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ある内科医の独り言

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2005.09.05
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医原性疾患は医原病ともいわれ、読んで字の如く医療側が作り出す病気である。必要に応じやむを得ない症状からあってはならない症状までその数は計り知れないほど多いが、いずれにせよ『病院に行かなければそうはならなかった』類の病気には違いない。

先日も一人の医原性疾患の患者さんを診る機会があった。自分自身への戒めとして記しておきたい。

患者さんは80歳近い男性。近所の開業医から著明な貧血を指摘され紹介となった。その開業医では高血圧・高脂血症などのフォローをされていたらしい。実際そういった薬も処方されていて、まぁどこにでもいそうな患者さんだった。

診察してみるとやや小太りの体型であるものの顔面蒼白、車いすからベッドへの移動も困難なほどに体力は消耗していた。眼瞼結膜は真っ白け。どう見ても血色素であるHb値が5mg/dLはなさそうだ。すぐにルートキープし、輸血の手配。出血なのか血液疾患なのかそれともほかの疾患なのかはわからなかったが、とにかくこの低空飛行状態を改善しなければいけない。

外来での腹部エコーはっと……問題なし。CBC(全血球計算)は……ありゃりゃRBC(赤血球数) 179万、Hb 3.9mg/dL。先月の採血ではHb 12.2mg/dLもあったようだから単純に考えればここ1ヵ月間で血液が1/3になったっていうことか。どっかからの出血かなぁ……。

順次返ってくる採血の結果を確認しながら入院の手配やなんやかやを済ませていく。一般的に急速に進行する貧血というのは出血性の疾患である場合が多い。ほとんどが消化管原発だが本人に「黒い便なんか出ていませんでしたか?」と尋ねてみても「あったかも知れないけどくみ取り式だからよく分からんねぇ」とハァハァされながら言われる始末。吐血症状はないので激しい出血ではないのかも知れない。まずは内視鏡が必要だな、と思いつつ入院準備。

残念なことに彼の血液型のMAP(濃厚赤血球)は在庫がなく隣町から赤十字の車がサイレンを鳴らしながら運んできてくれた。40分後MAPが到着し、すぐに輸血。輸血が始まったところで内視鏡室へ運ぶ。その前にもう一度採血結果を確認してみると色々と結果が返却されていた。軽い腎障害や肝障害・高血糖……それにもまして驚いたのがPT値を始めとした凝固能の異常だった。

血液というのは固まらなければならない場合と固まらなくても良い場合がある。血管を流れている最中は固まってはいけないし、出血しているなら固まって止血しなければならない。正常人の場合はこうした凝固機能は適切にコントロールされていて、きちんとした機能を果たしている。

しかし彼の場合は明らかな出血傾向だった。何らかの機転で凝固が障害されていることが窺われた。高齢でもあり血液疾患や敗血症なども考えておかねばならない。しかしいずれにせどこかで出血が起こっているようだ。止血処置できるものなら何とかして止血しておくべきだろう。普通ならきちんと止まる小さな出血が生命をも脅かしつつある恐怖を感じながら僕は内視鏡室へと向かった。

止血準備を看護師さんたちにお願いしながら内視鏡を操作していくと胃内はかなりの血液であふれていた。びらん性の胃炎が多発しておりそこからの出血だった。一点から出血する場合と違い、あちこちでにじむような出血をしているためピンポイントでの治療ができない。普段なら軽い出血性胃炎程度であっただろうが、凝固障害により泉のようににじみ出してくる血液をみながら凝固剤を散布しつつ内視鏡を終えた。

輸血も始まっており、バイタルも特に問題はない程度にまで回復、やっと我に返って落ち着きながら今回の事態を整理する余裕ができたため家族から事情を説明していただくことにした。

すると、かなり多種類の薬を内服していることが判明。肺梗塞の既往があり、紹介元とは別の医院でワーファリンを投与されているとのことだった。さらに別の整形外科にもかかっており鎮痛剤であるNSAIDを一日3回定期的に処方されていて『鎮痛剤による胃炎+抗凝固剤による出血傾向』という、あってはならない医原性疾患と結論づけることができた。後に取り寄せてもらった検査結果では凝固能を示すINR値が徐々に上昇してきていることが判明、さらに整形外科ではこうした内服薬の既往を確認せず結構派手に鎮痛剤を処方していたらしい。

絶食でもあり薬はすでに中止しているので、とりあえず凝固因子の補充やビタミンKなどの投与を行い止血を確認するまでは厳重なコントロールが必要と考えられた。幸い数日で貧血は治まり、胃内からの出血も認めなくなったため徐々に内服薬を再開、鎮痛剤も胃に優しいものに変更したりプロスタグランジン系の防御因子増強薬を処方したりするなどして何とか退院にまでこぎ着けた。

今回の原因は内服薬によるものと考えられたわけだが、いずれも治療のためには必要な薬であったことは間違いない。血栓ができやすいからワーファリンを、あちこち痛むから鎮痛剤を……。よかれと思って処方した薬であっても時に牙をむき、生命さえ脅かす存在になるという教訓だった。

せっかくそこそこの頻度で採血しINR値まで測定しているのに出血傾向の増強に気づかなかった主治医、そして出血傾向があるにもかかわらず胃粘膜を荒らしてしまう薬を処方し続けた整形外科医。こうした不備な点が重なり合うことで事態はより悪化していく。もちろん、彼らだけを責めることはできまい。もしかすると僕自身、こうした医原性疾患を毎日のように作っているのかも知れないからだ。

医原性疾患は我々医療者のタブーである。防ぎ得る医原性疾患は極力避けて通らなければならない。しかし複雑に絡み合う疾患を治療していく過程では偶発的なものも含め医原性疾患はなくならないだろう。だから我々はそうした異常に気づく努力をすべきなのだ。

自分が良かれと思って行っている医療行為が目の前の患者さんにどのような影響を及ぼすことになっているのか、それに気づくことのできるアンテナを常に張り続けられる医師でありたいと今回の一件を通じて改めた学んだような気がする。





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最終更新日  2005.09.05 08:43:06
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