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『てんびんばかり』2006年2月3日、2月17日、2007年10月27日、11月9日に書きました 『てんびんばかり』 です。 歌詞は、 http://music.j-total.net/data/006ka/009_kawashima_eigo/015.html に、書かれています。 本来は非常に長い唄で、上記HPの歌詞は抜粋版?です。 「真実はひとつなのか・・・・」 で、始まります。 世の中、常識と思っていることが、本当に正しいのか? 問い正しているように、聴こえます。 「偉い人は僕を叱るけど その自身は何処からくるんだろう でももしも僕が偉くなったら やっぱり僕も誰かを叱るだろう」 実際に、英五さんが偉くなり、 どうだったのだろうか? とずっと考えていました。 英五さんの追悼番組「父 河島英五 歌と家族と・・・」の中で、 長女あみるさんが 「父は、親やから正しい、子供やから間違っているという 考え方はしなかった」と言われていました。 子を育てる時に、この考え方は理想で、 どうしても、親の考えが正しいのだと説得しようとします。 なかなか子供からこのように言ってもらえる子育ては難しいと 私は実感していました。 会社であれば、「上司は正しい、部下は間違っている」 ということを言わない。 あみるさんのコメントを聴いて、 実際には、英五さんは「偉くなっても叱らなかった」のだと 考えます。 つまり、英五さんの場合は「叱る」のではなく、 それは「アドバイスをする」だった のだと思います。 本来、多数決が正しいとは限らない。 世の中、常識と思っていることが、 本当に正しいのか? この『てんびんばかり』は、 大変好きで、また、大変長いので、 また、別の日にも書きたいと思います。 ということで、『てんびんばかり』Vol.1です。 2006年2月3日に『てんびんばかり』Vol.1を書きましたが、 もう少し『てんびんばかり』を考えたいと思います。 轟 拳一狼さんが、『てんびんばかり』Vo.1で、下記のようにコメントされました。 「この曲、結局答えを出さないまま終わります。 それはそのまま英五さんの悩み・苦しみをあらわすとともに、 人間とは悩み苦しむものだという「真実」をあぶりだしている気がします。」 なるほどって、思いました。私も悩んでいる時に、 この唄に引きつけられます。 『てんびんばかり』の歌詞で、 「てんびんばかりは重たいほうに傾くに 決まっているじゃないかい どちらも もう一方より重たいくせに どちらへも傾かないなんておかしいよ」 詩人、英五さんの面白い表現です。 天秤だから、同じ重さであれば、 どちらにも傾かないのですが、 英五さんは 「どちらも もう一方より重たい」 といっています。 つまり、ある時は左、ある時は右が重たいということで、 ひとつの事柄で、場合によっては重さが違うということだと思います。 だから、真実はひとつではないわけです。 大人や上司が「こうやんか」「こうなんだ」って、 いうことが本当に正しいのか、 よく考えようということです。 おそらく英五さんが学生の時に書かれた唄だと思います。 しかし、英五さんが歌手デビューし、ヒットして、 ライブ「てんびんばかり」を開催した1977年〜1978年には、 英五さんは25歳前後でした。 その時点では、もうすでに、 アルバム「信望」「運命」「人類」を出しており、 私がここで取り上げた 『人間の祖先』2006年2月10日 など、大人としての考えを唄にされています。 英五さんがライブ「てんびんばかり」をやっている時に、 「旅立つお前に」や「石仏」の歌う前後に、 社会問題に触れ、大人としてのコメントを 会場に訴えています。 つまり、英五さんは悩む若者に何か唄でヒントを与えようとしていたと 感じています。 だから、英五さんの唄は総合的に味わえると思います。 『てんびんばかり』に似たタイプに『何かいいことないかな』が あります。個々に聞いていると悩んでいるだけなのですが、 その答えは英五さんの唄のどれかにあります。 今までに紹介した 『忘れもの』2005年12月5日 『旅からの便り』2005年12月29日 『元気だしてゆこう』2006年1月3日 『出発』2006年1月5日 『水瓶の唄』2006年1月9日 『仁醒』2006年1月18日 『太陽の島』2006年1月29日 『人間の祖先』2006年2月10日 にもヒントがあると思います。 