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未来社会の企画 [全205件]
●関廣野さんの講演ではじめ「ダグラスの社会信用論」を知った次第であるが、その後「ベーシックインカム・実現を探る会」に掲載されている関さんの論説などを読ませてもらった。下記の本は単行本であり、原発、歴史、世界経済、国家などに関して独自の論を展開している。 フクシマ以後 エネルギー・通貨・主権 関曠野 1.ダグラスの社会信用論に関して ●ここでは、関曠野さんの「ダグラスの社会信用論」に関して疑問に感じていることを書いてみた。 ●関さん自身の考えも含めて次のような主旨になっていると思う。 (1) 個人へは国民配当というベーシックインカムが支給される。 (2) 国家信用局が企業に融資する。 (3) 融資された企業は国家信用局に返済しなければならない。 (4) 支給された国民配当(BI)は企業への法人税を通じて回収される。 ●上記の点に関して次の2つのことを疑問に思っている。 (1) 国が企業に融資するということが望ましい姿なのであろうか? (2) ベーシックインカムの回収方法には他の方式が考えられないのか? ●上記の点に関して、未来社会(エポカ)では次のように提案している。 (1) 国が企業に融資するということが望ましい姿なのであろうか? ●星の数ほど存在する企業に対する融資を国が取り仕切ることができるとは思えないし、取り仕切るべきではない。 ●この融資作業は、従来は全国津々浦々の銀行などによる直接融資や株式市場等を通じて行っていたものを代行しようということになるので、巨大な官僚機構が必要になるかもしれない。 ●こんなことをするのであれば、融資予算を投資配当という形で希望するすべての国民に配分し、投資を行ってもらう方が良い。この方が中央集権的な融資ではなく、民主的な融資が可能になる。もっとも、私が考える国家信用局の中央集権制は社会信用論で想定しているような姿ではないのかもしれないが…。 ●希望するすべての国民に配分された投資配当の大半は、実際には投資信託会社のような組織が個人に代わって運用することになるであろう。 (2) ベーシックインカムの回収方法には他の方式が考えられないのか? ●関さんは「減価貨幣は消費の強制になる」と考えておられるようだが、強制になるかどうかは減価率にも依存する。また、無条件のBIが支給されるような社会ではお金が減価していくことがあったとしても「減価しないうちに早く使ってしまおう」という動機は薄れていくように思える。 ●支給されるBIの回収方法としては法人税以外に、消費者から回収する消費税のような形もあると思う。私は減価貨幣を使用するのが一番良いと考えている。電子マネーの世界では消費税や付加価値税よりも通貨管理局によって一元的に管理される減価貨幣での回収が最もシンプルであると思うからである。減価率の調整によってインフレやデフレの制御がしやすくなるメリットもある。 ●この回収方法であれば、モノに対する貨幣の優位性をなくし、貨幣を交換手段としての機能に留め置くことができるようになる。 ●地球税(地価税、資源利用税、環境税)はBIの回収を目的としたものではないが支給したBIの回収手段としても利用できる。 ■参考:未来社会の経済システム 未来の経済システム(説明文) 未来からの伝言(三種類の配当) 2.議会制と政党政治に関して ●関さんの『フクシマ以後』には議会制と政党政治に関して次のようなことが書かれている。 そして政党政治の枠内でBIを実現する予算を編成せよと要求することは政治的ポーズに終わるのもでしかない。他方でありえないことだが、議会制国家の枠内で政府通貨が実現したと想定してみよう。その場合、政府通貨は選挙で勝った政党に無制限の経済的権力を与えることになり、これは危険極まりないことである。(p214) ●独裁政権であればそのようなことになるのであろうが、選挙によって政権交代が可能な状態が保たれているのであれば、政党の暴走を止めることは可能である。 議会制と政党政治は近代租税国家の一構成要素であり、税収に基づく会計としての国家財政を前提として成立している制度である。政党の主な課題は税の徴収とその配分をめぐって争うことである。ところが公益事業としての政府通貨の発行は、税収に制約された会計としての国家財政の観念と両立しない。