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ショパンはこの曲をマヨルカ島で作曲したとされています。 1838年、当時28歳だったショパンはパリの社交界で花形だった美貌の文豪ジョルジュ・サンドと恋に落ちマヨルカへ恋の逃避行。 昔見た映画『別れの曲』ではそんな流れでしたが、実際は結核療養のため半年間滞在しただけだったようです。 サンドは6歳年上で恋多き女性だったんですね。 ショパンとつき合う前に結婚して子供も二人いるし、詩人のミュッセや音楽家のリスととも関係を持っていました。 ショパンは自分が病で弱って行く中、精力的なサンドの愛をつなぎ止めておけるのか不安だったんじゃないでしょうか。 この曲を聴くとマヨルカの雨が想像出来ません。 むしろショパンの生まれたポーランドの、何となく寒々しい森の雨上がりの情景が浮かんできます。(行った事ないですけど、きっとある) マヨルカ島は年間300日は晴れると言われているそうで、私達も6日間滞在して降られたのは1日だけ、しかも風びゅーびゅーの大雨でした。 とてもじゃないけどこの曲のようなしっとりした寂しげな雨じゃありません。 マヨルカ観光で有名なのが洞窟コンサート。 ドラッグ洞窟の地底湖で小舟に乗った楽団がショパン演奏を聴かせてくれるんです。 行ってみたい気持ちは満々だったんですが、私達が滞在していたサンタ・ポンサからだと島の反対側でバスで片道2時間はかかるし、凄く混んでるという噂だったので行きませんでした。 テレビの観光番組で見たことがあるのでだいたい様子は分かってました。とっても幻想的で素敵みたい。 ただいろんな人の旅情報を見ると、日によってショパンじゃなくてモーツアルトだったりもするみたいなんですね。なんなのかコンセプトがよく分かりません。 ショパンコンクールを題材にした『ピアノの森』という連載マンガが好きでずっと読んでいるんですけど、ショパンは本当にこの曲をマヨルカの雨と関連づけて作曲したんでしょうか。 皆さんはどう思われますか。 こちらからどうぞ。 Chopin - Prelude Op. 28, No. 15
ベルギービールを飲みに行ってきました。 以前ご紹介したデリリウム・カフェです。 久しぶりにムール貝も食べたいと思っていたんですが、ここのところ入荷していないとのことで残念ながらそれはまた次のお楽しみ。 円高のお陰で地ビールが10%程度値下げされてたのは嬉しかったです。 いつものようにフルーラル・ホワイトの爽やかな香りに癒されてから今日は店員さんお勧めのセゾンビールを飲んでみることに。 セゾンビールはベルギー農家が夏の農作業中の喉の渇きを癒すために、農閑期である冬に醸造したビールのことだそうです。 農繁期には他の地域からの季節労働者を受け入れるために、労働条件の1つとして「ビールの提供」という項目があったんですって。 「うちは、1日働くとビールを1リットル無料提供」というふうに歌って、ビール好きの働き手を集めたんですね。一人1日8リットルのビールを提供していたという所もあったようですよ。そんなに飲むのかな。 まずはセゾンネケ(Saisonneke) このビールはたった4.4%のアルコールながらも酵母とヨーロッパ産のビタネスホップとアロマホップにより非常に味わいがあるものとなっている。IBU(苦味の単位)は32であり、このアロマは100リットルあたり250グラムものホップを熟成中に加えている。また麦芽と小麦を使用することによって少しだけボディを強くしている。 説明にはこのように書かれてありました。ちょっと苦味のキツい普通のラガーのような味です。汗をかいた暑い夏には最高でしょうね。 続いてフォー・セゾン(iV Saison) アルコール6.5%。 ブリュッセルからリエージュへ向かう途中のゆるやかな丘陵地帯にある、小さな小さなジャンデラン醸造所。ホップの花を発酵中も漬け込むドライホッピングによって醸造されるセゾンビールは他にはなく、喉を潤す味わいと花のような軽やかな香り、味わいが最高です。 説明を読むまでもなくお花のような甘い香りが漂ってきました。これは春バラの香りか?しかし一口飲んでギャップに驚きました。香りがキツすぎる香水って感じでしょうか。 