166887 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【ケータイで見る】 【ログイン】

☆ワクワク和太鼓指導実践記☆

2012年04月11日
楽天プロフィール XML
カテゴリ:カテゴリ未分類
パソコンを1階の居間に移して、久方ぶりにキーボードを叩いている。

2階は、ほぼ物置状態。
生活は1階のダイニングキッチンと、ここの寝室兼居間で事足りる。

冬の間必要なかった冷蔵庫、とうとうリサイクル店で6,900円で昨日購入。
年度末、年度始めの春休みも終わって、これから3週間は佐倉暮らしだ。

さて・・・5分ちょっとの動画です。
BLIND


「現実に目を閉ざすものは、未来に盲目である。」



震災後、

「直ちに影響はありません。」

ヘンな言葉だと思ったが、つまりは

「後で影響がありますよ・・・、今は無いけどね・・・」

チェルノブイリの原発事故で起こった事を調べれば、
今、日本で起きている事の異常さに気がつくだろう。
そして、これから日本で現れてくる“直ちには無かった影響”も。



福島は決して「対岸の火事」ではない。

火の粉は千葉にも、確かに降り注ぎ、
厄介な事に、その火の粉は消えることが無い。


これからの季節、土やほこりと一緒に舞い散って
人の口から、食物から、人間の身体の中に入り込み、



後々「影響」を及ぼす。







「放射性物質」という火の粉






長らくのご愛顧ありがとうございます。

ブログ引っ越します→ウォーターさんのブログ











楽天SocialNewsに投稿!

最終更新日  2012年04月12日 22時54分22秒

2011年09月19日
カテゴリ:カテゴリ未分類
子ども、震災、仕事、放射性物質、除染、避難、移住・・・


この半年は手一杯で、PCの前に座るのも久しぶり。




一昨日は、鼓組の四者会議(生徒・保護者・顧問・ワタシ)。

昨日は、K総との合同稽古一日目。



ワカモノは、口を出せば出すだけ小さく育ち、
      任せれば任せるだけ大きく育つと思う。

オトナの思っている「理想」とは違う方向に行ってしまうかもしれないけれど、
当たり前だよね。


「今日の子どもに、ほんとの遊びがなくなったといわれます。

今の子どもは、いたずらをとりあげられているともいわれます。

 いたずらは、子どもが自分からやりたいと思ってやる活動です。
自主的なのです。
親が指図をするものでなく、親の目をかいくぐってやります。
行動の芽として大事な点です。

 面白いので、あれこれ工夫し、うまくいくと喜び、
失敗したら自分からやり直します。
すべて、創造性への芽として見逃せません。

“いけませんよ”としかってやめさせるなんて、
とてももったいないことです。」

(絵本~こぐまちゃんのみずあそび~解説より)



親を越え、師を越え、


DO!いたずら!






楽天SocialNewsに投稿!

最終更新日  2011年09月19日 11時24分46秒

2011年02月13日
カテゴリ:カテゴリ未分類
演奏している自分の中に、
それを客観的に見ているもう一人の自分がいる。

自分の演奏にのめり込めばのめり込むほど、
もう一人の自分の存在が無くなっていく。

逆に、客観的に見ている自分が大きすぎれば、
冷静ではあるが面白みの無い演奏になる。




鼓組のオーディションでは、
耳タコの

「左」(左右のバランスを整えるために左手をきっちり打つ)

これを意識するのは良いが、
オーディションでこればかり意識しているのはレベルが低い。
こんな基本的なことは、無意識にできるまで稽古しているのが常識。


例えば演劇のセリフは観客に聞こえるように喋れなくては意味が無い。
でもそれは当たり前のことで、もっと大事なことは

そのセリフをどう表現するか?

そのセリフを表現する時の心の状態、体の状態をいかに作るか?


同じように、リズムを正確に叩くのは当たり前で、大事なことは

そのパートを、リズムをどう表現するか?