(p238) ●となると政治の仕組みが変わらなければ政府通貨もBIの導入もあきらめなければならないということになるのだろうか? ●私は経済・社会制度などの下部構造が変われば、自ずから政治の仕組みなどの上部構造も変わらざるをえなくなると考えている。現在の貨幣制度のもとでは利潤追求型の経済、働かざる者食うべからずといった社会になるのは当然のことである。 ●しかし、政府通貨を用いれば丹羽春喜氏が言うような需要制御型の経済システムに転換していくであろうし、その財源を用いてBIが導入されれば政治家を含めて人々の価値観は歴史的大転換をすることになるであろう。 ●関さんの言う「現在の議会制と政党政治の関係」は現状という時間断面では首肯できるものであるが、財政や通貨の性格、BIの導入は「議会制と政党政治」そのものを変えることになるであろうから、現在の政党には任せておけないから「BIを実現する予算を編成せよ」と要求しても徒労に終わる…といったような論調には少々抵抗を感じる。 ●問題は社会制度としての民主主義の質にあるのではないかと思う。現代社会の民主主義は虚構であり、持たざる者には形式的自由はあっても実質的自由はない。企業組織などは完全な封建制である。 ●少々遠い未来の姿になるかもしれないが、私の考える未来社会は国境や組織に境界の無い姿を想定しており、選挙制度も根本的に異なっている。 ■参考:未来社会の政治と選挙制度 未来からの伝言(市長の選挙)
●昨年『文明崩壊』(ジャレド・ダイアモンド)と『地球の論点』(スチュアート・ブランド)を読んだが、この二人の著者に共通なのは、詳細な情報収集に基づいて実証的に分析していく語り口である。 ●彼等は二酸化炭素による地球温暖化への警鐘を訴えていること、原子力発電に対しては肯定的な考えの持ち主であることも共通している。 ●スチュアート・ブランドはかつての反原発論者から賛成論者に転身したこともあって、賛成するに至った論拠を具体的に論述している。このため彼らの主張は説得力を持っているようにみえるかもしれない。
●1月3日の朝日新聞にジャレド・ダイアモンドへのインタビュー記事が載っていたので、簡単に紹介する。 「放射能の危険性と同時に、化石燃料の危険性も考えるべきです。二酸化炭素による地球温暖化はすでに、大きな被害をもたらすサイクロンなどの熱帯性低気圧を増やしています。放射性廃棄物は地下深くに封じ込められますが、放出された二酸化炭素は200年間は大気中にとどまるのです」 「いま一度、『現実的になろう』と言わせてください。原発事故や地震で、文明が続く可能性がそこなわれることはありませんが、二酸化炭素は現代文明の行く末を左右しかねない問題なのです」 ●ジャレド・ダイアモンドは、巨石像のイースター島やマヤ文明、ノルウェー領グリーンランドなどの社会の崩壊はいずれも環境破壊が原因であると分析している。 「亜熱帯雨林に覆われていたイースター島では燃料や巨石像を運ぶ資材にするため、すべて切り倒されたのです」 「古代マヤ文明の人々は、増えた人口を支える燃料や建材を得るため、丘の森林を切り倒しました」 ●これらの文明が終焉するにいたったのは環境問題を解決できなかった社会システム・人々の考え方に原因があるとのことである。ところで、二酸化炭素による地球温暖化という環境破壊は、これらの環境破壊の比ではなく、全地球規模のものであるが、現代世界で人類が歩んでいる道はこれらの文明崩壊に至ったものと基本的には同じである。 ●おそらくイースター島、マヤ、グリーンランドの場合も、住民たちは年々破壊されていく自然環境のことを考えれば「このままいったら滅びるかもしれない」と感じていたに違いない。現代の地球温暖化問題も同じである。従って、滅びるのが分かっていながらそうせざるをえないように人間を駆り立てたものは何かということが最も問題の筈である。 ●人は社会的動物であり、基本的には自らが属する社会の仕組みの中でしか生きられない。社会の外から傍観者的に「社会の仕組みをかえれば生きながらえることができるのだが」という訳にはいかないもののようだ。 ●今日の大多数の人間にとって、環境破壊がもたらす結末が局所的か全地球的であるかに関心はあっても、当面のさしせまった問題ではない。一番の関心事は今日のパンである。今日のパンが充分確保できるのであれば明日の環境のことも考えても良い…といったところであろうか。 ●明日のことよりも今日を如何にして生きのびるかに集中せざるをえない資本主義経済システムでは、人は今月の給料、今月の売上、今年の企業利益、今年の国家財政がすべてであり、地球環境が日々破壊されていようが今日・明日どうのこうのというわけではない…ということになる。経済成長は資本主義の至上命令であり、かくして破局に向かって加速度的に歩みを早めることになる。分かっていても、止められないし、止まらない。 ●1980年に国民投票を踏まえて原発の廃止を決定した北欧の福祉国家スウェーデンも原発存続に逆戻りした。日本の民主党は原発の廃止をめざすと言っているようだが、その舌のねも乾かぬうちに原発の輸出は積極的に行うという。国内で害が出るものでも国外ならば構わないらしい。政策の無矛盾性に対する頓着などまるでない。喉元すぎれば暑さ遠のくで、原発廃止を打ち出したドイツなどもいずれは原発存続に回帰するに違いない。 ●少々危険な代物かもしれないが、地球温暖化で人類全体の生存が脅かされることに比べたら原子力発電所の事故などは局所的で、被害の程度もしれたものだ、少々騒ぎすぎではないのか…ということになるのであろう。既存のシステムの枠内で真面目に考えるとジャレド・ダイアモンドやスチュアート・ブランドのような結論になるのが落ちである。 ●ジャレド・ダイアモンドは「最善のシナリオは持続可能な道です。先進国の人々が資源やエネルギーの消費を落とす一方で、途上国の人々は消費水準を上げ、両方をバランスさせることです…」と言うが、世界中で何百万回「持続可能な社会を!」という掛け声が連発されても、その具体的な解決にむけての動きが一向に見られないのは、原因を不問にして結果だけを問題にしているからである。経済先進国の大量生産・大量消費は経済システムの結果なのであって、結果だけを正せといっても意味のないことである。 ●資本主義経済システムを前提とする限り、システムの命ずるままに成長にみあった電力を確保せざるをえない。二酸化炭素の排出を抑えようとするのであれば化石燃料に替る十分な代替エネルギー源を確保するしかない。太陽光や風力などの自然エネルギーはコストアップになる上に心もとないので、原子力発電に頼る以外に有力な手立てが無いということになる。 ●従って、「二酸化炭素の排出を削減し原子力にも頼らない世界をつくる」には、現在の資本主義経済システム以外のシステムを考える以外の方策はない。そうでなければ、人間は奴隷のように命令に従っているだけであるにも拘わらず、自分の意志で動いていると思っているその活動動機を変えることはできない。 ●環境問題に限らず、貧困問題、金融不安、国家の財政破綻、社会福祉財源不足…顕在化するすべての問題の原因になっていて、奈落の底に向かって文明を、人々を駆り立てるのは銀行が発行する利子貨幣をベースとした経済システムである。人間から自由意志を奪っているのはこのマネーシステムである。
1.ユーロ誕生の条件 ●統一通貨とすることによって各国は通貨発行権を失う。 ●各国の税率などについても格差がないようにする必要がある。EU域内では関税も無くなっている。 ●国の自由になるのは財政政策のみとなるが、上記の条件の下での自由であって、実質的にはかなり制限されたものにならざるをえない。財源調達を国債に依存する場合には金融不安を招かないように財政規律の遵守を求められる。 2.ユーロが発足時から抱えている問題 ●関税を撤廃したり通貨を統一したりするのであれば、域内では弱肉強食の競争状態になる。強い国や強い企業はより強くなり、弱い国や弱い企業は衰退するのは必定である。 ●大きくなった市場で蓄えられた競争力はユーロ圏外に対しては効果を発揮するかもしれないが、関税や為替レートによって防護されてきた域内の国の産業は強い域内の他国や産業に対して無防備になる。域内では勝ち組と負け組みにはっきりと分かれるようになる。結果として国ではドイツの一人勝ちになった。 ●ここに一つの通貨圏ではあっても一つの国でないことに大きな矛盾が生じる。 3.ユーロの悲劇 ●最近のニュースによると、ユーロ各国の国債は優等国のドイツ国債でさえも売れ残るような事態になったということである。国債が市中消化されなければ、税金の他に財源の調達手段がなくなる(とだれしもが考えている)ので、税率のアップや社会保障費の削減によって経済は不活性になり、ユーロは全体として貧困が増す暗い社会になっていかざるをえない。 ●日本をユーロと見なし、都道府県をユーロ域内の国に置き換えてみよう。