でもこの微妙な酸味が夏の労働の疲れを癒すと考えると納得出来る気もします。 最後に大将がチャレンジしてた地ビールがこちら。 ローデンバッハ・グランクリュ(Rodenbach Grand Cru) アルコール6%。 20ヶ月以上のオークの大樽にて熟成させたフランダースレッド。大粒の葡萄や葡萄の皮を連想させ、タンニンや酸味を同時に味わう事ができる。 説明にはこう記されておりますが、香りの印象はブルーベリーでした。 飲んでビックリ、これは黒酢かって感じ。発酵しすぎた赤ワインの様でもあります。身体にはめちゃくちゃ良さそうですが、普通のビールのようにごくごくは飲めません。 大将は美味しいって言ってましたけど私はセリス・ホワイトでお口直しに走りました。 やっぱりこれが一番好き。
<ムリーリョ> バルトロメ・エステバン・ムリーリョは17世紀を生きたスペイン画家の巨匠です。 1660年代にはセビリアで最も人気のある画家となって、宗教機関からの注文が殺到しました。 その後ヨーロッパ中に名を知られるようになり、存命中から作品は海外に多く輸出されていたそうです。 ベラスケス以外では17世紀で最も革新的なスペイン画家として認識されるようになりました。 プラド美術館に彼の作品が多いのはフェリペ5世の妻、エリザベッタ・ファルネーゼ(1692-1766)がセビリア滞在中に大量購入したからとされています。 ムリーリョの絵は宗教画でありながら優しく繊細で、悲壮感がないのがいいですね。 『無原罪のお宿り』 この作品、日本でも見たことがあります。(2002年のプラド展) 無原罪懐胎説というのが当時のスペイン、特にセビリアで信仰されていて、それに基づいた絵をムリーリョは20点ほど描いているそうです。 聖母マリアが、神の恵みの特別なはからいによって、原罪の汚れととがを存在のはじめから一切受けていなかったとする、カトリック教会における教義とのこと。 明暗の強調された背景に動きのある天使がごろごろいて、バロック美術を感じますね。 『善き牧者としての幼児キリスト』 かわいらしい子供の絵もムリーリョの作風です。言われないとキリストだって分からないですよね。 大将曰く。 『あれっ!この絵知ってる!うちの玄関にあるやつじゃないの?こんな所に本物があったんだね。なんか感動する。これって、だれ?』 この絵が『プラド美術館展』で以前日本に来た時買ったんですからここにあるのは当然なんですけど、その時大将は用事があって私だけで見に行ったんですよね。 『うちに宗教画が飾ってあるの知らなかったなあ。』 私もかわいいから買っただけなんですね。 依頼主が教会ですから壁を飾ると言ったらどうしたって宗教画になりますよね。他にも立派な宗教画がいくつも展示されていました。 彼の作品はロココの先駆けとも言われていて華やかなので、現代の陶器のデザインとしても使われているようです。 楽天で売ってるのは宗教画ではなくかわいい子供や女の子の絵だけですね。
ナバロン海軍要塞から脱出した麦わらの一味が次にたどり着いた島は、ロングリングロングランドでした。 これは脱出!海軍要塞篇に続く第207話から228話までのお話です。 ここは木も動物たちも何でも長ーい島。 人は住んでいないのかと思ったら雲の上にそびえるほどの竹馬に乗ったおじいさんがいました。 『世界一高い竹馬に乗る』という夢を実現したことはしたんですが、竹がどんどん成長するので怖くて降りられなくなってたというんです。 なんと10年も。(気も長いんだな) この島は長いリング状になっていて、普段は10個の島に分かれているそうなんです。 それが年に一度の引き潮の時だけつながるので、その時を狙って村人は移住を繰り返す遊牧民なんですね。 このおじいさんは竹馬に乗っていて取り残されたとのこと。 そのおじいさんのことをひたすら首を長ーくして待っていたキリンのような馬シェリーがいました。 すっかり仲良くなったところへフォクシー海賊団が上陸してきます。 船長は『おやびん』と呼ばれていましたが,ずる賢い奴でいきなりシェリーを銃で撃って自分のものにしてしまいまた。 さらに海賊世界ではオーソドックスな勝負『デービーバックファイト』を麦わら海賊団に申し込みます。 これは3本勝負のゲームで勝つと相手のグループから欲しいメンバーを一人取れることになっているんです。 