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― 碧 虚 堂 ―

― 碧 虚 堂 ―

『憶』





 晴天の穏やかな朝。

 気候は春。

 ゴーイングメリー号は相も変わらず、麦わら海賊団の七人を乗せて“偉大なる航路 ”を進んでいた。

 船首には新しい島に胸躍らせているルフィ。

 見張り台には双眼鏡で船の周囲を見渡すロビン。

 船尾には何やら寝言を呟きながら大の字で寝ているゾロ。

 そして甲板には円陣を組むような形で座って話し込むナミ、ウソップ、サンジ、チョッパーの姿があった。


 「じゃあ、この女の子がゾロの思い出の人物って訳か?」

 ウソップは眉を顰めながら一枚の紙をナミ達の前に提示する。

 「うーん……」

 それを見ながら他の二人と一匹は同じ様に首を傾げ、同じ様に唸ってみる。

 紙には黒髪の少女の似顔絵が描かれていた。




 ―――話は一時間前に遡る。

 サンジとウソップは数日前に訪れた島での出来事を話していた。


 その日の夕方、メリー号はログを辿って、ある島に到着した。

 船から見る限り、一日で廻れてしまう程の小さな島だと窺い知れた。「早く上陸して探険しよう!」と息巻く船長のルフィをナミが力尽くで

制止した。

 それと言うのも、島の周囲には無数の珊瑚礁が密集しており、迂闊に船を進めて珊瑚にぶつけてしまったら船底に穴が開く危険があっ

たのだ。

 日が傾きはじめた今、薄暗い中での接岸は危険な為、日が昇って周りがよく見渡せてから上陸しましょうと、ナミが提案。尚も文句を言

い続ける船長にナミと、ナミの絶対的な味方のサンジは「夕飯は抜きにする」と、脅して船長を黙らせた。
 
 そして一晩、沖に停泊した麦わら海賊団のクルー達は、読書に夢中で一睡もしなかったロビンを除いた全員が次の日には記憶を無くし

てしまうという奇妙な事件に陥ったのだった。


 記憶を無くしたと言っても、僅かに一部分だけ。しかし、それぞれが麦わら海賊団の船長・ルフィに出逢ってから今までの記憶だった。

 朝になって目覚めれば、見知らぬ人間と見知らぬ船に同乗している。

 これだけでかなりの驚愕だ。

 記憶を無くし、慌てふためくメンバーに、ロビンは冷静に自分達はルフィと言う船長の下に募り、“偉大なる航路 ”を進んでいる事を説明

した。

 しかし運悪い事に、このメンバーの中で一番新しく仲間に加わったのがロビンだった為に、各々がどうして麦わら海賊団のクルーになっ

たかなどの過程は説明が難しかった。しかも、ルフィ以外は自分が海賊になった経緯すら知らないのだ。

 記憶を無くしたメンバーは戸惑いながらも、無くした記憶を取り戻すべく協力し、島に棲む記憶を喰うタツノオトシゴの化け物が元凶だと

つきとめる。

 その化け物は寝ている人間の記憶を吸収し、徐々に成長を遂げていたのだった。

 記憶を喰い過ぎた化け物を面白がったルフィが腹を殴ったところ、幸いにも化け物が記憶を吐き出し、麦わら海賊団は全ての記憶を取り

戻す事が出来た。


 一味と同様に、メリー号が停泊した島の住民も記憶を無くしてしまっていたのだが、麦わら海賊団のお陰で記憶が戻ったとは露知らず、

最終的には事件の犯人と勘違いされ、メンバーは島民から追い掛け回されたのだった。


 かくして、麦わら海賊団は慌ただしく島を後にした―――。




 「記憶が無いってのは案外、恐いモンなんだなぁ……」

 あの時の出来事を思い出し、ウソップは嘆息した。

 「しっかし、妙な感じだったぜ。此処にいる自分が不思議でしょうがねェハズなのに、お前らの顔見ると初対面て気がしねェしよ」

 「おお、分かる!オレも変な感覚だった!」

 煙草を吹かしながら話すサンジにウソップも同意する。

 「何より!麗しのナミさんとロビンちゃんの事を忘れちまうなんて……一生の不覚だ…!」

 サンジはワザとらしく落胆の表情を浮かべる。

 「まぁ、お前の場合はな…」

 ウソップがサンジの苦悩ぶりを宥めていると、二人の様子を見ていたチョッパーが話に加わってきた。

 「二人で何の話をしてんだ?」

 「ん?ああ、この前の記憶無くした時の事だ……って、そうだ。ウソップ」

 サンジはチョッパーの質問に答えてる途中で、ある事を思い出した。

 「あん時によ、変な生き物が俺らの記憶の一部を見せただろ?」

 ウソップは暫し考えてから

 「そんな事もあったな」

と、腕組みしながら答えた。

 『変な生き物』こと、タツノオトシゴは自身が吸収した記憶の一部分を吐き出し、幻影として見せるという能力も兼ね備えていたのだ。幻

影は記憶を無くした六人それぞれの思い出の人物だった。そして、タツノオトシゴはその幻影を使って麦わら海賊団を惑わそうとしたので

ある。