国であれば、豊かな経済地域(東京都)から貧しい地域(貧しい県)への交付金という形での財源移転も国民はある程度納得しうる。貧しくなった県には国から様々な支援の手が差し伸べられる。震災被害地などは全力で復興されることになる。 ●しかし、ユーロの場合には国が異なるためこのようなことはしない(できない)。ドイツ国民は無条件にギリシャなどへ支援することには強硬に反対することになる。所得移転や財政的支援など国内では許されることが、国家間になれば富んだ国の国民の猛反発を受けること必定である。 ●従って、通貨を統一するならばユーロ域内の国も統合し単一の国家(一朝一夕にできるわけがないが)にする必要がある。通貨を統一しておいて、財源調達は国債で国別に行えというのはそもそも無理がある。通貨を統一するならばユーロ共通債で調達した財源を各国に支給するというのがあるべき姿である。ところがユーロ共通債の導入についてはドイツが強硬に反対しているようである。 ●国の通貨がある場合、国内の産業競争力が弱くなれば貿易赤字になり、その結果として為替レートが変動し、弱くなった通貨によって輸出競争力が回復する。固定為替レートでは調整弁がなくなり、勝ち続けるか負け続けるかだけになる。 ●ドイツのメルケル首相やフランスのサルコジ大統領はユーロ共通債導入の前提として財政規律守れない国には制裁を課すと言っているようだがとんでもないことである。制裁の中身は定かではないが、経済力の無い国は関税と為替レートという国内産業の防御手段が無くなった上に、逼迫した時には追い討ち的な制裁まで課されるということになる。これは既に仲間の関係ではなく、支配者と被支配者の関係である。 ●財政規律を金科玉条のように振り回す人は、経済成長が無ければ税収は決して増えないことを知るべきである。経済成長が無いのにも拘わらず税収を増やそうとすれば増税するかしかない。増税すれば経済は減速し更に税収も減る負のスパイラルに陥る。同様に歳出削減は民需の落ち込みに輪を掛けて総需要を減少させることになるので、景気をどん底に落とし込むことになる。景気が一層悪くなり、所得はますます低くなり、失業率が高くなるにも拘わらず社会保障費が削減されるという事態になる。国民の不安・不満は頂点に達すること必定である。財政規律の名の下に貧乏な国民から身ぐるみ剥ぎ取る苛斂誅求でなくてなんであろうか。 ●国内の民間需要が落ち込んだ時に景気を回復させるには、国外の需要(輸出)を当てにするか政府の財政出動を期待するしかない。景気の悪い時は税収が不足しているかもしれないが、だからといって歳出削減をしていたのでは、景気は落ち込むばかりである。こんな時には国債を追加発行してでも需要を喚起する必要がある。 ●ところで、ギリシャ、イタリア、スペイン、ポルトガルなどのPIIGSは本当に豊満財政が原因で財政破綻や財政危機に陥ったのであろうか? これまで述べてきたように、統一通貨ユーロを導入したことに大きな原因があるといわざるを得ない ●国内の社会保障は国として国民の基本的人権に関わる重要事項である。財源が不足する場合には、今のところ国債に頼らざるを得ない。この国債もユーロ以前であれば自国通貨建てで済んだものが、自国通貨が発行できなってしまったためにユーロ建てになる。これは外債と同じことである。輸出によって稼ぐしか国債の償還ができないことになる。ところが前述のような状態で、輸出競争力の回復手段も失われてしまっている。 ●財政規律の遵守をせまり制裁を課された国は袋小路に追い込まれ、国民の生活破産を招く。このような事態になるのであれば国はユーロから脱退し、借金を踏み倒し、自国の通貨発行権を取り戻す道を選ぶことになるであろう。ギリシャに引き続きPIIGS諸国がこれに習い、ものの見事にユーロは崩壊するに違いない。 ●ユーロ共通債が連邦国家に向かう糸口になる可能性を全否定はできないが、可能性は極めて低い。各国が主権を失うことに関してはナショナリズムを放棄することになるので、並大抵の抵抗ではすまないだろう。 4.日本における財政規律の問題 ●ギリシャや日本に限らず多くの国が財源不足を国債の発行によって賄っているが、財政規律と社会保障費との間で政策の押し問答を繰り返している。 ●日本のように生産余力が充分にあるにも拘わらず、デフレを未だに脱却できないでいる国もある。1000兆円もの国債発行残高を抱えて問題だと言われている。