フォクシーおやびんはずるいゲームをして子分を増やし、総勢500人もの海賊団に膨れ上がっていました。 1回戦は樽で作ったいかだで島を一周するスピードレース。 おやびんは悪魔の実の能力者で相手のスピードを30秒間のろくできる『ノロノロビーム』なんて言う技を持ってるんです。 このビーム、手を狐の形にして出すんですけど大将なんかサンバ踊りながらビーム出してますからね。 ビームを自分で浴びてるせいで片付けがノロノロなのかもしれません。 2回戦はパワー勝負のボールゲーム、3回戦はローラーレースでした。 ルフィたちは2勝1敗。おやびんに捕らえられていたシェリーを奪還し、さらに一度取られた船医チョッパーを取り返します。 引き分けでおもしろくないフォクシーおやびん。さらにもう1度ゲームを申し込みます。 ずる全開の海賊ドッジボールにダルマさんが転んだ、最後はキャプテン対決の壮絶なバトルでした。 おやびんはずる賢いけど憎めないタイプなんです。 すっかりやっつけられて子分も全部取られて海賊の誇りである旗印まで取られてもまだ諦めずにルフィたちを追っかけてきます。 さて、麦わらたちが次にたどり着いたのは人の記憶を食べて生きているタツノオトシゴがいる島。 島民はみんな昨日のことも自分が誰かも覚えていません。 どうやら眠ると記憶を食べられてしまうようで、ルフィたちも餌食になって大混乱。 ただ一人、徹夜で本を読んでいたニコ・ロビンだけが全てを知っています。 元凶のタツノオトシゴを退治して次にたどり着いた無人島では海軍本部大将の青キジと遭遇します。 この人、エネルに匹敵するパワーを持ってます。 触れたもの全てを凍らせる能力の持ち主。しかも海賊の宿敵である海軍の一番えらい人。 客船の遭難で流れ着いていた人々を、海を凍らせて道を造って助けたりしてました。 見た目は探偵物語の松田優作そのものなんです。しゃべり方も。 でも強すぎます。 しかもニコ・ロビンを子供のころから知っていて目の敵にしています。ルフィもロビンもまるで歯が立たない凄い人が出て来てしまいましたね。 ただ、今回はアラバスタでの活躍に免じて命だけは助けてもらえました。 ログポースに従って船を進めるルフィ一味。次はどんな冒険が待っているのか、それにしても海軍大将、自転車で海を移動なんて体力凄い。
外国でテレビなんか見てもほとんど訳分からないんですが3つだけ分かるのがあるんです。 一つはニュースと天気予報。 しゃべってることが分からなくても映像で何となく何がどこで起こったのか想像できます。 マヨルカでびっくりしたのは夜のニュース番組担当のメインキャスターがニューハーフさんだったこと。日本では見たことないですけど、有能ならアリですよね。 二つ目はアニメ。 子供向けなのでとっても分かりやすい。 クレヨンしんちゃんとドラゴンボール見ましたけど、どちらもスペイン語しゃべってるのが気にならないくらい良く内容が分かりましたよ。 そして三つ目はTVショッピング。 大将が風呂に入ってる間ひまだったのでずっとつけっぱなしだったテレビを見るともなしに見てたんですが、ゴキブリ退治のすぐれものとか、これでシェープアップとか日本でも同じような商品紹介してますので何が言いたいのかよく分かりました。 中でも一つ目を惹いたのが男性用のフェイスシェーバー。 スペインの男性って眉毛とかヒゲとか濃い人多いんでしょうね。 思った通りにかっこ良く整えてくれる優れものがあるんですよ。 風呂から出て来た大将もうちではマユトロって呼ばれてるくらい眉毛濃いので一緒になってつかまりました。 『これ、ほしいね。狙った長さにそろえてくれるんだって。』 で、帰国してすぐ近所の電気やに行ってみたんです。 似たようなのが売ってました。 眉毛を4ミリとか6ミリとかにそろえてくれて、形もきれいに整えられる替え刃付き。 電池で動くから旅にも持って行けそうです。 男性用だけど女性だって使えるよねってことで私も借りて使ってます。 切れ味最高。 痛くないし、カミソリみたいに失敗して切れたりしない。 ところが今朝、大失敗をしでかしてしまいました。 ちょこっと手が滑ったんですね。 眉毛を半分剃り落としてしまいました。 あ″ー、この平安時代の麻呂みたいな点眉みじめ。 早く生えてくれー!
