|
|
|
|
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
|
[全168件]
ども、お久しぶりです。 8月頭から、娘をつれ、宮崎の田舎に帰っていました。東京は連日猛暑!!だったそうですが、普段の行いの悪さからか、毎日スコールが降る天気で、海に行ってはこ一時間で雨に降られて帰るの繰り返しでした。でもそのおかげで猛暑!!ではなく、カラっと暑く、夕方涼しい快適な夏をすごしました。 ところでこの夏、弟が18年ぶりに宮崎に帰り、店を持つことになり、「花でも?」と聞いたら、「デキャンタをくれ」とのこと。いくつか写真を持って決めさせたところ、一番安いヤツを選んでくれた。シメシメ。 ---------------------------------------------------------------------------- ![]() 8,400 円29,452 円
角田 光代著 対岸の彼女を遅ればせながら読んだ。 2歳子育て中でママ業停滞気味の今、まさにぴったりの本だった。 以下感想。 私たちは何の為に年をとるのか? 出会うためだとこの本にはある。新しい友達と、新しい自分自身と。 育児ノイローゼ寸前の私は、実家の母に10日間うちに来てもらった。 正に働く前の小夜子と同じような育児ノイローゼ状態。 いろいろな公園を放浪して歩く、友達って言えるような人はいない知らない土地、魔の二歳児を抱え怒るばかりの日々。 数日であっさりと解決した。 すべてに余裕がなかったせいだ。家の隅々を掃除し、新しい服を買い、髪を切り、化粧する、母の子育ての話を聞く、そしてこの本を読む、それだけで私も娘も変われた。 久しぶりに本で泣いた。子供が保育園に預けて泣くのは、子供が泣いているばかりではなく、母親が心の奥底で救いを求めて泣いているのだとか書いてあったところ。母親の問題解決で子供も泣かなくなり保育園で楽しめるようになったところ。 私自身、3歳になったら働こうと思っているので、いい指針になった。母は強く笑ってなければ!がんばれあたし。 ![]()
母が誕生日に服を買ってくれるとのこと。正直試着して服を買うのも1年半ぶり。うれしいけど、何かっていいかまったくもって分からない。 そこで前から好きだったBBSに答えも求めた。【せめて】第24回ダサママ反省会【小奇麗に】 同じようなこと考える人もいるもんだ。今買うなら、チュニックとスキニーかレギンスとバレーシューズでいいかも、とあり、そのとおりに買ってきた。 パーマヘアとあわせて、それなりに小奇麗ママになった。 美容室では「VERY」を渡され読んだけど、ひえぇ高い!とそればかり思ってたけど、このBBSでは「COMO」という雑誌が安いけどそれなりのコーディネートがあるらしい。 勉強しましょう。小奇麗ママをキープさせるため。 写真が大きすぎたので、小さくして再アップしようとしたら、重い重い!動かないよ。暇の時再度アップします。
半年振りのヘアカット、4年ぶりのパーマヘアです。 子供が小さいことを理由に、サボってました。子連れでは無理だろう、夫に預けるのは不安だ、って決め付けてました。手抜き母でごめんね、娘。 たまたま駅前でビラを配っていた EARTHに飛び込みでいきました。 「ひえぇぇー。照明明るすぎでしょ!」久しぶりにまじまじと覗き込んだ鏡には、白髪が3本、シミ多数、メイクべたのおばちゃんが座ってました。言い訳するわけではないのですが、子供ができるまでは、毎朝カーラーを巻き、ファンデーション3種駆使し、がっつりメイクする日々でした。EARTHは、目黒に住んでた8年前は、青山まで通ってました。それなのに、このおばちゃんってば誰よ?、んもう恥ずかしくって、恥ずかしくって、 こんなふうにしてくださいって、やっとのことで紙を渡し、お願いしました。 南越谷のEARTHは、チャイルドルームがあり、おもちゃやDVDで遊んでいられるし、カット&パーマでも2時間で仕上がるとのこと。あぁ、浦島太郎の気持ちがわかりました。 2時間後、にわか美人ママが出来上がりました。ヘアだけは写真のとおりです。美容師さんありがとう。
今日は、庭周りをがっつり作業した。 途中で止まっていた、レンガの小道も完成!うれしい!! 近所のマツキヨ ホームセンターで手に入れた小ぶりのレンガで造ったんだけど、合計80個、買い占めてもなお足りない。困った挙句、ぴっちりつめず、ゆるく間に草花を植え、雰囲気重視で敷き詰めることにした。(近いうちに写真もアップ予定) 花壇もできたし、後は種まきできる暖かくなるまで待つだけ。 はぁ、すっきり、さっぱり。 ![]()
私には、祖母と祖父は1人づつしかいない。母の両親は母が小さいころ亡くなった、と聞いていた。明るい母が明るくそう語るので、なんとなく「そうなんだ」としか思ってなかった。 母の母、つまり祖母にあたる人は、母が3歳で亡くなったそうだ。おぼろげにしか覚えていない、38歳だったそうだ。破傷風で3日間高熱を出し、あっけなくなくなった。 その後は、父と祖母に5人兄弟の末っ子として育てられた母は、9歳で父と祖母をあいついで亡くす。その後は、22歳の長男の兄夫婦に育てられる。しかし、兄夫婦は兄の浮気で離婚し、兄は家に寄り付かず相手の家に入りびたる。末っ子の母と兄の娘、10歳と3歳の二人の少女は、終戦後10数年の日本でなんとかかんとか暮らすことになる。それが5年続いたそうだ。海の近くだったので、学校帰りに海草を拾い、漁師の手伝いで微々たるお金や魚をもらい、近所のおばあに野菜を分けてもらい、「よく盗みをしなかったもんだと思う」と母は言った。学校は学校で教科書を買うお金もない、でも親切な人が、教科書を常に見える位置に広げてくれたんだ、「どんなところにも親切な人っているもんよ、その人のおかげで生きてられるんよ、ありがたいねぇ」 中学卒業後、一緒に暮らす兄の娘が気になり、地元で働きはじめる、といっても就職と言えるようなものではなく、近所のおばあが世話してくれた雑貨やの手伝い。 その後、兄が戻り焼き鳥やをはじめ、その手伝いをはじめ、父とであったそうだ。 母は、娘が言うのもなんだけど、可愛い顔をしていて焼き鳥やの看板娘だったそうで、他にも申し込みはあったそうだが、公務員の父に告白され、「これで楽ができる」と心底ほっとしたんだそうだ。 明るい母に、そんなきつい時代があったなんて、想像もできず、途中涙がとまらなかった。母は言い終えた後、「はっはっは」と笑い、そしてもらい泣きした。 この人の子でよかった。 ![]()
昨日は引き出し等々見えない場所だったが、今日は見える場所を大掃除した。換気扇も、トイレの電気もピカピカだ。部屋が汚いと、なんだか気持ちが荒むのがわかる。っていっても私は決してきれい好きでマメな掃除好きではないし、上手でもない。でもとっても気持ちいい。 落ち込んでいた気持ちが少し楽になった。 夜、母と話こんで、母の生い立ちに泣いてしまった。大事にせな。 |一覧| |