実は「問題だと言われていることが問題」なのである。本当のところは何も問題などないからである。日本の場合はギリシャなどとは全く問題が異なり国債のほぼ全額が国内で消化されている。 ●「問題だと言われていることが問題」であるというのは、そのことによって財政規律なるものを持ち出し、社会保障費などを削減しようとし、デフレ脱却のための財政出動を拒んで景気回復を遅らせているからである。1000兆円の国債という借金は、いざとなれば政府が通貨発行権を出動し、1兆円金貨を1000枚も作ればいっぺんに帳消しできてしまうような代物なのである。因みに現在でも政府通貨としてコインは発行されている。…であるからして放っておいてもどうということのないものである。子孫に回るツケなどビタ一文ありえない。 5.すべての原因は銀行の信用創造通貨にある ●現在の世界経済および各国の財政問題の多くは、利潤追求動機で発行される銀行の信用創造通貨に基づく金融・財政システムに原因がある。 ●「税金で財源を賄うべきである」ということを見直す必要がある。同時に「やむをえない場合に国債というような形式で不足財源を調達する」ということも見直す必要がある。日本では税収と同程度の財源を国債に依存しているのであるからして、既に国債は不足財源を補うための便法以上のものになっている。逆に、今後ますます「主たる財源調達手段は国債による調達資金で、その支出の回収手段が税金」ということにならざるをえない。 ●さらに言えば、国債なとどいう回り道など本来必要はなく、政府貨幣(公共通貨)を発行した方が単純明快になる。政府貨幣という言葉を持ち出したとたんに「ハイパーインフレを招くような事態になる」とバカの一つ覚えのように反対する人達がいる。確かに、敗戦直後のような生産力を喪失した状態で大量の貨幣が発行されればハイパーインフレにもなるであろうが、現在は生産余力が十二分にあって長らくデフレに苦しんでいる状態にある。インフレは通貨発行量に比べてモノ不足の時に起きる現象であって今は状況が全く異なる。インフレを心配する前にデフレを心配するのが筋である。このような単純なことが理解できない「自分の頭で考えない先入観に洗脳された頭の持ち主」(特に経済学者といわれる連中)が実に多い。 ●市中銀行で信用創造されたお金に利子をプラスして払う借金という形式の国債でなければならない理由などない筈である。市中銀行の利潤追求動機に基づく信用創造マネーは、景気の良いときに必要以上の通貨供給を行い、景気の悪い時に出し渋る。まったくもって国民の期待と裏腹のことを行っているのである。ところが政府貨幣(公共通貨)は、政府が民意を反映するものである限り(戦時下の独裁政権のようなものでなく)国民の幸福を目的に通貨の供給量を調節できる利点がある。国家の財政を銀行支配の下から解き放つには通貨発行権を銀行から奪い返す必要がある。 ●参考までに下記の本を一読されることをお勧めします。 『新しい貨幣の創造| 市民のための金融改革』 ジョセフ・フーバー/ジェイムズ・ロバートソン[著] 石見尚/高安健一[訳] ●銀行の信用創造機能を無くし、政府が通貨発行権を取り戻せば、環境、社会的公正、経済成長の3つを同時に達成できると説いている。
●ギリシャ、アイルランド、ポルトガル、スペインなどの財政危機に起因する金融不安、デフレ化という「日本病」が進行するアメリカ経済、不動産バブルがはじけそうな中国経済などと対比し、日本経済のもつ健全性と可能性について明快に解説している。 ●日・米などの自国通貨建て国債のデフォルトは考えられない。成長なき増税で財政はかえって悪化する。デフレのときこそ財政出動が必要である…とする点に関してはそのとおりであると思う。 ●但し、子供手当てや定額給付金、高校無償化などの所得移転系の政策は「非・有効需要」である。速やかに縮小した方がいい……という著者の「有効需要」になるかどうかといった点からのみ政策の是非を論ずる点に関しては承服しかねる。北欧の諸国であればこのような政策が無いのがおかしいくらいである。
●POSSEのベーシックインカム特集号 ![]() POSSE vol.8 マジでベーシックインカム!? ●ベーシックインカムについての様々な問題点を知る上で、非常に参考になる本である。右から左、賛成派、懐疑派、批判派まで、様々な立場から論評されているのでとても参考になる。