チキチキボン、チキボーン、チキチキボン、チキボーン これって,一体どういう意味なんでしょう。 映画『マスク』の中でジム・キャリーが歌ってたCuban Peteでもチキチキボン言ってました。 歌の流れからするとスペイン語みたいですけど調べてもよく分からないんです。 さて、今日ご紹介するのは先日デモで踊ったサンバ曲。 Batukada do Rioというバンドの『Chiqui Boom』です。 ドイツ・ カーサミュージカ発売ラテン・ミックス・シリーズ第7集の1曲目に入ってます。 こちらがその曲。 Batukada do Rio - Chiqui Boom - Sambaこちらは大将が大好きなエフゲニーが2012年のロシア選手権プロラテン決勝で踊る様子。 Evgeniy Smagin - Polina Kazatchenko, Final Sambaもっとすごいダンスはこちら。 TERRA SAMBA VS BACKYARDIGANS - CHIQUI CHIQUI BOM (PISADOR).wmvそういえば以前、ケリーにアレックスと組んだ理由を聞いてみた時、 『スペイン人の彼にはイギリス人にはないチキがあるから。』 って言ってたんです。 そのときは軽いノリみたいな意味かなあなんて勝手に思っていたんですが、ほんとのとこ何なんでしょうね。 チキブンの意味、どなたかご存知の方いらっしゃいましたら教えて下さい。
ついにオープンした東京スカイツリー。 伸びて行く姿を試合やレッスンで東京に行く度に眺めていたので、なんだか親しみがわきます。 『スカイツリー』という名前が決まった時、自分のハンドルネームと半分かぶってて変な気持ちでしたが、完全にかぶらなくて良かったですよ。 向こうの方が絶対的にメジャーですもんね。 あいにくの天気でエレベーターが止まったりとハプニングもあったようですが、それもまたいい思い出ですよね。 ロッテルダムのタワーに登ったときのことを思い出しました。 ところで、なんで今日なんですか? 333メートルの東京タワーの昭和33年3月3日開業みたいに、スカイツリーは語呂合わせ的なことはしなかったんでしょうか。 634メートルですから、平成26年3月4日なんか候補だったでしょうね。それまで待てなかったのかな。 0から6までの中から634を抜いた0125から構成される日、2012年5月22日を選んだんでしょうか。 どうせなら0から9まで網羅する2012年5月27日9時8分の方がいいですよ。 それほど数字にこだわってないんでしょうね。 電波塔としての仕事ぶりはどうかということなんですが、東京タワーからスカイツリーになって、いままで駐車場に入ると聞こえなくなっていたFMラジオが聞こえるようになりました。 家から実家に向う荒川沿いの高速道路の上からよく見えるんです。 今まで真っ暗でしたけどライトアップされたらきれいだろうな。
マスコミが揃って大騒ぎしたので、この日が近付くに連れてテレビで『金環日食』の言葉を聞かない日がないくらいでした。 その起る理由も見える範囲も耳にタコが出来るくらいどのチャンネルでも繰り返し放送していましたので今更書くまでもありませんね。 何百年ぶりだとかテレビで言ってるのを何度か聞きましたが,それはあくまで今回見えたのと同じような地域で見られるのがそれだけ稀ということであって、自分が移動すればほとんど毎年のように日食は見られるんです。 現に25年前、うら若き天文少女(?)だった私は沖縄まで金環日食を見に行きました。 プラネタリウムの方が同行して下さる観測ツアーに参加したんです。 もちろんビキニ持参。 こちらStartrees撮影の1987年9月23日11時17分の太陽の写真です。 金環になってる時間は短いんですが太陽が欠け始めてから食の終了までって結構長いので、途中で観測に飽きて泳ぎに行っちゃったんですよね。 ムーンビーチという浜辺で撮りました。 2009年の皆既日食の時にも書きましたが、木漏れ日がきれいな三日月型になるのをこの時初めて知ったんです。 あれから25年。 もうすっかりビキニの似合わないおばさんになっています。 こちら金環になる直前の太陽をうちわにピンホール開けて撮影。 一緒に写っているのは感心しながら見ていた大将の足。まだ寝間着です。 そして今回の金環日食。 会心の一枚という訳ではありません。ちょっとパソコンで加工してあります。 自分で写真撮るよりテレビ映像の方がよっぽどきれいで鮮明なんですが、まあ記念ということで。 皆さんはご覧になりましたか? 逃してしまった方のために、ここ数年で見られる日食をご紹介しておきます。 2012年11月14日ニュージーランド(皆既)、2013年5月10日ニューギニア島(金環)、2013年11月3日中央アフリカ(皆既)、2014年4月29日南極(金環)、2014年10月23日シベリア東部から北米(部分)、2015年3月20日北極(皆既)、2015年9月13日アフリカ南端と南極(部分)2016年3月9日インドネシア(皆既)、2016年9月1日マダガスカル島(金環)、2017年2月26日南アメリカ南部からアフリカ南部(金環) 次に日本で日食が見られるのは2016年3月9日、こちらはインドネシアで皆既日食ですが日本では部分日食。 金環食が見られるのは2030年6月1日北海道です。 まだ生きてれば見に行くかな?
