妄想
「夕食のおかずよ」と言って、べんとうを作って我が奥方と子供たちは習い事に出かけた。
しばらくして台所に行くと、鍋が二つ、炒り卵とそぼろがあった。
弁当のために作ったおかずだ。
そこまではそれで良い。
「ありがと!」
鍋にはフタがしていなかった。
いや、そのことは別に大した問題ではない。
気になったのは台所でハエが5,6匹飛び回っていたのである。
「もしやこれにとまった?」
「ま、いいか」と、とりあえず鍋にフタをした。
し・か・し
ぶち切れた!
まさか‥‥‥炊飯器のフタに少しのすき間があった。
フタを取った瞬間、
ハエが中から飛び出した。
ムカッ!!!
急いでハエたたきを手に!
アッという間に5匹たたきのめして半殺し、洗剤地獄に。
残りの1匹が恐れおののいたか、仲間の死を察知してか消え失せたのが心残りだ。
そして、なぜか妄想が始まった。
「些細なことで、無慈悲にも五つの命を奪った」
ハエといえども。
誰もがそうするかもしれない、とも思ったが‥‥‥
腹立たしいとき、つまり怨恨なら人をも殺す可能性がだれにでもある。
戦争というかたちでも歴史はそれを繰り返してきた。
仮に幼い愛娘が、犯され切り刻まれて棄てられていたら‥‥‥
自分なら、たぶん、犯人を見つけ次第リンチだろう。
ブン殴って柱に縛りつけ、そいつのモノを切り取り口に入れる‥‥‥
そして、死ぬまでなぶり殺しにするかもしれない。
法廷では“過剰”と判断されるだろうが。
拷問、さらし首、公開処刑。
昔の刑罰は心情的に理にかなっていたと思わないでもない。
子供をひき逃げされた親、サリンに殺された人々の遺族の怒りや悔しさははかりしれない。
一方のうのうと生き延びている犯人たち。
死刑の判決でも死刑執行は公表されない。
今の刑法では、遺族は癒されることのないまま一生引きずっていかなければならない。
いえ、リンチも拷問も決して賛成ではありませんけど‥‥‥
刑罰軽すぎません?
(~ヘ~;)ウーン‥‥‥