この『てんびんばかり』は、 http://lounge.ongen.net/search_detail_track/track_id/tr0000042879/で 試聴できます。 2007年10月27日分 河島英五さんの『てんびんばかり』の歌詞は、 http://music.j-total.net/data/006ka/009_kawashima_eigo/015.htmlに、書かれていますが、そこにはない歌詞があります。 「いつまでも僕等、子供じゃないと 口をとがらせる、若者達 私達だって、生まれた時から 大人だった、訳じゃないさ そんなふうに言われて始めて おやじ達の、青春の時を思い 淋しさ知ったその日から 子供は、大人になりました♪」 親子の会話、なんかいいなあ〜 いまどき、こんな単純に子供は 大人にならないかもしれないが、 なんかいいなあ〜 2007年11月9日分 河島英五さんの『てんびんばかり』は、 長い長い歌詞で、いろいろなパターンがあります。 ドダドバさんの掲示板 http://dobadoba.black.coocan.jp/?t_id=387 に、少し違った『てんびんばかり』が 載っていました。 「国と国とが争わなければ 平和にならないのだろうか、 同じようにビートルズを 口ずさんでる若者同士が 血を流し合って♪ 」 ここでも、河島英五さんは“平和”を願って唄っています。 You Tube「てんびんばかり (1977年)」 http://jp.youtube.com/watch?v=O7jMn-DlSL8 頂いたコメント Re:『てんびんばかり』Vo.1(02/03) 轟 拳一狼さん こんにちは、たれぱんださん。 この『てんびんばかり』という曲、思えば私が初めて「河島英五」と言う歌手に興味を持った曲かもしれません。 まだ中学ぐらいだったかな。神戸のローカル局「サンテレビ」で、上田正樹さんが司会をしていた音楽番組がありました。そこに英五さんがゲストで出てきました。そのとき確かピアノの弾き語りだったような気がしますが、英五さんが『てんびんばかり』をフルコーラス歌ってました。私はその歌詞に強烈な衝撃を受けました。 私は英五さんのような「熱い子育て」ができるかどうかはわかりません。英五さんのような子育てと言うより、私なりの子育てをしようと思います。 でもこの曲は将来子供にもぜひ聴いてほしいですね。そして自分の頭で考えてほしいですね。白か黒か、善か悪か、そう物事を単純化することが流行のようですが、果たしてそれでいいのでしょうか。 この曲、結局答えを出さないまま終わります。それはそのまま英五さんの悩み・苦しみをあらわすとともに、人間とは悩み苦しむものだという「真実」をあぶりだしている気がします。(2006年02月05日 01時28分44秒) Re[1]:『てんびんばかり』Vo.1(02/03) @たれぱんだ@さん こんにちは、轟 拳一狼さん。 コメント書き込みありがとうございます。 >この曲、結局答えを出さないまま終わります。それはそのまま英五さんの悩み・ >苦しみをあらわすとともに、人間とは悩み苦しむものだという >「真実」をあぶりだしている気がします。 私にとっては、英五さんの多くの唄で、 答えがわからないまま、英五さんがいなくなった状態です。 自分で考えなさいということでしょうが、 これからもっともっと理解していこうと このブログを始めました。 (2006年02月05日 10時17分49秒) 『てんびんばかり』 Eigo Forever!さん 私は、 河島英五さん他界後のファンの中の1人ですが、 ファンになった理由の内の一つが、 この♪てんびんばかり♪です。 ’70年代フォーク・ソングには 世の中の矛盾を歌っている 言わばメッセージ性の強い歌詞が 幾つかありますよね。 ’70年代の歌ですが、 21世紀初頭の今聞いても 私には全く違和感がありません! 英五さんの歌(歌詞)には 生きる事(人生)の根本原理を探っているようで とても興味があります。(2006年07月19日 23時34分14秒) Re:『てんびんばかり』(02/17) @たれぱんだ@さん Eigo Forever!さん、こんにちは >’70年代の歌ですが、 >21世紀初頭の今聞いても >私には全く違和感がありません! 結局、70年代の「世の中の矛盾」は、 30年後も矛盾のままということですね。 英五さんが社会問題と考えていたことは 30年後も社会問題ですね。 結局、社会問題と考えている人の方が少ないのでしょうか?(2006年07月20日 19時54分35秒) |