスが動き出し能登半島、輪島へ向かう。
窓から見える遠くの山に雪が積もっている。
そして私の足元はやっぱりビ-サン。
バスの中で職員の話が始まり、ボランティア保険名簿、名札を書き、名札を首から下げる。
現地までは約2時間かかる。
少し落ち着いたところで持ち物をチェックしてみる。
えっと、、、あれ?軍手は?タオルは?マスクは?
・・・忘れてきた。
いったい何しにきたのかと落ち込む。そしてまた足元を見て落ち込む。
「自分の存在が何なのかさえ 解からずに震えてる32の朝」
「なんてちっぽけで なんて意味のない なんて無力な32の朝」
・・・そのとき私の頭の中で尾崎が歌った。
8時50分老人ホームでバスを降りる。
しかし職員が場所を間違えてみんなを降ろしてしまう。
そこから徒歩で現地の受付である小学校に向かう。
そこにもたくさんの人々。
一般のボランティア、職員、そして報道関係者、空にはヘリコプター。
約800人が集まったらしい。
そこで受付を待つこと約1時間。
しかし受付のないまま私たちが乗ってきた12号車の職員は説明を始めた。
「自主的に、と言う事で」と。
テレビ関係の人が声をかけてくる。
「つまりやることがないと?」と。
数人のグループに別れそれぞれ活動を始める。
ゴミ処理を手伝ったり、物を運んだりと地元の人々に声をかけながら何か手伝えることを探す。とても遠慮深い人たちでほとんどの方が大丈夫ですと答える。
私はゴミを運ぶのを手伝っていた。
建物は損傷が激しくゴミもたくさんでているのに、こんな状況なのに可燃ごみしか出してはいけないという。
私はそれを知らずゴミ捨て場まで近所の人のゴミを捨てに行った。
ペットボトルをつめた袋と割れ物を詰めた袋だ。
しかし、不燃ごみを捨てると他の可燃ごみ全てを持っていってくれないと聞き、だからといってゴミを突き返すわけにもいかず集合所の小学校に一度運び指示を仰いだ。
すると
「自分たちで市役所に問い合わせてください」
「自分たちのゴミを持ってこないでください」
「どなたの指示ですか?」
と、まくし立てられた。
なんだか悲しくなった。
少しでも役に立ちたいという思いだったのに。