・・・


年々、基本的な技術のレベルは上がっている。
「左~~!」なんて言われて落とされるメンバーは上級生ではほとんどいない。
それだけに、誰もが同じような演奏に陥り、優等生的な演奏が大半を占める。

下級生には、荒いが、面白い表現をする者が多い。
基本的なことは置いておいて、観ていて楽しい。

正確さよりも見た目の表現を要求される曲の場合は、
ある程度のバランスを保っていれば、表現の豊かな者が選ばれる。

大太鼓ソロなどの場合は、まわりを無視するほどの自己チュー的な演奏が
必要とされる。

センターに配置されたリーダー的パートの場合も似たものだが、
他のメンバーを力ずくでも引っ張るカリスマ性が欲しい。
最後方で、メンバーを把握しながらアンサンブルを支配し、
一たびソロとなれば火を吹くような・・・

三宅や締太鼓の揃い打ちなど、同じ楽器のアンサンブルであれば、
より客観性の高いメンバー、まわりが見え・聞こえ、
全体の中で自分を生かせる者が求められるだろう。

「もう一人の自分」が、自分自身をどう演出し、どうプロデュースするか、


オーディションはまだ始まったばかりだ。






楽天SocialNewsに投稿!

最終更新日  2011年02月13日 22時08分53秒

2011年01月29日
カテゴリ:カテゴリ未分類
まずは、基本中の基本、左右が同じように打てるか?
ドンドンドンドンが、ドンドゥンドンドゥンと音が違ってはいけない。
自分ではできてるつもりでも通用しない。
日頃どれだけ「音」に意識を向けているか?
ぶち合わせなどの単純な曲ほど、この左右差が出てしまうところ。

屋台囃子の中太鼓の細かいニュアンスのつけ方、
単純に左のアクセントを大きくといっても、どんだけ~?がわかってないとダメ。
どれだけ他人の演奏を盗んでいるか?
どれだけ他人に教えてもらっているか?
日頃の稽古の集中の高さ、意識の深さが結果に出る。

テクニックに関しては、自分自身でも比較的わかりやすい分野だから、
しっかりと録音したり録画して自分自身を振り返っているか?
他人に(できれば辛口の)見てもらってトコトン直してもらっているか?
一回見てもらってちょっと駄目出ししてもらってもたかが知れている。
口の悪い先輩に、批評の厳しい先輩に、一日たっぷり付き合ってもらっているか?

表現力に関して。

多少のテクニックの無さは、表現力でカバーできる曲もある。
また、多少テクニックがあっても、表現力がないために、
オーディションにひっかからない場合もある。

表現力がないのは、自分を出し切れていない。

「恥ずかしがっている」

のがほとんど。


泣きながら打ってごらん。


叫びながら打ってごらん。


心底笑いながら打ってごらん。

 
あなたが恥ずかしがっているスキにたくさんのものを失っていくけれど、
あなたが自分のカラを破った瞬間にたくさんのものを手に入れることができる。





楽天SocialNewsに投稿!

最終更新日  2011年01月29日 19時35分11秒

2010年12月30日
カテゴリ:カテゴリ未分類
恒例の鼓組合宿が終了した。

今年は息子の誕生もあり、妻は不参加。
頼れるスタッフ三人とワタシ、信乃とシンベエ(犬)で臨んだわけだが、
二日目には特別講師として金子竜太郎氏が参戦!?
生徒たちのがんばりもあり、今年もまた意義のある合宿にすることが出来たと思う。

合宿係を中心に数グループの班に分かれ、生活目標を設定したり、
昨年から始まった「締クエスト」に個人個人が励んだり、
全体テーマ「ギブアンドテイク」にのっとって、その達成度を表で競ったり、
最終日には生徒同士、そしてスタッフからの表彰で幕を閉じるまで
盛りだくさんの仕掛けで、あっという間の三泊四日だった。

金子竜太郎さんのワークでは、今年5月に初めてワークを受けて以来、
2回目となる「ゆるみ打法」が、より実戦に近い状態で深められていった。
生徒たちの柔軟なココロと身体には驚かされる。





楽天SocialNewsに投稿!