プロの主催する競技会に派遣役員としてお手伝いに行ってきました。 JDSF関東甲信越ブロック選手にはそういったお務めがあるんですね。 地元のアマの大会に受付や駐車場係として何度かお手伝いに参加したことがあるのでその感覚でいたんですが、かなり違いました。 茨城DSCの代表としてプロ競技会のお手伝いに入るのは今回初めての経験。 お仕事は限定されていて、参加された選手の正確な組数を把握して昇級対象が何組かを計算して掲示したり、試合の申し込みハガキを販売したり、一番重要なのがノービス戦で即日昇級した選手の選手登録手続きをするお仕事です。 朝8時前に会場に行ってみるとすでに私達の席は設置されていて、それがとっても目立つ場所だったのでいろんな方が受付と勘違いされてやって来られるんです。 『これ、落とし物です。』 とか、 『本日担当のカメラマンですが。』 とか、 『トイレに忘れ物したらなくなったんですけど、どうしたらいいでしょう。』 などなど。 『ここで次の試合に申し込めるんですか?』 なんて言うのもありましたね。 JPBDA東部総局主催、茨城県支局ダンス競技大会。 今回派遣されたのは茨城DSCからマチャキ副会長と私達、計3名です。 会場は茨城県古河市生涯学習センター(とねミドリ館)でした。 昨日デモのあと、私達は明日早いからとそのまま失礼させて頂いたんですが、マチャキ副会長は他のメンバーと夜中12時まで打ち上げで盛り上がってたとのこと。 仕事自体はそれほど忙しくなく、修行のようにじっと座っているのがほとんどです。 3人ともラテン人ですので、ワルツが子守唄に聞こえるタイプ。お昼ご飯食べたあとが特に眠くならないか心配でした。 数字級が4級、3級、2級戦まで、アルファベット級がノービス級からD級、C級、B級まで、午前中ラテン、午後スタンダードの試合です。 選手として参加するときはあまり他の級の試合を見ることはなく、終わるとすぐ引き上げてしまってますので、こんなに全試合をラテン、スタンダードともに見たのは滅多にない経験でいろんな発見がありました。 ラテンの試合が終わるとジャッジの講評があったんですが、これもとても参考になりましたのでご紹介します。 審判の先生方がどのあたりに注目されているのかというのがよく分かりますよ。 まず数字級の選手は、足が床から離れている選手が多いとのこと。皆さんルンバウォークで練習されてると思いますが、試合になると周りが気になってついパタパタしてしまうんでしょうかね。 アルファベット級の選手に対してはもっと専門的な内容でした。 たとえばキューバンブレイクなど,前足のヒールが床に降りていなくてつま先だけで踊っているのでヒップが動かない。 膝も伸びていない人が多い。 さらにボタホゴなどサンバのワン・ア・ツーの『ア』というリズムがいい加減でワン・エンド・ツーのようになってしまっている。 パソは踊りの特徴であるシェープが出来てない人が多い。パソに限らず各種目の踊りにそれぞれの特徴が見えて来ない。 楽しそうに踊ってない。みんな苦しそうに見える。 先生のおっしゃっていたことは全部納得のいく内容でした。 これ以外に私が感じたのは、チャチャの基本4&リズムをきちんとステップしている人がとっても少ないということ。 スプリットキューバンブレイクなんて皆さんとっても張り切って手をピシッとリズムに合わせて振っておられるんですが,足のリズムが曖昧なんですね。 それに立ち方がバックバランスになっている方が多かった気がしました。 スタンダードの講評もありました。 ダンススポーツですが、ダンスというよりスポーツがメインになっている選手が多い。 ダンスというのは音に合わせて踊るものですとのこと。 特にアルファベット級の選手にお願いとおっしゃってましたが、もっと音楽を大切にして下さい、自分は音を外してない,それは人ごとだと思っておられる方が90%ですが,実はそうじゃない。 数字級の頃の必死に音楽に合わせてシャッセしようとしていたことを思い出して、初心に帰って下さいとのことでした。 みなさん難しいステップに夢中で動きが音より走っているそうです。 