カルカッタ 2
はなぢが出そうな頃、カルカッタ郊外のダムダム空港に。
夜中。建物に掲げられたヒンドゥ語のオレンジ色っぽい電光文字が暗闇の中におぼろげに浮かんでいる。頭の中に未解読の音楽が流れ、タラップが開いた瞬間、生暖かい空気が澱んでいた。まず、迎えてくれたのが「わしらマラリアもっとるけんね」とでもいいたげな眠た気な蚊が数匹。体が重くて仕方ないらしい。力なく漂っている。「きっと、日本の蚊やゴキブリは殺虫剤の免疫耐性ごっこを繰り返しているから、やたらすばしっこくて、やたら頑丈なのだよね。ね、ね」といい、「インド初めてだから、そう理解してもいいよね。ね、ね」と慰める。
両足で、大地の一歩を。
今宵を空港でごろ寝。数人を残し、国際空港とは思えぬ閑散さ。
長く、震える夜を過ごした。北インドが結構この季節冷えるとは情報を仕入れていなかったなあ、思った瞬間、ほとんど何の情報も仕入れていなかったことに気がついた。ただの田舎出身無防備野郎だったのだ。サリーを来た女性が歩いて行った。「おおお、空港の中までサリーなんてサービス満点」などと思っていたのであった。ヒンドゥ教の女性は上流階級から土木作業員までほとんどがサリーだったのだ。汚れきったサリーを着て、頭にレンガを乗せるのさ。私は、風土に合った服、つまり着物論者に単純に転向したのである。
朝靄。ちょっとインドを垣間見てやろうと、空港と扉をエッチな気分で少し開けてみた。痩せこけた牛が一匹止っている。牛は視線を感じたのか、一応こちらを見たが、焦点が定まっていなかった。「なんだ。人間か。食えねえな」
タクシーの中からカルカッタ郊外をビデオでも見るようにお上りさん感覚で眺めている。牛乳缶を自転車で運ぶ人。川沿いにいつまでも続く貧民街。路上生活者にムシロ。路上のポンプで体を洗う子供達。褐色の痩せて棒のような手足。光った体。はっきりしている。視覚的に。よく見える。理解など、できないが、日本よりは隠されていない。エネルギッシュだ。
タクシードライバーとも目的地に着けば、交渉決裂。店のおやじや通行人や乞食も集まり、何やら大声でわめき散らす。どうやら、我々乗客の味方は我々だけらしい。救世主か、チャイ屋のおやじがチャイを両手に持ち現れた。「さあ、疲れたろう、これでも飲んで交渉ゆっくりしたまえ」空港から二十七ルピー。
公園の中にあるお茶屋。子供に勘定を頼む。子供は初めての外国人に戸惑い、少し考えたふるをしておどおどしながら指を三本出す。こちらも何もいうつもりはなかった。騙される楽しみもいいじゃないか、と。隣で一部始終を見ていた老人の客が、子供を叱った。子供はすぐさま二本の指を折りたたんだ。老人は頷き、「一ルピーだよ」と笑顔でいった。
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