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カテゴリ:研究所長の独り言
病気や怪我など、何らかの理由で腕や脚(足)を失ってしまった人が体に装着する義手や義足。
起源をさかのぼると数百年前から存在していたようですが、昔の義手・義足はただの棒のようなものであったり、金属性のフックのようなものであったり、「間に合わせ程度」という感じが漂っていました。 しかし、科学の進歩とともにどんどん進化して、今では本物の手足を動かすときと同じように、脳から神経に伝わる信号をそのまま感じ取って動く義手なども試作されていたりします。 やがては本物の手足のように、自分の意志で自由に動かせる義手・義足が登場するはずです。 さらに時間が経てば、「ただ動かせる」というだけではなく、触覚や温度感覚もあわせ持ち、他の体幹筋と連動して本物の手足と同じように動かせるようになっていくでしょう。 もっとも医学や遺伝子工学が進歩すれば、わざわざ金属や樹脂などで義肢を作らなくても、本人の遺伝子から手足を再生するという手段もあります。 しかし、細胞で作られた生身の手足は所詮人間の能力が限界値。 これに対して人工の腕や足なら、最新の科学を好きなだけ投入することができるはずです。 例えば「最大握力500kgの義手」とか、「時速80キロで走れる義足」なんていうのも現実化するかもしれません。 手足ばかり強くなっても使いこなせないので、その次に出てくるのは「強化体幹筋」「強化骨格」「強化内臓」というあたりでしょうか。こうなるともうサイボーグ街道一直線です(笑) そうするとわざわざ苦労して手足を鍛える筋力トレーニングは効率の悪い作業ということになり、廃れていくことになるのかもしれません。 能力のボトルネック(力を制限している要因)が筋肉の太さや骨格の健全さではなくなり、人工の体を操る脳の性能や、より性能のいい人工の体を購入するための経済力になる世界・・・そんな風になってしまったらちょっと寂しい気がしますね。 →人気blogランキングへはこちら お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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