私はスタンダードの方は見る目がないのであれこれ言えた義理ではないんですが、確かに先生のおっしゃる通り、音楽表現に徹しているというより、みなさん自分のステップや周りの選手が気になっているように見えました。 アルファベット級には知り合いの選手も多く、声を出して応援したい気持ちは満々だったんですが立場上そう言う訳にも行かずじっとだまって目で応援。結構忍耐力必要です。 お手伝いの方は夕方5時くらいに終了し、長く感じた一日が終わりました。 お昼にはおいしいお弁当をごちそうになり、差し入れのお漬け物もおいしかったです。 大会事務局の先生方、役員の皆様、そして選手の方々、どうもありがとうございました。
今日は茨城県内のとあるパーティに行ってきました。 茨城DSCでいつもお世話になっているマチャキ副会長さんからの依頼で、一緒にラテン5種目を踊ることに。 他にスカイラインさんとしちりんさん、それに熱海の試合でご一緒だったイナベーさん(勝手に命名)がスタンダードを担当という段取りです。 私達ダンス競技歴15周年ですが、デモはいままでに1回しかやったことがないんです。 それも10年くらい前、ラテンC級だったとき。 親父ギャグ先生の教室に入ってすぐのパーティで勧められるまま5万円だったかお金払って踊ったんですよね。 そのときはそんなもんだろうと思ってましたが,それ以来一度もデモで踊ることはなく、教室のパーティで踊るのは無料参加出来る紅白戦だけ。 それで慣れてないもんですから一応デモ曲を5種目分選んだものの自分たちだけでもリハーサルしといたほうがいいかなと早起き。 いつも何もない週末は昼頃まで寝てるんですけどね。 10時から始まる練習場にでかけました。 車で30分くらいの所です。 ところがなんか駐車場に車がいっぱい。覗いてみると若い女性ばっかり、ジャザサイズやってました。 しかたないので更に車で30分ほどの所にあるもう一つの練習場へ。 ここは筑波山の麓でうぐいすが鳴いたりするとっても長閑な所。 新緑がまぶしいドライブはそれだけならとても素敵だったんですが、どうも最近営業時間が変わったようで扉に張り紙が。 『営業時間は12時から22時半までとなりました。』 むなしい1時間半のドライブで家に舞い戻り、早起きして干しておいた布団なんかを片付けて早めのお昼ご飯にしました。 夕方3時半に会場入りすると、すでにイスなどのセットアップは終わっていて音響テストの最中でした。 リハーサルをしてお弁当を頂いたりしながら待つこと数時間。 夜8時半にようやく出番がやってきます。 まずは5組揃ってご挨拶。 パーティ会場は市営の大きな総合体育館だったんですが、250名を越えるお客さんで賑わっていました。 トップバっターは私達のサンバ、曲の途中でマチャキ副会長が参入して選手交代です。 続いてスタンダード組の華麗なスローフォックストロット。ピンク、オレンジ、紫のドレスが広いフロアーを縦横無尽に舞ってとっても素敵でした。 次はチャチャチャ。 リハーサルの時に突然決まったシナリオで、男性同士、女性同士が別々のコーナーから出て、ナンパするみたいなドラマを演出しました。 スタンダード組のタンゴ、そしてラテン組のルンバが続きます。 スタンダードのラストはワルツでした。 5組全員A級選手ですから、まあ私達は地元の花形マチャキ副会長に花を添える形でしたがそれぞれが素晴らしいダンスを披露したと思います。 ラテン組のパソドブレに続いて、最後は私達だけでジャイブを踊りました。 マチャキ副会長、シンガポール遠征時の伝説のジャイブがトラウマになってるのかジャイブを踊りたがりません。 会場中の手拍子で楽しくトライヤルダンスを終えると、感謝の気持ちということで立派なトマトを一箱ずつ頂きました。 大会主催者さん自ら育てられた自慢のトマトだそうです。 デモが終わると普通お花とか頂きますけど、花よりトマトの方がずっと嬉しいですね。 夜9時、すべてのイベントが終了してお開きになりました。 とても楽しい一日でした。 │<< 前のページへ │一覧 │ 一番上に戻る │ |