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昨日4/5の読売新聞で、茨城県人としてテレビに対して抱いていた不満を、うまくまとめてくれた記事が出ていました。
YOMIURI ONLINEで探してみたんですけど見つからなかったので…止むを得ず記事をタイプしておきます。ミスタイプはごめんなさい。 テレビ・ラジオ欄ページの『モニター』というコラムです。: ◆「被災地に伝える」姿勢を茨城県の放送メディアについての問題を、見事にまとめています。 結局マスコミってのは、固有の取材拠点がなく、行くのにそこそこ時間のかかるような場所には行きたがらないんだなぁと、つくづく実感させられました。何しろ、震災後しばらくの間は、茨城県民にとってテレビはほぼ無関係でしたから。こんな時に県域独立局があればなぁ…。 ウチはまだマシでしたが、上の記事にもあるように、県北から県央、そして沿岸の町々の絶望感たるや、どれほどのものだったかと思います。被害がこれほどあるというのに、どのテレビ局も放送しないんですからね。無視されたと感じてしまいますよ。 ちなみにウチでは、震災後しばらく電気が来なかったので、その間はずっとテレビも見られず、頼りはNHK-FMと唯一の民放であるAMラジオの茨城放送のみ。更にはNHK-FMでも県域情報はごくごく限られた時間しか放送されなかったので、結局ウチではほとんど茨城放送をつけっ放しでした。 それでもほとんど聞くことのなかった地元の情報は、役場の防災放送に頼るしかないのですが、それもウチでは激しいエコーがかかるもんだから聞こえるものの聞き取れないという状況で…情報には飢えていましたね。 ちなみに、ウチでは読売新聞をとってますけども、被災後から数日間は配られませんでした。 つまり、この間に知ることができたのは、ウチの中と外の惨状と、ご近所の惨状と、ラジオで放送される範囲の情報のみ。 今回の地震の範囲の広さと爪痕の深さを思い知るのは、通電より先に届いた新聞を見て、そしてようやくテレビが見られた時でした。 …つらいです。今も、そしてまだしばらくは。
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