最終更新日  2010年12月30日 20時58分03秒

2010年11月22日
カテゴリ:エッセイ
カマキリに吠えるシンベエ
シンベエVSカマキリ




未知の生物と対峙するキンチョーのシンベエ
シンベエVS奏


気がつけばもう11月も後半、暑い夏は一転肌寒い秋に様変わりし、
裏の城址公園は紅葉が真っ盛り。

我が家では実りの秋にふさわしい新しい命が誕生した。

家では妻の実母が手伝いに駆けつけてくださり、
毎日、朝から夜中まで、何もかもが初めての、子ども中心の生活が展開している。

夜中の授乳やオムツ替えによる睡眠不足で、免疫力ゲージが落ち、
久しぶりに軽いカゼをひいたが、程なく持ち直し、
やっとパソコンの前に座れる余裕も出てきたようだ。

・・・

とにかく、生命は神秘的だ。
そしてその神秘を肌で、身体全体で感じることの出来る「女性」もまたスゴい。


・・・




昨日は太鼓祭りでの鼓組の演奏があり、
普段なかなか聞く機会の無い団体の演奏にも触れることができた。

プロ活動をしているようなチームも数団体ある中で、

「元気をもらった」

「浄化されるような・・・」

「心が洗われる」

なんて評価をいただける鼓組はシアワセだと思う。

「高校生らしい演奏、鼓組らしい演奏を・・」

と、演奏前の口上のセリフがあるが、

彼ら彼女らの魅力を理解するキーワードはズバリ



「青春」




であろう。

誰もが持っている、あるいは持っていた人生の宝物。

それが舞台で光を放つようにお手伝い出来ることは、
これまた何とシアワセな事だろう。








楽天SocialNewsに投稿!

最終更新日  2010年11月22日 20時22分38秒

2010年08月28日
カテゴリ:カテゴリ未分類
昨日、夏休み最後の鼓組演奏も無事に終了し、
ドンドコ塾の登塾日イベントも楽しく終了、
本日夕刻にはドラム☆座初の夏祭り出演もあるので気が抜けないが、
久しぶりのゆっくりとした午前中だ。

宮崎入りのフェリーは大会参加者で満員で、
イモ洗い状態の風呂場や、寝返りできない雑魚寝状態の二等室もいい思い出だが、
帰りのフェリーは成田高校放送部の皆さんと思いがけない再会、
船も揺れたが、行きの教訓から?二等寝台にグレードアップ、
心地良い揺りかご状態で、夕食後すぐにベッドでぐっすり睡眠、
朝一で朝風呂にゆったりつかり、快適な船旅を送ることができた。

「明日は甲子園です。強豪校だから胸を借りるつもりで・・・」

と言っていた成田高校の皆さん、
野球部のその後の大活躍も記憶に残るところだ。

実家で、たれパンダのように夏休みを「ダラ~っ」と過ごし(浜松だからか?)、
お盆前には千葉に戻る。

妻のお腹も中くらいのスイカサイズになり、
この酷暑の中、背中にお腹に吸汗用のタオルを当てて、
フーフー言いながらがんばっている。
逆子もお灸やヨガ、浜松での元助産婦(母)による毎日のケアーによって無事に正常になり、
お腹も柔らかく、外からでも動くのがわかるようになる。
新生児用の服やおしめカバーをいただいたり、先日は布オムツ用の布や
帽子、靴下などを購入、いよいよ準備も本格的になってきた。


鼓組も新しい代になって、まだまだ動きはぎこちないものの、
先輩からの心意気は確かに受け継がれ、毎年生徒は入れ替わりながらも、
チームそのものの成長をしっかりと感じ取ることが出来る。

