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「レスポンス」が伝えたところに「よると
ブランド存続をかけて、アストンマーチンとの協業を模索していた ダイムラーのメルセデスベンツ傘下の超高級車ブランド、マイバッハだが、 アストンマーチンとの交渉は、どうやら決裂したようです。 ドイツの自動車メディア、『auto motor und sport』が報じた。 関係者から得た情報によると、ダイムラーとアストンマーチンの 交渉は物別れに終わったという。 アストンマーチンは、近い将来復活させる「ラゴンダ」ブランドの車台を 次期マイバッハと共用することで、コスト削減を画策していた。 しかし、この計画には想定以上のコストがかかることが判明し、 アストンマーチンは交渉の席を立ったと見られる。 今回報じられた内容が事実とすれば、マイバッハはいよいよ存続の危機にたつ。 『auto motor und sport』は、「マイバッハはメルセデスベンツの サブブランドとして生き残る可能性が高まった」とレポートしているます。
>>>マイバッハ<<< マイバッハは、ロールスロイスに匹敵する超高級ブランド。 生い立ちからたどっていくと、マイバッハ(Maybach )は 、1909年創業のドイツのエンジン製造会社。 ゴットリープ・ダイムラーと共にエンジン研究を行っていた ヴィルヘルム・マイバッハが 1909年に息子であるカール・マイバッハと 設立したのがその始まりである。 ヴィルヘルムは当時のダイムラー社の主任技師として、 1901年に発売されたメルセデス第1号車を設計。 1909年にダイムラー社を去り、ツェッペリン伯爵のために会社を設立(Maybach-Motorenbau GmbH)した。 V型12気筒エンジンを搭載した飛行船ツェッペリン号のエンジンを製作していたのはマイバッハであり、これにより世にその名を知らしめることとなった。 1966年にダイムラー・ベンツの傘下となり、1969年にはMotoren und Turbinen Unionと改名された。 2002年にはダイムラー・クライスラー(現ダイムラー)の乗用車のブランド名及び商品名として復活している。 ダイムラー・クライスラーがメルセデス・ベンツを超える高級車として 開発したのが現在のマイバッハ。 Sクラスなどの高級車作りで培ったノウハウや経験を 余すところなく注ぎ込んだクルマになっている。 堂々たるセダンボディは、全長が5.7mと6.2mの2種類の仕様が用意され、 ツートーンカラーなど17色のボディカラーが用意されている。 最高級の自然素材などをふんだんに使った内装はマイスターの手によって ハンドメイドで作り込まれるという。 エンジンは専用に開発された5.5LのV12+ツインインタークーラー付き ターボ仕様で、実に405kWのパワーを発生する。(2002.9時点)
Last updated
2011.09.29 20:16:55
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