━ビクトル・エリセ『ミツバチのささやき』




■「ソイ・アナ......私はアナよ」幼年期の終わりに...■
━━アナ・トレ ント/ビクトル・エリセ監督『ミツバチのささやき』━━



ビクトル・エリセ(Víctor Erice, 1940年6月30日 - )



アナ・トレント<ANA TORRENT>
ビクトル・エリセ監督『ミツバチのささやき』



「ミツバチのささやき」(原題:「蜜蜂箱の精霊」)
El Espiritu De La Colmena('73)スペイン

監督:ビクトル・エリセ
脚本:アンフェル・フェルナンデス=サントル ビクトル・エリセ
撮影:ルイス・クアドラード
音楽:ルイス・デ・パブロ
出演:アナ・トレント(7才) イサベル・テリュリア フェルナンド・フェルナン・ゴメス



風と陽光に晒されたスペインの荒原の寒村。見捨てられ忘れさられたような石造りの廃屋と滑車も錆びついたままの古井戸。孤立し外部から絶縁された閉ざされた空間。
丘から駈け降りていって白い小さい点のようになってしまうアナとイザベルを1ショットでおさめている名シーン.....。

スペインの映像詩人ビクトル・エリセの処女作。生涯何本もない愛すべき傑作!
サン・セバスディアンでグランプリ(黄金の貝殻賞)受賞、シカゴ国際映画祭で銀賞(シルバー・ヒューゴー賞)受賞。



全てを見透かすかのような真っ直ぐで無垢な眼差し...。



舞台は40年代、スペイン内乱がファシストの勝利に終わり数年が過ぎた時代、カスティーリャ地方のオユエロス村に巡回映画館がやってくる。
その演目はボリス・カーロフが演じる「フランケンシュタイン」(ジェイムズ・ホエール1931)。



イザベルとアナの姉妹は二人で映画を見に行くが、6才の少女アナにはその物語が理解できない。アナには、少女となかよく遊んでいたフランケンシュタインが、なぜ少女を殺したのかが理解できないのだ。そして、映画のラストでフランケンシュタインが殺されたことも、アナには分からない。アナは「なぜ殺したの?」と何度もイザベルに聞く。そんな妹を姉のイザベルはからかい、フランケンシュタインは精霊で村の外れに隠れ住んでいるのだと教える。アナはそれを信じ込んでしまう。そんなある日、彼女がその家を訪れた時、そこで一人のスペイン内戦で傷ついた負傷兵と出合い……。



イサベルは線路に耳をあて、アナは遠くの何かを見つめるように立つ。







イザベラはアナに残酷ないたずらを仕掛ける。
死んだ振りをしてアナを驚かせ金切り声でアナを笑うイザベラ。
またイサベルが猫の首を絞めて指を噛み付かれ、自分の生き血で口紅をつける真似をするシーンも象徴的。



少女たちが焚き火を飛び越える遊びを庭で行ない、イザベルは焚き火を飛び越える。火の上を飛び越すアナベルはスローモーションで写される。アナは焚き火遊びに加わらず、座ったままだ。幼いアナと違い、イザベルは軽々と火を飛び越えるように、現実をそのまま受け入れている。



アナはイザベルに、なぜフランケンシュタインが女の子を殺し、怪物も殺されてしまったのかと聞く。眠りたいイザベルは答えたがらないが、アナがせがむので、こう答える。
 「怪物もあの女の子も殺されていないわ。映画のなかの出来事は全部嘘だから。」



 「あれは精霊なのよ。私は見たことあるわ。昼間は見えなくて、夜にだけ見えるの。目を閉じて呼び掛ければ、現れるのよ。友達になれば、いつでもお話できるわ。
目を閉じて『私はアナ』と呼びかければ」






人気のない窓辺に寄って、筒型の網の中をゆききするミツバチのささやきに少女はいっとき耳をかたむける。ミツバチの小宇宙に感嘆する父親。世捨て人のように、心を閉ざし、妻ともほとんど会話せず研究に没頭し、夜中、ノート(言葉)に入り込んでいく。母親は国境の向う側にいるだろう人に手紙を書きつづけている。



フランケンシュタインがいるとイザベルが言ってた廃屋。そこには、右足を怪我した脱走兵が隠れてていた。
「りんごを差し出すアナ」
むさぼるようにりんごを食べる脱走兵。
アナは廃屋にいる脱走兵に、父親フェルナンドの洋服や時計を持っていき、傷ついた右足に包帯をまいてあげる。脱走兵は、時計を使う手品をしてアナを喜ばせる。アナと脱走兵のふれあい。それは、アナにとっては初めてのコミュニケーションであり、人と人とのふれあいであった。
しかし、脱走兵は兵士たちに殺されてしまう。



脱走兵が殺されてしまったことを知ったアナは、まるで神隠しにあったようにひとり森に逃げ込み森をさまよう。
アナを呼ぶ母親の声が虚しく響く.....。
小川の流れを見つめるアナ。ふと気づくと川面にフランケンシュタインの顔が映しだされる。振り向くと、フランケンシュタインが映画で見たのと同じように立っている。フランケンシュタインは、じっと見つめるアナにゆっくりと近ずきアナの顔をなでる。そして、アナは気を失う。