比較的多くの基本練習の時間が取れたので、
ここ数年懸案だった、三宅の型を数年ぶりに再確認することができ、
今後の成長も楽しみだ。

基本的なリズムワークは毎年向上しており、
後はそれをどこまで発展し継続できるかで、今年の土台が決まるだろう。

今年の代は、点火しようとするときには、少々湿っている感はあるが、
一たび着火すると、非常に内部温度が高い火が燃える感がある。
決して派手な火ではないが、これからの約10ヵ月、
この熱い火を絶やさずに上手に燃やし続け、いい作品を創り出して欲しい。


宮崎大会・関東大会と、評価をいただける場に二つも参加させてもらったが、
音楽の、芸能の評価は難しいものだと思う。

スポーツの勝敗とは異なり、審査員が変われば結果も当然異なる。
審査員の人数が少なければ、より偏った結果になりやすく、
多ければ平均的になるがゆえに、個性の強い演奏は排除されやすい。

評価のポイントが異なれば、また結果も異なる。

団体によって出場人数が異なれば、審査も難しくなる。

課題曲や共通の課題があれば
(曲中に必ずソロを入れる、ユニゾンの場面を入れる、
正面打ち、横打ちなどの打ち方を指定する、etc.)
評価もしやすい。

シンクロやフィギアスケートの演技などは、課題がしっかりと示されて、
一つ一つの技に点数がつけられる。
また、テクニカルポイントとアーティスティックポイントに分けられて評価される。


太鼓の審査は、まるで、シンクロ競技で、
ある団体は3人で、またある団体は30人で演技します。
それを同列で審査します・・・・っていうのと同じで、
これではどんな審査員も頭を抱えるに違いない。

各地で色々なコンクールが開かれるようになったが、
どこも試行錯誤を繰りかえし、まだまだ発展途上なのだと思う。


だから、審査結果にこだわることはない。
いい結果であれば、たまたまあなたの演奏を好ましいと思う審査員が集まった、
そうでない結果なら、たまたまあなたの演奏は受け入れない審査員が集まった、
そう思えばよい。

1位も2位もさして変わらない。

金も銀も銅もあまり変わらない。

いい評価を得られたら、素直に喜べばよいが、
もしかしたら違う評価だったのかもしれないと思っておく。

・・・

主催者は、その日のうちに審査員の点数や評価をその日のうちに開示すべきだ。

オリンピックでも、すぐに点数が開示される。

関東大会での、各校演奏後の審査員からのコメントは、とても良いシステムだ。
(審査員によってコメント力が違うので、そこも含めて・・・?)

東京国際和太鼓コンテストでの終演後の全審査員の点数開示も良い。

吹奏楽コンクールでは、全審査員の鉛筆の走り書きの講評が必ず閉会式後にもらえる。
(読むのにヒジョーに苦労する場合もあるが・・)
生徒達はその日のうちに自分達の演奏を振り返ることができる。
悪い結果の場合は、何が悪かったかをすぐに知ることが出来る。

目指す結果を得られずに、何が悪かったかを知らされず、何ヶ月もたって
ほとぼりの冷めた頃にたった一人の審査員からのコメントが届く。
こんなシステムはすぐさま変えなければいけない。

良くも悪くも、コンクールの審査員の評価のポイントが
その後の和太鼓の演奏スタイルを作っていく。

・・・・

ってか、勝負するよりも交流しようぜっ!
太鼓の「叩く」って行為は、想いを発信する、伝えることなんだから。












楽天SocialNewsに投稿!

最終更新日  2010年08月28日 23時24分22秒

2010年08月08日
カテゴリ:カテゴリ未分類
皆さん、大変お疲れ様でした。

皆さんの参加された郷土芸能部門は、
さらに「伝承芸能」と「和太鼓」の二つの部門に分かれて審査するのですが、
先ほど伝承芸能の先生からコメントがあったように、
伝承芸能の中にも、いくつかのカテゴリーが存在します。

