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『何かいいことないかな』2006年3月19日、7月24日、2009年11月17日に書きました 『何かいいことないかな』です。 2006年3月19日分 英五さん風、応援歌です。 歌詞は、 http://music.j-total.net/data/006ka/009_kawashima_eigo/016.htmlに、書かれています。 私は『何かいいことないかな』 の唄からファンになりましたが、 そのことをこの(自分の)ブログの掲示板(BBS)に書きました。 2006年7月24日分 この唄は、何回も 『何かいいことないかな』を 連呼しています。 「生きている感じが欲しいから 流れる汗を見たいから 生きる喜びを歌いたくて さまよい歩いてゆくんだね」 英五さんはこの唄でも「生きる」を強く意識しています。 「僕には かけがえのない恋人が この世にただ一人だけいる それなのに やはり歌っている 何かいいことないかな」 かけがえのない恋人がいるのに、 贅沢な欲望のようにも思います。 「十三、十四、十五、六の時の僕は バスケットにすべてをかけてたつもり それだけが いきがいのつもりでいたが やはり何かが 足りないよ」 若い時にスポーツに夢中になり、 いきがいとも感じていたのに、 それでも「何かいいことないかな」と連呼します。 あくまでも「生きる喜び」 の追求なのでしょうか? この『何かいいことないかな』は、 http://lounge.ongen.net/search_detail_track/track_id/tr0000042862/ で 試聴できます。 2009年11月17日分 このブログのテーマは、 「河島英五さんが残されたメッセージを知り、理解する。 また、英五さんがまだ伝え足りなかったことは何か?を知る」 であり、私自身が英五さんの歌詞で解らないことを独り言のように書いています。 河島英五さんの『何かいいことないかな』についても、 今度、21日に第3回 Healo Live in ma-ha 「河島英五の世界」にゲスト出演される森本和憲さんと私はなんか解釈が食い違うなあって、思いながら、その後、森本さんから『何かいいことないかな』についてまだ聞いていません。 いつか、森本さんにもっと話を伺いたいと思います。 さて、前置きが長くなりましたが、 1982年に販売されましたスーパーライブを聴きました。 その最後に、『何かいいことないかな』に関連させて、 インタビュアが英五さんに 「150カ所もライブで回って、何かいいことあったでしょう」と誘導尋問しました。 でも、英五さんは無言。 「ほら、オートバイのこととか、、、、、」誘導尋問が続きますが、 英五さんは何か物足りなさを感じさせながら、 「泣けるようなことがないのですよね」 と最終回答。 インタビュアは思いもよらない回答だったのか、 話が違う方向に言ってしまいました。 私は約30年間、 『何かいいことないかな』は、 「何か楽しいことないかな」だとずっと思っていました。 しかし、1982年のスーパーライブの時点では、 『何かいいことないかな』とは、 「泣けるような感動がないかな」だったように インタビューの回答から聞こえました。 私自身がずっと“感動”を求めていたのに、 気が付きませんでした。 「泣けるような感動」探したいです。 You Tube 何かいいことないかな (1975年) http://jp.youtube.com/watch?v=UigK2xA7qvY& 河島英五 「何かいいことないかな」 http://jp.youtube.com/watch?v=7qZ5zdXa6sw& 河島英五 何かいいことないかな 1991 http://jp.youtube.com/watch?v=afBaJWV_9TU& |