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河島英五さんの『都会』 「誰かが誰かを ビルの陰から 笑っている 人よりも違う生き方だと だけど いろんな 感じ方があるだろう いろんな生き方があってもいいだろう 好きじゃない花が咲いていると 踏みにじっていいはずないだろう 好きじゃない花が咲いていると 踏みにじっていいはずないだろう いつの時代もそんなふうに 人が人を追い詰める いつの時代もそんなふうに 人が人を追い詰める」 「だけど この町が好きなんだ 何かやれそうな 気がするから」 「昨日と今日の区別がつかない おれたちの自由 昨日と今日の区別がつかない おれたちの自由」 と最後に叫ぶ。 「いろんな生き方があってもいいだろう♪」 今日はこの歌詞が耳に残りました。 姉妹ブログ『人生』 http://ameblo.jp/kawasimaeigo/ http://blogs.yahoo.co.jp/tarepanda808 に、いろいろな歌手やお笑い芸人の方を書いていますが、 ☆我妻チェルシー・中丸さんのふるさとは京都の宇治 ☆ジャズタイムの里龍之介さんのふるさとは沖縄、生まれはカルフォルニア州ロサンゼルスのモンテベロ ☆マドンナの石倉智喜さんのふるさとは和歌山 いろいろなアーティスト、芸人さんがふるさとから都会に出てきて、頑張っています。 逆に、QU-Eさんの『ふるさとの空』 という歌があります。 QU-Eさんの『ふるさとの空』
河島英五さんの『伝達(メッセージ)』です。 歌詞は、 http://music.j-total.net/data/006ka/009_kawashima_eigo/027.html に、書かれています。 「手をつなごう 手をつなごう 創りだすんだ 心のヒストリー 愛しあおう 愛しあおう 今、生きてる それが伝達(メッセージ)♪」 「手をつなごう 手をつなごう♪」とか「心から心へ♪」とか河島英五さんは人と人の繋がりを大切にされた方です。 と、こじつけて書き出しましたが、このたび、河島英五さんのファンとして知り合った方がライブをします。 ”Live in 西九条ソフトマシーン” 場所はJR/阪神の西九条駅すぐ側の 『ソフトマシーン』 大阪市此花区西九条4-2-3 大島第三ビル2階 (JR環状線、西九条駅下車、徒歩30秒) 06-6460-3123 http://www.softmachine.cc/index2.html 5月27日(日) 16:30~ OPEN 17:00~ むらやまおさむ with ふなこし 18:15~ ジュエリーマキタ 19:00~ ジル・ドゥルーズ・ブルース・クラブ(GDBC) Charge:1,000円(ねこまんま付/別ドリンク) 当日のねこまんまはタイカレーの予定です。 この日のドリンクはオール500円/1杯です。 当日のステージはUSTREAMで配信予定です。 ジュエリーマキタ/夜空のまいまい http://www.youtube.com/watch?v=_HjvYOtX3SU GDBC/山下清のバラッド http://www.youtube.com/watch?v=4aDZ_etOVBs http://www.youtube.com/watch?v=WJaT7x50hcA&feature=player_embedded 「山下清のバラッド」 詞・曲/uddy 放浪の天才画家山下清が 最初の旅に出たのは十八の時 彼は頭が弱かったが 魂は澄みわたっていた ところがこの世に澄みわたった魂の住みかはない 彼は彼の絵の中に魂を住まわせたのさ 全ての色彩が彼の味方! それ以外のものには興味がない 放浪の天才画家山下清が 三度目の旅に出たのは二十歳の時 皆が止めようとしたが ある晩彼は抜け出した 走れるだけ走り駅に止まった、それこそ着の身着のまま 彼は絵を描くために旅したんじゃない 全ての景色が彼の味方! それ以外のことはどうでもいい 放浪の天才画家山下清が 七度目の旅に出たのは二十五の時 彼の旅はいつも五月に始まり 九月には終った だが今度は帰らなかった、秋が終り冬が始まっても やがて冬の断末魔と春の囁きを聴いた 全ての季節が彼の味方! 