これと同じく、和太鼓も数種類の分野に分かれており、
まずは、

「伝承芸能系」

地元に伝わる和太鼓芸能をそのまま、あるいは原型にほぼ近い形で発表されるもの。


「伝承芸能編曲系」

地元に伝わるお囃子を取り入れて編曲された、いわば創作と伝承のハーフの形。

伝承芸能の一部をモチーフとして使用したり、地元をイメージして作られた曲も
多くありましたが、それらは次のカテゴリーとします。


「創作和太鼓系」

曲のほとんどが新しい創作によるもの。
ただし、ここでさらに

1.和太鼓ダンス系

2.和太鼓音楽系

に分かれることになるのが、最近の傾向だとワタシは思います。

和太鼓ダンスは、何より「振りつけ」を重視し、そのさまはまるで
ダンスやミュージカルを見ているような錯覚を起こさせます。
楽器の配置の仕方、振り付け、打法はどの学校もきわめて似通っています。

それに対して位置づけられる和太鼓音楽は、振りよりも「音楽」を重視し、
太鼓の音そのものや、ノリ、構成に力を注いでいることが特徴でしょう。

これは、昨今各地で行われている各団体主催の「コンクール」や「コンテスト」の
影響が大きいと言わざるを得ません。

そのコンクールでの「審査基準」が各団体の目指す

「演奏目標」

となり、全国的に多くの団体がその基準を目指した演奏を目標にすることになります。


これだけの違った分野から代表校を選び出すことは、まさに至難の業であります。

審査結果に一喜一憂することなく、
それぞれの目指す演奏を追い求めてほしいと思います。



さて、具体的な講評ですが、

「ここを良くしていくとさらに良くなりますよ」

といったところを数点あげさせていただきます。


一つ目。

笛などのメロディー楽器を入れるところが多く見受けられます。

マイクを使用した際の音量の問題は、各学校10分のリハーサルの中で、
音響担当のスタッフも舞台袖での操作、
全ての学校の音量を完璧に調節するには無理があります。
マイク音量が強すぎる学校が多かったのには、耳が痛かったですが、
これは次回への事務局側の反省とさせていただきます。

しかし、メロディー楽器の「音程」に関しては奏者、指導者側の問題でしょう。

太鼓のリズムがばっちり決まっても、
肝心のメロディー楽器が上手に演奏されなくてはバランスがとれません。

笛などの楽器は審査には無関係のようなことを言う他の審査員もいましたが、
和太鼓部門は太鼓だけやってれば良いなんてものではありません。
是非とも笛・三味線・尺八・歌など、鳴り物のレベルの底上げを図り、
伝承芸能部門に肩を並べようではありませんか。

そんな中でも、今回素晴らしい笛を披露してくれた学校が
以前よりも多くなってきたことは特筆に価するでしょう。



二つ目。

地打ちのノリの問題。

地打ちは非常に大事なパートです。
ところが、振り付けに気を取られている間に速さがゆるんだり、
声を揃って出したがゆえに、リズムが崩れたりする学校が数多く見受けられました。
振りを重視していても、振りを合わせる肝心の「音」が狂ってはいけません。


三つ目。

笑顔。

「自然な笑顔」なんて審査基準はありませんから、作り笑顔だからといって
得点が低くなることはありません。
しかし、作り笑顔だから、気持ちが本物ではないからこそ、演奏が作り物になってしまう。
出している音と感じている心は一体です。
今、その場面で一番適している心の動きから、
その時にふさわしい表情が自然と出てくるのではないでしょうか?


四つ目。

右左のバランス。

全国大会でこんなことを指摘するのもどうかと思いますが、
あまりにも左手への意識が低すぎます。
ドドドド」と聞こえたいリズムが、「コ」

まずは、左右のバランスを整えましょう。


五つ目。

楽器のチューニング。

長胴のチューニングはともかく、自分達で締め直しが出来るはずの
桶胴太鼓や締太鼓のチューニングが低すぎます。

「どの程度の高さが適しているか?」

を試行錯誤しながら、最適なチューニングを目指してください。


六つ目。

不必要な振り。

振りを付けることはビジュアル的に大変効果を上げますが、
それが、不自然さを感じさせてはいけません。
小さい音を出しているのに、体が左右に大きく動く。
スタンドマイクを使用しているのに、曲に関係なく笛の体が前後に激しく動く。
まるで軍隊を思わせるような無理な振り付け。
軍楽隊が発祥のマーチングの方がよほど自然です。



