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テーマ:たわごと(26763)
カテゴリ:ニュース・社会うんちく
火曜日の仕事帰り、コンビニエンスストアで例のごとく発泡酒とチキンを買った。 対応した店員さんは中国系の人のようで、こちらがチキンを注文した際にちょっと戸惑った様子だった。俺の言い方もマズかったかな?と思いながらも日本人だったら直ぐに理解できただろうな・・・とも思った。 その直後、衝撃がきた。 店員さん 「袋、お分けしましょうか?」 俺 「いや、一緒でいいです。」 その中国系の店員さんの言葉から伝わってきた客=自分への配慮に一種の感動を覚えた。 冷たい発泡酒と熱いチキンなんだから、お客さんの立場を考えたら袋は分けましょうかと聞くのが自然だと思う。 しかし、この自然なやりとりが普段は全然自然ではないのだ。ほとんどのコンビニでこう聞かれる。 「一緒にしてよろしいでしょうか?」 レジ袋の消費量を少なくしようという発想は賛成だ。地球環境にもよくないし、資源には限りがある。コスト削減もわかる。 しかしだ。冷たい発泡酒と熱いチキンとを「一緒にしてよろしいでしょうか?」と質問してくる店員さんの言葉は、客への配慮は後回しだという発想が透けてみえる。一方、「袋、お分けしましょうか?」と訊ねた店員さんの言葉からは、逆に客への配慮が伝わってくる。どっちにしろ判断を客にさせるのなら、「袋、お分けしましょうか?」のほうが接客としてまともだと思うのだが・・・ 自分の行なっている接客という行為に対し、この中国系の店員さんのほうが、ポイントを置くべところを考えながら仕事をしているように思う。 さて、一緒にする前から 「一緒にしてよろしかったでしょうか?」 などと訊ねるのは論理的にヘンだというのは先日書いたとおりだ。 ●N郎♪音汰。:店員さんのことば 「一緒にしてよろしかったでしょうか?」と論理的におかしな日本語を発する日本人と、「袋、お分けしましょうか?」と至極まともな日本語を話す外国人。このコントラストには笑いを通り越して考えざるおえない。 論理的な日本語すら口にすることが出来なくなってしまっている日本人が、さらにグローバル化が進むこれからの時代、どうやって生きていけるのだろうか。10年後、20年後、社会全体にツケは大きくのしかかってくるように思う。 この国の外交も同様。自分の頭で考えることを放棄して、間違っていようが何しようがひたすらアメリカに追従し、ドイツとは異なり、近現代史の禍根に対する近隣諸国からの非難を、シカトもしくは煽っている政治・社会のツケは10年後、20年後、大きくのしかかってくると思う。マジで。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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