彼のねぐらは何処でもいい 放浪の天才画家山下清が 十一度目の旅に出たのは三十の時 ウソ八百を並べ立て なんとかその日のメシにありついた 彼は全てに感動し、恐怖し、うっとりし、記憶した 絵を理解する男が現われ全てを引き受けた 勘違いするな、私は味方だ! だが敵も味方も関係ない 放浪の天才画家山下清が 旅をしなくなったのは三十五の時 誓約書にサインし、二度と 放浪しないと誓わされたのさ 今や彼は地位と名誉を手に入れた、多すぎる財産も だが彼の魂は限りなくゼロに近づいていった 全ての人々が彼の味方! そんな事はどうでもいいことだ 放浪の天才画家山下清が 帰らない旅に出たのは四十九の時 一番細い血管が破れ 或る晩彼はブッ倒れた ベッドの上で彼は言った今年は何処の花火に行くか? それから暫くして彼は息を引き取ったのさ 全ての神様が彼の味方! 天国の場所は何処でもいい
大阪心斎橋のフォークバーNOSCOにて、 5月17日(木)に『河島英五弾き語りNIGHT』開催 アコースティックギター、アコースティックベース、電子ピアノを常設しておりますので、手ぶらでOK * ********************** 河島英五弾語りNIGHT 5月17日(木) OPEN/19:00 START/20:00 CLOSE/23:00(ラストオーダー22:30) *19時から20時の間はフリー演奏タイムです。 お好きな方のお好きな曲を弾き語ってください♪ ミュージックチャージ ¥1,000 ドリンク¥500~/フード¥400~ 場所 フォークバー&ダイニング NOSCO 大阪市中央区南船場2-6-12 SEDIC PLACE 1F TEL 06-6260-5318 http://www.nosco.e-planners.co.jp/ ***********************
みなさん、ゴールデンウィーク如何お過ごしでしょうか? といっても、連休の方、仕事の方、それぞれでしょうが。。。 河島英五さんの『何かいいことないかな』は2012年04月04日にも書きましたが、ゴールデンウィークで、また、思い出しました。 歌詞は、 http://music.j-total.net/data/006ka/009_kawashima_eigo/016.htmlに、書かれています。 『何かいいことないかな』 ゴールデンウィークの後半も何かいいこと、感動すること見つけたいと思います。
![]() 春爛漫、晴天の下で、ツツジが咲く頃、大阪中央公会堂はとても綺麗です。この公会堂の古さがとてもいいです。 河島英五さんの『よぼよぼじいさん』 「古いものの中に すばらしい古さが 古いものの中に すばらしい新しさがあることを 教えてくれた先生 先生 僕はあんたが好きでした♪」 を思い出します。 この公会堂は、アルベルト・アインシュタイン、ヘレン・ケラーやガガーリンなどの歴史的人物の講演も行われた場所ですが、保存する資金難の時期があり、河島英五さんが赤レンガ保存基金のチャリティーライブを1990年3月25日 に行っています。 http://www.livefans.jp/groups/4033 河島英五さんは物を大切にされた方だと英五さんの奥様のコメントが以前ありましたが、古いものの中のすばらしい古さを残したかったのだと思います。 『よぼよぼじいさん』の歌詞は http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=E03470 http://music.yahoo.co.jp/shop/p/53/197290/Y047971 に紹介されています。 過去の記事を『Home』の左欄の『フリーページ』にまとめました。
4月23日は河島英五さんの誕生日で、何を書いたらいいか迷った結果、河島英五さんの『そうだったんだね父さん』にしました。『そうだったんだね父さん』は一般の方が詩を書き、それに英五さんが曲をつけて歌っています。私は好きな唄です。 ネットに『そうだったんだね父さん』の歌詞は書かれていなく、下記のサイトで試聴できます。 http://wmg.jp/artist/eigo/WPC7000010176.html 『そうだったんだね父さん』は、息子がお父さんになるぐらいの年になって、やっとお父さんのことが少し理解できたように思うが、今、思えば、お父さんのようには立派ではないよというような歌です。 4月21日、河島アナムさんのライブで、アナムさんのMCを聞いていて、アナムさんも大人になり、少しお父さんのことが理解できてきたというような感じがしました。 