さて、いくつかのポイントを申し上げてきましたが、
今回、覆面審査員のワタシが見た中で印象的な学校を数校挙げると・・


愛知県の日本福祉大学付属高校の「絆」

この曲の前半部分の自然な盛り上がりは、
まさに

「息を呑む」

という言葉に値する素晴らしい瞬間を目の当たりにした気分です。


福岡県の久留米筑水高校の「連」

メインプレイヤーであろう、中央の演者の笛の音色と音楽、
その後の全員によるよく脱力された打ち込みが印象に残りました。


東京の明星学園高校の「天と地」

地打ちのノリと全体のグルーブ感が大変心地よく、
一人ひとりの表情もまた印象的で、「やられた~」といった感で観ました。
入賞おめでとうございます。


岐阜県の岐阜総合高校の「信」

積極的な毎年の国際コンテスト参加によって得た技術力と音楽性は
今回参加の中で、ぴか一の仕上がりだったと思います。
演奏が終了しても頭の中でリズムが繰り返していました。



以上ワタシが観た中で印象的ないくつかの学校を取り上げましたが、

「もう一度観てみたい」


「この学校の他の曲も聴きたい」


そう思わせる学校はどこも

「個性的」

であり、生徒達が自由に、そして主体的に表現しています。


以上、覆面審査員による和太鼓部門講評でした。





















楽天SocialNewsに投稿!

最終更新日  2010年08月08日 11時26分34秒

2010年08月06日
カテゴリ:カテゴリ未分類
宮崎大会が幕を閉じた。


今年もまた舞台を支えてくれた全てのスタッフの皆さんに大感謝である。


「ありがとうございます!」


カンカンの日照りの下、野球部の練習日程を削って
駐車場の案内をしてくれた高校球児達。


大会前、舞台関係の変更を連絡しようと深夜に大会事務局に電話、
当然、誰もいないから留守電に録音しようと思っていたら、
たったの数コールで

「はい、郷土芸能部事務局です!」

と、担当の先生が当たり前のように応対。
毎日毎日寝る時間を削っての準備だったに違いない。
大会期間中は舞台裏駐車場で真っ黒に日焼けしながらも、
笑顔で搬入車の誘導をテキパキとこなしていた。


