今日は、もう一つ、ご紹介したいものがあります。
こちらはツイッターなのですが、昨年10月から板橋区でネパール料理店を開いていらっしゃる、ビカスさんというネパールのシェフさんのツイッター。
だいすき日本
よかったら、つぶやきの、少し前のほうまでさかのぼってみてください。
お客さんが全然来なくて、不安そうにつぶやいているビカスさんの姿が見えてくるようです。
(ビカスさんのツイッターよりそのまま引用)
きよう ランチ 7 にん だけですね なか なか むずかしいね あと よるどうかな~ どきどき
きようも とっても つらいランチ でした ひと くみでふたり おわってしまった ちらし くばりとか やってますけど ちらしもってきた きやくは いまのところ きてない びかす どうなちゃうだろ ほんとに こわくなってきました
でも、そんなビカスさんのツイッターを読んで、だんだんいろんな場所からお客さんが入るようになってきました
今は少しずつ軌道に乗られているのかな?
日常生活の優しいつぶやきが、ひらがなで語られているのを読むとこちらまで心があったかくなってきます。
ランチおきやくさんできたおばあちゃんたちに たくさん おりがみちようちよ もらいました きれいなさくら きれいなちようちよ ありがとう おばあちゃん
おばあちゃんに折り紙のちょうちょをいただいたんですね、ビカスさん
きっととても心のあたたかい人なんでしょうねー。
お店はまだ行ったことがないのですが、ぜひ一度食べに行ってみたいと思っています。
ネパール料理店「だいすき日本」
東京にお住いのエスニック好きな方、いかがですか?
いつの間にか、桜も葉桜になってきましたね。
またまたご無沙汰しています。
この数日、また大きな余震が続き、震度4程度の東京でさえやはり驚くのに(震度3くらいでは驚かなくなったのも事実ですが…)震源地に近い被災地のみなさんのことを考えると胸が痛みます。
ほんとうに、早く安心して眠れる生活を迎えていただきたいものです。
さて、今日はネットで見つけた記事をご紹介します。
津波の被害が大きかった釜石市。
でもそこの小学生・中学生は日頃の避難教育のおかげでほとんどが無事だったというのです。
子供たちが日頃から叩き込まれていた「避難3原則」
1)「想定、とらわれるな」(前の津波の時はここは安全だったから…という考えにとらわれるな、ということですね)
2)「最善を尽くせ」(とにかく高台へ、高台へ、と駆け続けた子供たち。そのおかげで間一髪で津波に巻き込まれるところだった小学生たちは助かったのです)
3)「率先し避難せよ」(中学生たちが率先して小学生の手を引いて、みんなで避難したそうです。小学生たちは、中学生たちの「手」のおかげで助かったのですね)
詳しくはこちらの記事を。
釜石の奇跡
これからも当分余震は続きそうですし、四国、東海などの海岸地域のみなさんも、この「釜石の奇跡」の例を教訓にしていこうと思っているそうです。
まだまだこれから余震は続くでしょうが、私たちは教訓をこうやって学んで、そしてみんなで助け合って、この辛い時期にこれ以上人災を増やさずに乗り越え、お互いの命を助けあっていけたら。
そうしていきたいものですね。
地震からもう9日経ったわけですが、
こうして日が経って
改めてこの地震、津波の被害の大きさが見えてきました。
そして原発の現場では、今この瞬間にも、危険を承知で原子炉の冷却のために努力してくださっている方々がいらっしゃいます。
本当に頭が下がります。皆様は日本の、世界の英雄です。
決死の冷却活動にたずさわるこの方々のことを海外でも「FUKUSHIMA 50」(福島の五十人の名もなき勇者たち)と呼んで、称えているそうです。
日本、世界中の人たちがみんな祈っています。
どうぞ全員が、無事に任務を完了されて元気な姿でお戻りくださいますようにお祈り申し上げます。
それから、ブログのお友達の皆さんからもご心配や温かいメッセージをいただきました。
本当にありがとうございます。
今日も辛いニュースばかり飛び込んできた1日だったけど
一つ気がついたことがあります。
東京の人たちが優しくなっている気がするんです。
電車の中で、お年寄りに席を譲る光景が増えたような、
赤ちゃんが大声で泣いたりむずかっても、前によく見かけたように不愉快そうな顔をする人がいなくなったような
人ごみでぶつかってもちゃんとお互いに「すみません」とほほえみあえるような
そんな空気を感じるんです。
みんな大変だけど「被災地の人たちのことを考えたら自分たちも頑張らなきゃ」と思っているんじゃないでしょうか。
都会が最近、どこかに忘れてきてしまっていた「思いやり」が戻ってきたのかもしれません。
みんな、明日も頑張りましょうね!
