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宮崎大会が幕を閉じた。
今年もまた舞台を支えてくれた全てのスタッフの皆さんに大感謝である。 「ありがとうございます!」 カンカンの日照りの下、野球部の練習日程を削って 駐車場の案内をしてくれた高校球児達。 大会前、舞台関係の変更を連絡しようと深夜に大会事務局に電話、 当然、誰もいないから留守電に録音しようと思っていたら、 たったの数コールで 「はい、郷土芸能部事務局です!」 と、担当の先生が当たり前のように応対。 毎日毎日寝る時間を削っての準備だったに違いない。 大会期間中は舞台裏駐車場で真っ黒に日焼けしながらも、 笑顔で搬入車の誘導をテキパキとこなしていた。 舞台裏には熟練の宮崎県太鼓連合の皆さんがスタッフとして参加され、 太鼓の移動・運搬は、これまででは考えられないほどスムーズに運んでいた。 練習会場で稽古中、用意した竹バチが全て折れてしまった生徒のために、 近くの学校から駆けつけて、竹刀とのこぎりを持ってきてくれた剣道部の顧問の先生。 練習会場でお会いした監督の高校の先生方は、 わざわざ応援に会場に駆けつけて下さった。 単独で確保した練習会場に向かった際、道に迷って困っていたら、 「あ~、ついでだから先導してやるよ~」 道案内をしてくれた軽トラのおじいちゃんおばあちゃん。 最終日にフェリーに遅れそうであせっていたワタシも道に迷い、 いやな顔一つせずに教えてくれて、 笑顔で送ってくれたコンビニで会ったおっちゃん。 ウチを担当してくれた勉強熱心で人懐っこい中丸クン、 そして会場のあちこちで何度も何度も挨拶しながら それぞれの仕事をこなしていた宮崎の高校生達。 数え切れないほど多くのスタッフ、地域の方に支えられたこの大会に参加できたことは、 生徒にとってもワタシ自身にとっても、かけがえの無い素晴らしい経験だ。 心から 「お疲れ様でした!」 そして、 「ありがとうございました!」 ・・・・・ そんな温かく、恵まれた環境の中で、鼓組の獅子は見事に覚醒を遂げた。 本番二日前の相洋高校との合同練習でも眠ったままの獅子に、 生徒達は、 「まだ違うよね~」 「もっとできるよ」 「どうしたらいい?」 と悩んでいた。 翌日、近くの体育館での一時間の公式練習。 細かい練習は午後にまわし、 ここでは感情の解放をして演奏してみることにする。 簡単な感情解放ワークをした後に、 アイコンタクトが取れるように全員が内側に向いた状態にし、 それぞれ自分の一番感じやすい感情で「獅子」を演奏してみる。 「獅子とはこうあるべきだ・・」 と、いろいろなイメージを設定しながら稽古してきたが、 なかなか獅子の生命力を感じさせる演奏にはならなかった。 ところがこの日、決めたイメージにとらわれずに自由に演奏した途端、 曲は一気に輝きを放ち始める。 獅子に命が吹き込まれた瞬間だったのだろう。 この瞬間、獅子は長い眠りから覚め、生き生きと動き始める。 私たちが捜し求めていた獅子は、 実はメンバーそれぞれの心の中にあったのではないだろうか。 メンバーそれぞれが素直に、感じるままに獅子を演奏した時、 22代目にしかできない「獅子」が生まれる。 今までに積み重ねてきた稽古、数え切れないほどの変更、 それぞれの思い、話し合い、 それら全てがあったからこそ感じることのできる想い。 この日の一時間にも満たない稽古は、 獅子を目覚めさせる大事なカギの場所を教えてくれたように思う。 ・・・・ 会場となった小林市は、神話の里として有名で、 その昔、「神が舞い降りた場所」として語り継がれていると聞いた。 翌日、その神聖な土地に、鼓組の獅子は確かに舞い降り、 多くの人々の胸にその姿を焼き付け、 そして、天へと昇っていった。 22代目の獅子達は、もう二度と再来することは無い。 しかし、いつの日かまた、鼓組の獅子は復活するに違いない。 獅子よ、永遠なれ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2010年08月06日 23時14分35秒
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