 「お前が前に言ってた故郷の病弱お嬢様ってのは幻の中に居た、セミロングの髪に色白の子だろ?」

 「よく憶えてんなー。流石、ラブコックっつーか……」

 「え?誰だ?誰の事だ?」

 ウソップとサンジの会話に入り込めないチョッパーは二人を交互に見ながら説明を求める。

 首を傾げるチョッパーを見て、ウソップは常時携帯しているカバンの中からスケッチブックと鉛筆を取り出すと、スラスラとサンジの言って

いたお嬢様・カヤをいとも簡単に描き上げてしまった。それを二人の前に差し出す。

 「これがオレの言っていたカヤだ。このゴーイングメリー号をオレ達にくれたんだぜ」

 とても忠実に再現されたカヤの似顔絵を見て、サンジとチョッパーは感嘆の声を上げた。

 「相変わらず、絵に関しちゃ上手いモンだぜ」

 「ウソップはスゲェな~!こんなに直ぐ似顔絵も描けちまうのか~」

 「フフフ、まぁな。ウソップ様の手に掛かれば一度、見ただけの人物だってパパっと簡単に描けちまうぜ!」

 チョッパーの尊敬の眼差しに気を良くしたウソップは然も得意げに胸を逸らして答えた。

 「あ!それじゃあ、あの中にオレの恩人のドクターも居たんだ!描いてくれるか!?」

 予想外なチョッパーのリクエスト。

 ウソップは少し大袈裟に言い過ぎたな…と、たじろぐが、二つ返事でOKした。

 「他にも何人か居たよな…描いてみっか」

 そう呟くとウソップは似顔絵を描き始めた。サンジとチョッパーが楽しみに待っていると、

 「何やってるの?」

と、倉庫から出てきたナミが顔を出した。

 「あ♪ナミさ~~ん♪♪♪」

 すかさず、サンジはナミにハート目を向ける。しかし、ナミはいつも通り、サンジの愛情表現を無視して床に置かれたカヤの似顔絵を拾い

上げる。

 「あ、懐かしい~。ウソップが居た村のお嬢様じゃない」

 「ナミはその子に会った事があるんだな。ウソップがな、あの変な化け物が見せたオレ達の思い出の人達を描いてくれてるんだ」

 「ホントに器用よねェ…ん?これは誰?」

 ウソップは黙々と似顔絵を描き上げていく。そして完成した一枚をスケッチブックから外して床に広げる。

 新しく描かれたのはDr.ヒルルクだった。

 「ドクターだ!ドクターはな、オレの命の恩人なんだっ!!」

 チョッパーは興奮気味に話す。

 「へぇ……」

 嬉しそうにはしゃぐチョッパーを見て、ナミはニッコリ笑みを浮かべる。

 その後も床に広げられていく似顔絵に三人はそれぞれ声を上げた。

 航海の途中で会った人物、自分の思い出の人。

 各々に似顔絵の人物を説明したり、懐かしいと談笑する。

 ベルメール、ゼフ、エース、シャンクス―― ルフィは以前、メンバーにシャンクスの話をしていた。彼の特徴は赤髪で左目に三本の傷。

ナミ達は直ぐに彼がシャンクスだと分かった。


 「―――最後の一人ね」

 六枚の似顔絵にひと通り騒いだ三人はウソップが七人目を描き終わるのを待っていた。

 「まだ一人も思い出の人が出ていないのは誰?」

 「えーと…多分、ゾロだ!」

 似顔絵を一枚ずつ確認しながらチョッパーはナミの質問に答える。

 「あのクソ剣士の思い出のヤツなんざ、野郎しか考えられねェな……」

 残念そうにサンジは溜息をつく。ゾロなら思い出の人物も同じ剣士だろうと、サンジは高をくくっていた。思いがけず美女でも出てきたら

面白いのに、と悪態をつく。

 そんな事を考えていると、間もなくウソップが七人目を描き終えた。

 似顔絵はシャンクスに続き、ナミ達が知らない人物―――黒髪の少女だった――。



 そして、話は冒頭に戻る。

 少女は甲板に居る三人と一匹の中で誰も思い当たる節が無く、ロビンに至っては唯一、記憶を吸い取られなかった人間であるから論外

である。

 結論として、黒髪の少女はゾロの思い出の人と言う事になる。

 「―――意外、よねェ」

 長い沈黙の後、最初に口を開いたのはナミだった。声に怪訝そうな心境が含まれる。

 いつも仏頂面で、無口で、あまり自分の事などを話さないゾロ。

 そんなゾロからまさか、こんな少女の思い出が出現するなど、メンバーの誰もが予想すら出来なかった。

 「ゾロだったら前に闘った強い相手とかだと思ったぞ!」

 「まぁ、それが妥当だよなー」

 チョッパーの意見にウソップも頷く。

 ウソップとサンジの二人は不意に世界最強の剣豪・鷹の目のミホークを思い出す。

 「あ!もしかして初恋の子とか!?」

 「うっ、それも有り得るけどなぁ。あの『元・海賊狩り』から初恋の子が出るなんてよ……ギャップあり過ぎだろ~」

 ナミとウソップのやり取りを聞きながら、サンジは一人、似顔絵の少女に見入ったまま考え込んでいた。

 「……………」


続く




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