映画『フランケンシュタイン』における少女の死→イサベルの擬死、夜の森でアナが見た『フランケンシュタイン』の幻影→脱走兵→アナ的解釈としての『フランケンシュタイン』、ミツバチのささやき→精霊の声、というイメージの連鎖が実に幻想的な効果を高めていて見事です。幼年期に別れを告げなければならない季節の子供の”純粋な好奇心=童心”がそのまま美しい映像に結実し、我々大人の心に優しく響いてくる稀な映像詩です。

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『カラスの飼育 (1975)』

監督・脚本: カルロス・サウラ
撮影: テオドロ・エスカミーリャ
出演: アナ・トレント(9才)/ジェラルディン・チャップリン 



母親と父親を次々に失った少女が 次第に幻を見るようになっていき過去と現在が混同されるようになってゆきますが、そのことが純粋な子供であるが故に違和感なく受け入れられていく不可思議さ。
アナ・トレントのその深い瞳に、吸い込まれてしまいそう!
子供の無邪気な残酷さや心の闇が、よく表現されている。



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『エル・ニド(1980)』

監督: ハイメ・デ・アルミニャン



出演: アナ・トレント(14才)エクトル・アルテリオ



これまた愛すべき名作!
スペインの田舎町を舞台に、妻に先立たれた初老の男アレハンドロと、13歳の娘ゴジータ(アナ・トレント)の交流の中に無償の愛を描きあげた名作!



アレハンドロは、周囲に溶け込めないタイプの人間で、人と反対の事をして、孤独で、音楽やチェスを好み、銃を集め髭を生やし、時々-稀にだが帽子をかぶっている。森の中でも、心の中に聴こえてくる音楽に夢中で指揮の手を振る...そんな男。

U^ェ^U ワタシモソンナオヤジニナリタイ U^ェ^U




純愛ゆえにアレハンドロの孤独な魂は愛に飢えるように彷徨し、少女の魔性に悲劇へと誘われ悲劇に到達する物語である。物語は大人と少女、二つの孤独な魂の邂逅と悲劇的な結末という点で名作「シベールの日曜日」と共通するところがあります。『シベールの日曜日』のパトリシア・ゴッジの様な愛くるしい演技とは対照的に、14才のアナ・トレントは見事に少女の持つ残虐性を見事に演じています。エル・ニドとは巣という意味。



『シベールの日曜日(1962)』

監督:セルジュ・ブールギニョン  撮影:アンリ・ドカエ
出演:ハーディ・クリューガー/パトリシア・ゴッジ/ニコール・クールセル 

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『テシス/次に私が殺される(1996)』

監督: アレハンドロ・アメナバール 
脚本: アレハンドロ・アメナバール/マテオ・ヒル
撮影: ハンス・バーマン
音楽: アレハンドロ・アメナバール Alejandro Amenabar
出演: アナ・トレント/フェレ・マルティネス/エドゥアルド・ノリエガ



『オープン・ユア・アイズ(バニラ・スカイ)』のアレハンドロ・アメナバール監督が弱冠23歳にして作り上げた衝撃作。一本のスナッフ映画の真相を知ってしまった女子大生の恐怖を描いたサスペンスホラーの名作。繊細な美女に成長したアナ・トレント演じる主人公アンヘラの周囲にジワジワと迫り来る殺人の予兆、初めから最後までギリギリまで追いつめられる恐怖感を盛り上げるアレハンドロ・アメナバールの見事な演出が話題を呼んだ。



◇アナ・トレント<ANA TORRENT>◇
生年月日 1966年7月12日
出身地 スペイン・マドリード



◇アナ・トレント<ANA TORRENT>出演作◇

■次に私が殺される(1996)
■捕らわれた唇(1994)
■バカス<未>(1991)
■血と砂(1989)
■血と砂・完全版<未>(1989)
■エル・ニド(1980)
■カラスの飼育(1975)
■ミツバチのささやき(1973)



◇ヴィクトル・エリセ<Victor Erice>◇

「人間は経験を測定するために”時間”を発明したのだ。」

1940年スペイン、バスク地方のカランサ生まれ。長編第一作が『ミツバチのささやき』、10年に1本というスタンスで映画を撮り続けています。
代表作(長編は3本しかありません)は『ミツバチのささやき/El espiritu de la colmena』や 『エル・スール/El Sul』そして1992年の『マルメロの陽光』のみ。
寡黙でありながらも心の奥底に訴えかける作品を撮っている名匠です。





■10ミニッツ・オールダー「ライフライン」(2002)

名前を聞いただけでトキメイテしまう映画史に輝く巨匠監督たちが10分間という定められた時間の中で競作した短編集。ヴィクトル・エリセ10年ぶりの新作は”誕生と家族”をテーマに実に豊穣なイメージを美しいモノクロ映像で魅せてくれます。



■マルメロの陽光(1992)



■エル・スール(1982)



■ミツバチのささやき(1973)








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