●2005年に『未来からの伝言』を出版したときには、減価貨幣、政府貨幣、ベーシックインカムなどのことを知りませんでした。 ●知らないにも拘わらず「3種類の配当」にはこれらと類似する内容が盛り込まれていたことになります。このため、新しい知見及び考察に基づき、「3種類の配当」(未来の経済システムの解説)を修正・追加しましたので、一読をお勧めします。 『未来からの伝言』…3種類の配当…の追加・修正
●基本所得の財源に関しては、次のように述べている。 ……基本所得は、おそらく、少なくとも当初は、基本レヴェルをこえる所得への累進課税と、100パーセントよりは低いVAT税率の組合せを財源とするだろう。実際の目的にとっては、これがいちばん賢明な基盤だと思われ、それにもとづいて、GBI導入の次元への、おそらくは10年くらいの過渡的期間への準備が、いまなされるべきである。 と述べたあとで、更に次のような財源にかんする提案をおこなっている。 ……基本所得を払うに必要な資金には、ほかに可能性のある2つの新しい財源があり、やがては個人所得税とVATの一部を代替するものとして導入されるだろう。第一は、新しい購買力がつくりだされる方法に関連がある。第二には土地にかける税金である。 …として、政府貨幣と地価税の導入の話に進む。 ……なぜ、選別されたカテゴリーの人びと(と組織)すなわちカネを借りたいひとで信用に値する銀行顧客へのローンのかたちで、銀行が決める基準にしたがってマネー・サプライの増大分がチャンネルされねばならないのか。……あらゆる点からみて、もしマネー・サプライの増大が政府によって直接つくりだされ、基本所得の一部として、まず第一にあらゆる市民に平等に分配するかたちで経済に注入されるのが望ましいと考えられるとすれば、そのほうがベターなのではないだろうか。 …ということで、市中銀行の信用創造による借金としてのマネー・サプライのあり方に疑問を呈し、政府が直接政府貨幣(発行益)によって、マネーを市民に配分する方がベターであるとしている。 ●ここで、同国人でもあり、歴史に埋もれた経済学者ともいえるクリフォード・ヒュー・ダグラスと、第一次大戦後の<ソーシャル・クレジット>運動によって提示された理念について紹介されている。ダグラスは、消費ギャップを埋める為の公共通貨、国民配当、正当価格など提案からなる社会信用論とA+B理論を提唱した人物である。ダグラスの説に関しては、関曠野さんがベーシックインカム・実現を探る会で詳しく紹介している 個人所得についての私たちの結論として、GBIの導入は、第一級の重要性をもつ歴史の道標になるだろう。……それが、数百年前、一般の人びとが土地と自分自身の生計を調達する手段へのアクセスを剥奪され、したがって有給労働に依存するようになった、そのときにはじまったプロセスを逆転するスタートになるだろう。 ●ロバートソンのこのくだり(政府貨幣をベースとした基本配当と同義)は、私の未来社会(新時代=エポカ)への突破口になるとの認識で一致している。 ●新しい財源のもうひとつ土地課税(地価税)は、私自身は地球税(環境・資源利用料)の一部と考えている。これについてロバートソンは、ヘンリー・ジョージの『進歩と貧困』の説を取上げている。下記の文章は引用文である。 生産および高官から土地の価値もしくは賃料への課税負担のシフトは、富の生産に新しい刺激をあたえるだけではない。それが新しい機会をひらくにちがいない。というのは、このシステムのもとでは、使用するのでなければ誰も土地を持とうとは思わないだろうし、いま使用を手控えられている土地がいたるところで、利用されるようになるだろうから。……土地の売価は下がるだろう。土地投機が致命的な打撃をうけるだろう。土地の独占化が、もはやひきあわなくなるだろう。 土地課税を支持するジョージのもっとも重要な主張が、今日、私たちに有効である。それが土地価格の下落をひきおこすだろう。それが、土地を使うためにほしいひとに、もっとも土地に近づきやすくするするだろう。それが、資本価値が騰貴する望みをいだいて使わずに保有するのとは反対の、土地使用をうながすだろう。それがまた、その周囲のコミュニティ活動おこる未利用地の価格上昇が、そのためにないもしない所有者の利益ではなく、確実にコミュニティの利益になるようにするだろう。 ●最後のほうで、経済学、社会科学、経営学の改革を再度唱えている。 経営学をふくめて経済学やそのほかの社会科学が、今日、仕事は雇用を意味するという想定にもとづいてる。