舞台裏には熟練の宮崎県太鼓連合の皆さんがスタッフとして参加され、
太鼓の移動・運搬は、これまででは考えられないほどスムーズに運んでいた。


練習会場で稽古中、用意した竹バチが全て折れてしまった生徒のために、
近くの学校から駆けつけて、竹刀とのこぎりを持ってきてくれた剣道部の顧問の先生。


練習会場でお会いした監督の高校の先生方は、
わざわざ応援に会場に駆けつけて下さった。


単独で確保した練習会場に向かった際、道に迷って困っていたら、

 「あ~、ついでだから先導してやるよ~」

道案内をしてくれた軽トラのおじいちゃんおばあちゃん。

最終日にフェリーに遅れそうであせっていたワタシも道に迷い、
いやな顔一つせずに教えてくれて、
笑顔で送ってくれたコンビニで会ったおっちゃん。 

ウチを担当してくれた勉強熱心で人懐っこい中丸クン、
そして会場のあちこちで何度も何度も挨拶しながら
それぞれの仕事をこなしていた宮崎の高校生達。

数え切れないほど多くのスタッフ、地域の方に支えられたこの大会に参加できたことは、
生徒にとってもワタシ自身にとっても、かけがえの無い素晴らしい経験だ。

心から

「お疲れ様でした!」

そして、

「ありがとうございました!」


・・・・・


そんな温かく、恵まれた環境の中で、鼓組の獅子は見事に覚醒を遂げた。


本番二日前の相洋高校との合同練習でも眠ったままの獅子に、
生徒達は、

「まだ違うよね~」

「もっとできるよ」

「どうしたらいい?」

と悩んでいた。


翌日、近くの体育館での一時間の公式練習。
細かい練習は午後にまわし、
ここでは感情の解放をして演奏してみることにする。

簡単な感情解放ワークをした後に、
アイコンタクトが取れるように全員が内側に向いた状態にし、
それぞれ自分の一番感じやすい感情で「獅子」を演奏してみる。

「獅子とはこうあるべきだ・・」

と、いろいろなイメージを設定しながら稽古してきたが、
なかなか獅子の生命力を感じさせる演奏にはならなかった。

ところがこの日、決めたイメージにとらわれずに自由に演奏した途端、
曲は一気に輝きを放ち始める。

獅子に命が吹き込まれた瞬間だったのだろう。

この瞬間、獅子は長い眠りから覚め、生き生きと動き始める。



私たちが捜し求めていた獅子は、
実はメンバーそれぞれの心の中にあったのではないだろうか。

メンバーそれぞれが素直に、感じるままに獅子を演奏した時、
22代目にしかできない「獅子」が生まれる。

今までに積み重ねてきた稽古、数え切れないほどの変更、
それぞれの思い、話し合い、
それら全てがあったからこそ感じることのできる想い。


この日の一時間にも満たない稽古は、
獅子を目覚めさせる大事なカギの場所を教えてくれたように思う。



・・・・


会場となった小林市は、神話の里として有名で、
その昔、「神が舞い降りた場所」として語り継がれていると聞いた。


翌日、その神聖な土地に、鼓組の獅子は確かに舞い降り、
多くの人々の胸にその姿を焼き付け、
そして、天へと昇っていった。



22代目の獅子達は、もう二度と再来することは無い。
しかし、いつの日かまた、鼓組の獅子は復活するに違いない。




獅子よ、永遠なれ。



















楽天SocialNewsに投稿!

最終更新日  2010年08月06日 23時14分35秒

2010年07月31日
カテゴリ:カテゴリ未分類
昨日一家5人が実家の浜松到着(内、2名が犬族、1名は未出生)。

生徒達は、明日午後には羽田から航空便で宮崎入り。
ワタシは同じく明日昼頃には単身浜松を発ち、大阪のフェリー乗り場に直行、
どんど号と太鼓と共に一夜を船上で明かし、一日遅れで午前のリハーサルに合流する。




眠れる獅子は、未だに覚醒の時を迎えてはいない。
しかし、まぶたの下で時折見せる眼球のかすかな動きや、
今までとは違う不安定な息遣いから、
その覚醒の時は近いと感じさせる。


鼓組はどちらかと言うと、一曲にかける「瞬発力」よりも、
数曲を一つの流れとしてまとめたり、
演奏会全体として創りあげる「持久力」的な持ち味が得意である。

ところが今回の発表は一校あたりわずか10分の時間しかない。

10分という短い時間の中で、スイッチを入れることのできる瞬発力、集中力。
そして、いつもの演奏会の流れを10分間に凝縮するための、曲に対する密度の濃いイメージ作り。
何より、一人ひとりが自身の体と心のコンディションを最高の状態にキープするための
高い意識と自立した行動が必要とされるだろう。



35名の若者達の青春の証のために、

学校で待つ14人の一年生のためにも、

応援してくださる数多くの方々のためにも、

そして、口蹄疫で失った何十万という命のためにも、

何としてでも、生命力があふれ出るような、生き生きとした獅子を表現したい。




獅子よ、目覚めよ!






楽天SocialNewsに投稿!

最終更新日  2010年07月31日 22時26分36秒

Powered By 楽天ブログは国内最大級の無料ブログサービスです。楽天・Infoseekと連動した豊富なコンテンツや簡単アフィリエイト機能、フォトアルバムも使えます。デザインも豊富・簡単カスタマイズが可能!

Copyright (c) 1997-2014 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.