アナムさんのブログ http://ameblo.jp/anamkawashima/entry-11231094560.html 『そうだったんだね父さん』 そうだったんだね父さん 小さな頃にあんたのざらついた 皺だらけの手を見てきたなく思い 少し軽蔑もしてなんだか近づきにくかった でもこの頃朝から晩まで働く自分の手が 皺だらけでごつごつして 付けたクリームさえその皺に残る そうだったんだね父さん 俺たち子供のために一生懸命働く手だったんだね そうだったんだね父さん 遠い昔の休みの日には 何もしないでごろごろするあんたを見ては まるで父親とも思わず邪魔にしたね でも今の自分 休みをとっても何もする気になれず 一日中ごろごろしてはたまに溜め息つき そして眠る そうだったんだね父さん 俺たちと母さんの為に働き続けた たった一時の骨休めだったんだね 俺はあんたより大きくなれないね 今だに一人者だけど きっと女房と子供がいたなら あんた以上に邪魔にされるかもしれないね そうだったんだね父さん そうだったんだね父さん あんたは大きな 大きな人だったんだね
河島英五さんのの『晩秋』 4月21日にありました河島アナムさんのライブ『桜の花びら散る頃にvo.1』にゲスト出演された中畑昌也さんが英五さんの曲で選んだのが、この『晩秋』。季節はずれのこの曲を選んだ理由を言われませんでしたが、この『晩秋』は英五さんのお父さんが亡くなった時に作られた曲で、中畑昌也さんもそれを意識されたのでしょうか? 歌詞は http://music.j-total.net/data/006ka/009_kawashima_eigo/008.html にあります 「この国が一番美しい 燃える秋が訪れる ・・・・・・・・・ 悲しみに心奪われ 生きる力無くした時にも 季節は美しく巡り来て 優しく響く」 生きる力無くしても、元気を出して欲しい。 「声が潰れるほど泣いた夜も 抱き合った温もりも 過ぎ行く日々の暮しの中に いつの間にか 埋もれていくでしょう」 これまた、2006年5月14日に書きました『生きてりゃいいさ』の 「生きてりゃいいさ そうさ生きてりゃいいさ 喜びも悲しみも立ち止まりはしない めぐりめぐって行くのさ」を 思い出します。 過去の記事を『Home』の左欄の『フリーページ』にまとめました。
河島英五さんの『あきらめ顔は早すぎる』 歌詞は、 http://music.j-total.net/data/006ka/009_kawashima_eigo/012.html に、書かれています。 「ぜいたくな暮らしになれすぎて 中途ハンパな時をすごしてた♪」 「ぜいたくな暮らしになれすぎて 情熱を失くしかけていた♪」 昔、ある社長が『楽しい仕事が出来る人はプロ野球選手とか芸術家とか、ごく一部であり、普通の社員は楽しい仕事を望めない』と言った。指導者がそんなことを発言すべきではないと思いながらも、『そうだよな』という気持ちになる時があります。 今日、ある方のブログに 『どんな仕事してても楽しいことはあるよ』と書かれていました。 そうだよな、そう考えてやらなければいけないと思いました。 「自分がもう一度自分らしく 自分の力をとりもどしたい やろうと思えば何でもできる♪」
今更、いうまでもなく、河島英五さんのヒット曲『野風増』 河島英五さんは『夢』というか『志』の唄を多く歌っていて、『子供ならもっと高い山に登りたがるはずさ』の方が好きです。その他、『元気出してゆこう』の 「志が少年を一人前の男にする 志を持ち続けることで男は少年に帰る♪」 とか 『出発』『あきらめ顔は早すぎる』『青年』『竜馬のように』『誕生日を前にして』『ほんものの汗』・・・・ 2012年4月12日の『よぼよぼじいさん』Vol.10で書きました ――――――――――― 何をもって成功したといえるかは、人それぞれ違うと思います。自分の決めた道を歩むことが出来れば、成功だと私は考えます。頑張れ!!! ――――――――――― を、本人にコメントしたところ、 『大成功しなければ死んだと等しい、と僕は思っています。頑張ります。』とコメントがかえってきました。 河島英五さんの『野風増』の「大きな夢をもて~」があう『志』を連想しました。 │<< 前のページへ │一覧 │ 一番上に戻る │ |