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カテゴリ:ドラマ鑑賞
わたしは光をにぎっている [ 松本穂香 ] 今回は、母親を亡くした幼い姉弟とその父親の話。 姉はASD(自閉スペクトラム症)と診断されている。 音に敏感になっているのか、大きな音がすると逃げ出してしまうようになっていた。 診療所にきたきっかけも、弟の泣き声に反応してパジャマのまま家を飛び出した近所の人たちに保護されたことで、治療が必要と判断されたため。 診療所で佐山(山崎育三郎)は親を亡くしたこどもたちのための『子供のグリーフケアの会』に三人を誘う。 娘のみならず父親も妻を亡くして、突然2人の子供の世話を一人で背負っていることに疲れており、癒されたと言って帰る。 一方、佐山は父親の経営する精神科病院に帰ってくるよう言われていた。佐山は母を亡くしたあとすぐ再婚をし弟を設けた父親に反発して、叔母に引き取られた経緯があった。異母弟もその病院で医師として働いているのだ。佐山にその気はない。 一方で、佐山は志保にその病院で研修するよう指導もしていた。本気で小児精神科医を目指すのなら大病院も経験しろと。 そんなある日、その佐山父の病院では満足な治療が受けられないと、佐山の診療所を若い女性が診察を受けにやってくる。佐山はその女性の話を丁寧に聞く。 「病院では話を聞いて貰えなかった。」と喜ぶ女性をみて志保は、診療所でこのまま働かせてほしいと願う。 佐山は、志保はどうなる。 ドラマだから仕方ないとは言え、今の研修医は志保のように勝手に研修先を逃げ出したり、逃げ込んだ先で研修できたりはしない。 志保は第1話で大学病院の様なところで、「お前は医者に向いてない!」と言われ、医師を辞めるつもりで逃げ出した。そして子供の頃に通っていた診療所に相談しにきたら、世話になったりえ先生はいなくなり、その甥である佐山に出会い、そこで研修を再開したという設定。 いま、医師の研修制度は厚労省が指定したマッチングというシステムで管理されている。 厚労省が認定施設と定めた病院以外では自由に研修出来ないのだ。 最初の2年間は、研修先として選択した認定施設の提示したプログラムに従わないといけない。 佐山の診療所が、その研修プログラムで連携病院として指定されていない限り、ここでの研修は正式なものとしては認められない。 研修を休んでいることになってしまっているのだ。 3年目の後期研修医という設定であれば、自由に病院は選べるようになる。医局制度も崩壊しているので、最初に辞めろと言った教授に遠慮する必要はない。 ただ病院も問題のある医師をそう簡単には雇わない。私立病院であれば尚更、3年目のどこの大学病院の医局にも属していない医師を雇うとしたら慎重にならざるをえない。 佐山の父親としたら、息子に戻ってきて貰えるなら志保もセットで雇うだろうが、志保だけでは雇わないであろう。 さあ、どうなる最終回? お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2023.05.06 22:06:35
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