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『心から心へ』2006年4月17日、10月6日、2007年3月16日に書きました『心から心へ』です。 2006年4月17日分 河島英五さんの代表作のひとつだと私は思います。 河島英五History〜天夢〜に収録されている『心から心へ』は、27分12秒あります。英五さんの公式BBSのタイトルも『心から心へ』です。そして、英五さんのお墓にも『心から心へ』と書かれています。 『心から心へ』は最低でも27分12秒ありますので、 歌詞をここで、簡単には説明できません。 いろいろな世界ニュースを振り返ると、 日本のバブル崩壊、9.11のテロ、英五さんの愛したアフガニスタン戦争、イラク戦争・・・・ 世界の悲劇は、心の第三次世界大戦でないかと思えてきました。 『心から心へ』と訴えた英五さんの想いが、未だに解決されません。 今もう一度、 2005年12月5日に書きました『忘れもの』を聴きなおしています。 2006年10月6日分 河島英五さんが大事にした「心」である。 英五さんのお墓にも刻まれています。 http://kajipon.sakura.ne.jp/haka/h-rock.htm#kawashima そのお墓の裏には 「ふりかえるといくつもの幸せ ふりかえるといくつかの哀しみ いそがしさをいいわけにして あなたとゆっくり話すこともなかったが あなたがいてくれたから がんばってこれたんだ あなたを支えにして あなたにほめられたくて 英五」 と、おそらく奥さん宛だろうと思われるメッセージが 刻まれています。 (おけいさんからの解説で、これは奥さん宛ではなく、 お父さんに送られた詩だそうです) 私はこれを見て、 『元気を出してゆこう』 の 「志が少年を一人前の男にする 志を持ち続けることで 男は少年に帰る」 を思い出した。 「あなたにほめられたくて」というのが、 少年のような英五さんらしいメッセージに思った。 「人はほめられたくて行動しているのではない」 という考えもありますが、 「人に褒められたい」という気持ちで行動することは、 私はいいことだと考えています。 なかなか賞賛に値する人は少ないから、 ある一種の人としての最高目標に思います。 決して、褒められて親切、優しくするわけではないかもしれないが、 親切、優しくできない人より凄くいい。 「あなたにほめられたくて」 私なんぞ、関係ないのですが、 48歳、志半ばで、いなくなった英五さんを ほめたくないと墓を見ては思います。 まだまだ、遣り残しがあるじゃないですか? 英五さんは、 『旅的途上』だよ。 まだまだ、英五さんにヒント、メッセージを発信して欲しかった。 『元気出してゆこう』 は 歌詞 http://music.j-total.net/data/006ka/009_kawashima_eigo/009.html 『旅的途上』 は 歌詞 http://music.j-total.net/data/006ka/009_kawashima_eigo/010.html 2007年3月16日分 『心から心へ』について、2006年4月17日、10月6日に書きましたが、 歌詞については具体的に書いていません。 フルバージョンの『心から心へ』を聴いても、 前半の歌詞と後半の歌詞の関係がよくわかりません。 後半部分 「私達は生きてゆく たった一度きりの ささやかな人生を くり返し くり返し ただ ひたすらに くり返し くり返し 伝えられてきたものを くり返し くり返し 伝えてゆくんだ くり返し くり返し 心から心へ」 「伝えられてきたもの」とは何か 「伝えてゆくもの」とは何か 前半部分は、ラブソングとしては 好きな歌詞ですが、 どうも「伝えてゆくもの」との関係がわかりません。 頂いたコメント ふりかえれば・・・・ おけいさん こんばんわ!久しぶりの書き込みですが何時もブログは楽しませていただいています。“ふりかえればいくつものしあわせ・・・”英五さんのお墓のうしろに刻まれている詩、私も奥様への感謝の言葉だと思っていました。でもこの詩は、人一倍、お父様思いの英五さんがお父様へ贈られた詩だそうです。河島家の長男である英五さんは奥様の親御さんと生前暮らされていました、歌手として独り立ちされるまで奥様の実家の援助がかなりあったことも有ってだと知りました、だからこそお父様への気持ちを詩に遺され奥様も英五さんの心を大切にされた気がします。(2006年10月08日 21時43分24秒) Re:ふりかえれば・・・・(10/06) @たれぱんだ@さん おけいさん、こんにちは あのメッセイージが父親あてとは意外でした。 >奥様も英五さんの心を大切にされた気がします。 英五さんにとって、凄い理解者だったのでしょうね。 また、コメントをお願いします。 (2006年10月09日 20時16分11秒) 伝えられてきたもの、伝えてゆくもの 轟 拳一狼さん 「命」 じゃないですかね。(2007年03月18日 10時04分39秒) 「心から心へ」 クレソンさん 初めまして。 このような貴重なブログの存在は、僕にとってとてもありがたいことで、たれぱんださんに本当に感謝致します。以下は、「心から心へ」について僕が感じたことです。 英五さんは、物心ついてから生きるにあたって求めていたもの、それは生きる意味みたいな「存在理由」であり、まやかしではなく真実の「存在理由」だったと思うんです。その過程で、真実が見つからない憤りが叫びとなって「てんびんばかり」に。そして、その時の生きがいであり自分のすべてをかけられるものと英五さんが思ったものがあった。