そして被災地の皆さんに応援のオーラを送りましょう

よかったら、読んでみてください。
ツイッターにつぶやかれた、心が温かくなる言葉たちです。(下の英文をクリックしてみてください)
PrayforJapan
読んでいるうちに泣いてしまいました。
人間、捨てたもんじゃないですね。
なんて素敵な人たちばかりなんでしょう。
先ほどのブログに、夜帰宅難民をした話を書きましたが、
そう、みんな整然と、黙々と歩いていました。
喧嘩をする人も、悪態をつく人もいなかった。
誰もがお互いに励ましあっている、そんな雰囲気が伝わっていました。
今日見たテレビのニュース番組で、電車を待つ行列や、ガソリンを買うために何時間も待っていて疲れた男性たちへのインタビューがありましたが、彼らは口をそろえて
「これくらい、被災地の人たちのことを思えば、なんでもないですよ」と言っていました。
そうですね、思いやりと礼儀正しさ、そして忍耐強さ。
私たち、それをまだ持っている。
そして世界の人たちも、それに感嘆して応援してくれているんですね。
とりとめのない文章になりましたが
日本中、世界中、みんなの思いが、被災地に届いて、一つでも多くの「奇跡」が起きますように。
大変大変ご無沙汰していました。。
実は、しばらく東京におりませんでした&楽天ブログのログインIDをすっかり忘れてしまっておりました
メールをくださっていたブログのお友達もいらっしゃったのに、大変大変申し訳ありませんでした。
私は元気にしております
が、東京に戻った途端に、地震に巻き込まれました
もちろん東北地方の皆様のご状況に比べたら本当に比べ物になりません。
今回の犠牲者の皆様のご冥福を心よりお祈り申し上げますとともに、一人でも早く、多く、行方不明の方々が見つかりますことをお祈りいたします。
とはいえ、都内在住の私も金曜日の夜は、帰宅難民の一人となりました。
夜19時に数人の同じ方向へ帰る人たちとグループを作り、徒歩で帰宅しました。
都内の道路はどこも大渋滞で、そのわきを歩道からあふれかえるほどの人たちがやはり歩いて家路を向かっていました。断念して解放された避難所で一夜を過ごした人も多いようですね。
家にたどり着いたのは午前1時過ぎでしたが、もっともっと時間のかかった人もたくさんいらっしゃいました。
今回印象的だったのは、徒歩で家に向かう人たちの多くがペットボトルと食料の入ったと思われるコンビニ袋を持っていたことです。
通り過ぎる都内のコンビニは、どこも早々に棚がからっぽになっていました。
私や同僚たちも、会社の自動販売機でペットボトルの水とお菓子を調達していたので助かりました。時々休憩を入れ、水分と糖分を補給して歩きました。
一人じゃなかったので心強かったです。
あれから2日が経ちましたが・・・
まだまだ余震は続いています。
今日から出勤した方々もいらっしゃるようですが(私は自宅待機で家で仕事)、電車の本数が少なくて大混乱だったようですね。
昼間、町に買い物に出ましたが、どこのお店でも
電池、ラジオ、懐中電灯、カセットコンロ、レトルト食品、カップめんなどが売り切れでした。
それでも、こうやって物が食べられて寒さがしのげる私たちは恵まれています。
今も取り残されて救助を待っている方たち、避難所で不便な生活を強いられている方たちのことを考えると胸が痛みます。
話がそれますが、海外のニュースでは、日本人が、災害後も秩序正しく暴動も起こさずに対処している姿が賞賛されているようです。
確かに、争い事も、お店を荒らすような事件も起きていないですね。
辛抱強く、我慢強いと世界からも褒められている日本人…このパワーで何とか難局を乗り越えていきたいものです。
東京の交通機関は当分大変なことになりそうです。
私はとうとう、折りたたみ自転車を購入しました。
…早く地震が収まってほしいです。