雇用から<自身の仕事>へのシフトにともない、この想定は、捨てられねばならないだろう。……私たちは、これがマクロ経済学の概念に重要な変化を含意することをみた。もはや有給の仕事はすべて価値があり、無給の仕事はすべて価値がないという想定にもとづくのではない、経済的な達成と社会的な幸福の新しい指標が開発されねばならないだろう。これは「新経済学」の重要な様相として、早急に着手される必要がある。同時に、私たちは、経済学が雇用の時代と、さらに一般的には産業時代と表裏一体だったことを念頭におく必要がある。私たちは、経済学が、少なくともその現在のかたちでは、脱雇用、脱産業時代への移行に生き残らないかもしれない可能性を認識すべきである。 ●ロバートソン1985年の『未来の仕事』にはかれの思想の全貌が既に網羅されており、1998年年の『21世紀の経済システム展望』では市民所得(BI)・地域貨幣・資源・金融システムの総合構想が展開され、2000年には経済システムの核心をなす『新しい貨幣の創造』が共著として出版された。 ●翻って、日本でのベーシック・インカムの運動は彼のような体系的な思想のよるものでは決してない。社会保障制度の破綻を危惧した各方面からの危機感によるものと思われる。おそらく、日本のベーシック・インカム推進運動はいずれ財源調達のあり方をめぐって、枝分かれしていくような気がしてならない。というよりも、現行の金融・財政・通貨システムの分厚い壁の前で立ち往生する可能性もある。 ●ベーシック・インカム推進論者で、ロバートソンのように通貨改革を唱えているのはC・H・ダグラスの説の紹介している関曠野さんくらいかもしれない。 ●逆に通貨改革までいかないが、熱心な政府通貨発行論者はいる。しかし、ベーシック・インカムにはあまり関心がないように見える。政府貨幣発行論者の丹羽春喜教授、日本経済復活の会の小野盛司さん、国債発行論者の廣宮孝信さんと三橋貴明さん達は長らくデフレ経済下にある日本の経済を復活させることを目的としているので、経済成長路線の延長線にあるといえる。 ●このうち、小野盛司さんは「労働はロボットに人間は貴族に」といった未来社会の到来を予言しているが、ロバートソンの分類でのHE未来の延長線上にある未来の姿なのかもしれない。 ●私は彼らの言うことはもっともな点が多いと考えているが、思想的にはベーシック・インカム推進論者側にあって、政府貨幣発行論者とは一線を画しているつもりでいる。ピッタリ嵌っているのがロバートソンであると思っている。 ●私の考える「未来の経済システム」では、当初からこの2つ(ベーシック・インカムと通貨改革)が一体となっていたので、ロバートソンの著作に出会って、世界は広いもので自分と同じような考えを持つ先人がいるものだと感心した次第である。科学技術に関心が傾きがちな未来学者とは異なり、ロバートソンは人間社会の核心部分についての将来を見通した優れた未来学者であるといえよう。
●今話題の原子力に関連して、エネルギーに関しては、次のようなことが書かれている。 産業時代は、化石燃料の時代である。…… 脱産業社会のHEヴィジョンは、原子力が、既存の、更新不可能なエネルギー源を着実に代行すると想定する。このような社会は、したがって、中央集権化するだろう。…… <自身の仕事>が規範であるSHEヴィジョンにそって私たちが瞼に描く方向の転換は、しかしながらエネルギーの調達と使用そのほかすべてにおいて、もっと”脱”中央集権的で、自己依存的な社会をめざす方向である。エネルギーの効果的な使用と保存が、その消費を、したがってその必要を減らすだろう。太陽熱や風力といった、更新可能なエネルギー源の開発が、原子力開発を必要ないものにするだろう。 ●従来の経済学の問題点として次のようなことを述べている。 従来型の経済思想は正気ではない、人道的ではない、エコロジカルではないとする表明が、ますます大きな関心になっている。それは、人間の必要をみたす多くの有用な仕事、ことに非公式の仕事を無視している。それは、社会正義の価値を無視している。そしてそれは、地球とその資源を保存する価値を無視している。 新古典主義のエコノミストたちは、前述のように、実質価値と自然価格の探求を捨てた。その代わり彼等は、市場価格の研究に集中した。……これが自動的に彼等の関心領域を、公式経済(そこでは価格が作用する)と、有給の仕事と、貨幣にささえられた「需要」にかぎることになったのだ。