ブログを作る※無料・簡単アフィリ    ブログトップ | 楽天市場
107766 ランダム
『十二月の風に吹かれて』 (音楽)楽天ブログ 【ケータイで見る】 【ログイン】

ホーム 日記 プロフィール オークション 掲示板 ブックマーク お買い物一覧

『十二月の風に吹かれて』


2006年9月20日、2006年12月1日、2007年12月1日に書きました 
『十二月の風に吹かれて』です。

歌詞は
http://music.yahoo.co.jp/shop/p/53/197290/Y047973
に紹介されています。

http://lounge.ongen.net/search_detail_track/track_id/tr0000042890/で 視聴できます。


2006年9月20日分
2006年3月5日 に紹介しました
「星空のソルジャー」
を唄う あらい舞さんが、
今年も「河島英五の集い in 西宮」に来てくださり、
唄を聴かせて下さいました。
その「星空のソルジャー」
への繋ぎの唄として、英五さんの
『十二月の風に吹かれて』
を唄って下さいました。

「生まれて暮らして ただそれだけで
生きているって 呼べるだろうか」


生きている証に拘りを持ち続けた英五さんらしい始まりです。

「騒いだ血の熱さが 生きているって証だろうか」

熱く生きた英五さんらしい歌詞です。(りらごーさんがコメント下さったように、私の解釈は間違っていました)

「この国では電車の温度を上げろとか下げろとか
シルバーシートは若者達の恥じらいの無さ
・・・・・・・・・
海の向こうではお腹を空かせて 倒れゆく
裸の子供たちの悲しい眼差し」


なんかこの国は狂っていると唄い続けていた英五さんの訴え

「生まれてきて 噂して ただそれだけで
生きているって 呼べるだろうか
海の向こうの出来事も ただの噂話として
駅のホームに散らばっている・・・・
私は今 ぼんやりと空を眺めては
生きる事の不確かさと 悲しみを思う」


生きている我々は、英五さんの志を受け継ぎ、
何かしたい それが生きている証だろう

英五さんは何をしたかったのだろうか?

2006年12月1日分
2006年3月5日 に紹介しました
「星空のソルジャー」
を唄う あらい舞さんが、
ライブでこの『十二月の風に吹かれて』を唄って下さいます。
それは、3番の

「海の向こうではお腹を空かせて 倒れゆく
裸の子供たちの悲しい眼差し」

が、平和を願うあらい舞さんの志と合うからでしょう。

2006年9月20日には、1番と3番について書きました。
では、その間の2番です。

「つかの間の輝きも やがて色あせて
すぐにあきらめる事を覚え
また元の のっぺらぼうの行列の中に
紛れ込み閉ざされた 羊たちの真似をする
にぎやかさと馬鹿馬鹿しさに逃げる事はしたくない
たとえ暗い部屋の隅で 死んだふりをして見せるとも
自分はいったい何者なのかと訊ねてみる
忙しげに行き過ぎる 十二月の風を睨みつけて」


「あきらめる事」も「逃げる事」もしたくないと
思いますが、この2番の意味がよく解りません。
英五さんは何をしたいといっているのでしょうか?


「生まれて暮らして ただそれだけで
生きているって 呼べるだろうか」

で、始まって、

「生まれてきて 噂して ただそれだけで
生きているって 呼べるだろうか
海の向こうの出来事も ただの噂話として
駅のホームに散らばっている・・・・
私は今 ぼんやりと空を眺めては
生きる事の不確かさと 悲しみを思う」

で、終わっているので、
2番の歌詞も生き方について、唄っているのだと思いますが、
どういう状況でしょうか?


2007年12月1日分

今日から12月、12月といえば、河島英五さんの唄では、
『十二月の風に吹かれて』が好きです。

「生まれて暮らして ただそれだけで
生きているって 呼べるだろうか♪」

12月に入り、今年を振り返ってみると
今年は平凡な日々でした。
血が騒ぐこともなく、血の熱さを感じることもなかった。

「海の向こうではお腹を空かせて 倒れゆく
裸の子供たちの悲しい眼差し♪」

平凡な日々をおくれることは幸せなんだろう。
「本当の幸せ」とは何だと考えられること事態が幸せなのだと、
以前、轟さんがコメントをくださった。
そうやな〜と思う。
お笑いコンビ麒麟の田村裕さんが書いた『ホームレス中学生』を読んだ。
究極の貧しさであった。
0円生活でもめげず生き抜いた田村さんは素晴らしい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B0%E6%9D%91%E8%A3%95



頂いたコメント

Re:『十二月の風に吹かれて』(09/20) りらごーさん
「騒いだ血の熱さが 生きているって証だろう」
の部分は、実際には最後は「生きているって証だろうか?」と疑問形になっています。

校内暴力だとか暴走族だとかそういう形で、ともすれば怒りを暴力として発散してしまう若者のカタチについて表現しているんだと思います。

この一節の前に<やり場のないいらだちが怒りに変わる時>ってあってそれはそういうことを指しているのだと思います。

つまり反語的な表現として、それが本当に生きている証しだって言えるのだろうか?そうではないだろうって歌っているのだと思います。

(2006年09月27日 22時55分38秒)

Re[1]:『十二月の風に吹かれて』(09/20) @たれぱんだ@さん

りらごーさん
>「騒いだ血の熱さが 生きているって証だろう」
>の部分は、実際には最後は「生きているって証だろうか?」と疑問形になっています。

さすが、先生、ご指摘ありがとうございました。
作為的にミスったわけではなく、
私の大きな間違いで、
「証だろう」と「証だろうか?」では、
大きな違いですね。

>校内暴力だとか暴走族だとかそういう形で、
>ともすれば怒りを暴力として発散してしまう
>若者のカタチについて表現しているんだと
>思います。

>つまり反語的な表現として、それが本当に生きて
>いる証しだって言えるのだろうか?
>そうではないだろうって歌っているのだと
>思います。

なるほど。英五さん、いつも訴えていた社会問題ですね。
英五さん自身が乱暴そうに思われがちですが、
私の初めの印象から、ずっと英五さんは指導者的でした。
りらごーさんは生徒にこんなことも教えますか?

(2006年09月27日 23時28分54秒)

師走 koichi-mantaroさん
河島英五さんの曲にはいつもパワーをもらってます。
気がつけば12月になっていたという感じです。
今年は私にとって大きな大きな転機の年だったので
しみじみとこの曲を聴いています。
来年は自分らしい人生と周りの仲間と幸せなトキを
過ごせたらいいなあと思います。

来年の目標は自分の考えをうまくまとめて自分の
言葉で相手に伝えられたらいいですね。あれこれ
考えすぎず自然体でそれができれば最高です。

最近は非常に落ち着いています。
心穏やかに過ごせています。
いろんなことはありますが気にしない。

また遊びに来ます。忘年会控えてるので
飲み過ぎには注意しないと^^;(2008年12月02日 18時17分32秒)

Powered By 楽天ブログは国内最大級の無料ブログサービスです。楽天・Infoseekと連動した豊富なコンテンツや簡単アフィリエイト機能、フォトアルバムも使えます。デザインも豊富・簡単カスタマイズが可能!

Copyright (c) 1997-2009 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.