けれどもやっぱり何かが足りない。本当に「このもの」のために生きている、生きていきたい。それを探し求める叫びが「何かいいことないかな」になったのだと思います。この二曲は、英五さんの原点的存在と言えると思います。 でも答えは見つかりません。 続く (2008年07月22日 09時42分17秒) 「心から心へ」 クレソンさん 「心から心へ」で繰り返し歌われる言葉があります。 「人は何のために生きていくのしょう? 滅びるために生まれてきたのではないだろう・・・」 英五さんは、大自然と一緒に暮らしている人々が住む土地を好んで旅します。 そこで英五さんが見たものは、大自然の中で黙々と生きる人達でした。 大自然といった大きな宇宙的流れの中で、唯々ひたすらに生きていく。 遠い祖先の時代から遥かなる未来に向かって、子孫を残し「生」を伝えるために・・・。 途切れることなく繰り返し伝えていき、途切れないために「生きる」のです。 山に生きる生命や、河や雲や空が絶え間なくそうであるように・・・。 「心からこころへ」は英五さんにとって、ひとつの答を出し一区切りつけるための集大成だったと思います。 もっともっと生きられて最後にどういう完結の曲を歌われるのか、ぜひとも聞きたかったと思い残念でなりません。 でも残念なんて言ってたら、英五さんに怒られるかもしれませんね。自分なりに見つけなさいと・・(2008年07月22日 09時43分07秒) 「心から心へ」 @たれぱんだ@さん クレソンさん、「心から心へ」、「てんびんばかり」、「何かいいことないかな」の 解説ありがとうございます。 このブログのテーマは、 「河島英五さんが残されたメッセージを知り、理解する。 また、英五さんがまだ伝え足りなかったことは何か?を知る」 で、クレソンさんの解説を興味深く読ませて頂きました。 「心から心へ」は、英五さんのお墓にも書かれており、 英五さんの大事なメッセージのひとつと思います。 私も好きな唄です。 しかし、「心から心へ」が男女の別れとからませるのか、 不思議に思います。また、「心から心へ」28分聴いてみます。 クレソンさん、これからもよろしくお願いします。(2008年07月22日 17時12分56秒) Re:『心から心へ』Vol.5(07/22) クレソンさん 先日は、突然勝手に長々と書き込んだのに、取り上げていただいてありがとうございました。 歌詞の最後の部分と男女の別れの関係について、 触れていなかったので、再度の書き込みお許し下さい。 歌詞の捉え方は、人それぞれでいいとは思うのですが、 英五さんの幾つかの曲に対しては、僕はどうしてもこだわってしまいます。 だから、わかろうと思ってきました。 情熱的な英五さんは、恋に対してもそうだったと思われます。 そして、英五さんにとって「恋」は終わりが来れば、 新しい「恋」に向かえばいいだけのものではなかったはずです。 全てで愛し、愛され、永久に続くことを望まれたと思います。 終わりがあるとすれば、その時の情熱はなんだったんだろう?・・と、 あきらめてしまうにはとても重い、英五さんにとっては、 人生と同じような対象のものであったのではないでしょうか。 「終わりがあるのに、人は何のために生きるのだろう?・・・」と誰かが思うように、 「終わりがあるのに、何故愛し合うのだろう?・・・」と英五さんは思います。 歌詞に「滅びるために愛し合ってきたのね・・ 砂の城のように・・」とあります。 英五さんは「愛」に溢れていました。多くの歌詞のいたる所で表れています。そして、 「愛」は決して男女間のものだけではありません。 (続きます(2008年07月25日 01時57分13秒) Re:『心から心へ』Vol.5(07/22) クレソンさん 親友、家族、親兄弟。多くの愛が、死をもって別つまで続くことが出来ます。 それなのに、男女の愛は余りにも短い期間で色褪せ、別れが来てしまいます。 だからこそ、いっそう英五さんには「何のために・・・」と感じさせるものであっただろうし、 あんなに愛し合ったことに対して別れは仕方がなかったと思えても、 何も意味がなかったと思うことは、 余りにも不毛すぎて耐えられなかったんだと思います。 だから「人生」と同じように、終わりが来る「愛」についても、 意味あるものを求めておられたのだと思います。 最後の部分にこうあります。 「君と僕のふたつの心は 滅びるために愛し合ったのではない 白い便箋にしたためた文字は 長い旅のあとの 君への愛」 男女の愛は、感謝であるとかそういうものへ形を変えて、 心の中で永遠に続くもの・・。 英五さんは、答をそういった風に感じられたのではないでしょうか。 (2008年07月25日 02時19分51秒) 心からココロへ 轟 拳一狼さん 長女を授かったとわかったちょうどそのころ、妻のお父様が亡くなられました。残念ながら義父は、二人目の孫がすでに妻のおなかの中に宿っていることを知らずに逝ってしまいました。 そのときどうしても、「心から心へ」が聴きたくなりました。 先日妻は、長女を無事出産いたしました。思えば息子が生まれた日は、義父とともに、満開の桜の下で、ぼうっとしながら、待っていました。 息子が生まれたときに満開だった桜。英五さんが死んでいったときに吹き荒れていた桜吹雪。桜は私にとって生と死とその両面を象徴する花です。 娘が生まれ、桜が咲き、散っていきました。私は今こそ書くべきだと思い、私なりの思いをホームページで吐露させてもらいました。 http://homepage3.nifty.com/ken1ro/texts/eigo10.html よろしければごらんになってください。(2009年04月30日 10時22分53秒) |