それが、労働付加のない自然資源を保存する必要可能性の問題ばかりでなく、モノとサーヴィス--効用、使用価値、満足感--を直接に自分自身とおたがいに供給する、非公式経済の無給の仕事についての問題をも、経済学から除外してしまったのだ。 貨幣システムの改革と経済思想の概念的基礎の変化が、したがって、私たちが新しい未来の仕事に従事しようとし、それを評価する新しい方法を展開しようとするにつれ必要になるであろう、2タイプの変化である。 マネーが、後期産業社会で、中世後期に宗教が演じた中心的役割を演じている。当時、地方の教会は、ほとんどの村でもっとも目立つ建物だった。今日、いたるところの大通りで一等地が、銀行、住宅信用組合そのほかの金融関係の支店に占領されている。 ●SHE未来観について、もう少し具体的な記述を紹介する。 SHE見解は、雇用から自身の仕事へのシフトが重要なトレンドになる未来だが……雇用と失業、仕事と余暇のはっきりした選択区別が、しだいに、フルタイムの雇用ばかりでなく、パートタイム雇用、自己雇用、不定期や臨時の雇用、協同組合やコミュニティの仕事、ヴォランタリーな仕事、ドゥ・イット・ユアセルフ活動、生産的なレジャーをふくむ仕事と有益な活動の、弾力性ある広範な選択肢でおきかえられる、脱雇用社会を瞼に描いているのである。この自身の仕事へのシフトは、直接購入するか公費で支払われるかするモノとサーヴィスへの依存を減らすとともに、自助、相互扶助、世帯や地方単位の自給自足をめざすシフトをふくんでいる。HEヴィジョンとは対照的に、SHEヴィジョンは、こうして”無給”活動が”有給”活動を一部代替することを、したがって私たちの生活でのマネーの役割の一部衰退を予想する。それはまた、無給の仕事が今日より高く評価され、その結果、雇用と収入の現在の結びつきが、むしろいくらか弱まるだろうと予想する。 ●SHE未来観に基づく改革の方向性を次のように述べている。 この所得と仕事の結びつきの弱まりは、失業や社会保障手当て、そのほかの譲渡給付の今日の資格基準をひろげることによっても達成されるだろう。今日では、これらの給付は。仕事から充分な所得のない特殊な人びと--たとえば年金生活者、失業者--に所得を供しているが、この譲渡給付システムが、なにか仕事をしているとしても、その仕事に関係なく、すべての市民に無条件にGBIを支給するよう拡大されるだろう。 ……貨幣システムと金融システムは、社会でもっとも効果的な社会選択のメカニズムのひとつでありうるし、あるべきである。人びとにその資格に応じて公明正大に購買力を配分し、彼等にその選択に応じてそれをつかう自由をあたえる勘定システムであり、資金と投資をもっとも必要なところに配給する配分システムでありうるし、あるべきである。実際には、それがとんでもないことになっている。 結局のところ、HE未来への移行にともなう政治の隊列組替えは、疑いもなく、資本集約的な経済を意図し、計画し、管理し、運営する少数者と、彼等が供給するモノとサーヴィスへの依存者であり、余暇ある消費者たる大多数とのあいだにもちあがる、社会の分裂を反映しているにちがいない。新しいラインアップは、一方で二大生産要素--熟練した管理・技術労働者および資本--の利益を代表する政治家と、他方で消費者と福祉と環境の利益を代表する政治家のあいだにあるだろう。 真の問題は、過去40年以上にわたって発展した後期産業社会での、仕事と所得のリアリティの偽りの知覚である。おおかたのひとが基本所得を得るノーマルな方法は、職についてそれを稼ぐことであるはずだという時代遅れの知覚から、あらゆる市民に充分な基本所得を提供する義務を解放するときが来ている。いいかえれば、金持ちも貧乏人も、男も女も、老いも若きも、あらゆる市民が、国家から、毎週、自動的に基本所得をうけとる無条件の<保障基本所得>を導入する時期である。 (1) 最低生活水準にそなえるため、すべての市民は、各人の銀行口座または〒振替口座に、週間個人基本所得を払い込まれる。子供、年金生活者、身体障害者には、特別レートが適用される。この無条件の基本所得が、現行の手当て(=社会保険、保障による給付金)、補助金、課税控除のおおかたを代替する。これは課税対象外となろう。 (2) すべての市民は、その基本所得に上積みするため、有給の仕事に従事する自由をもつ。基本所得をこえる所得はすべて、課税対象となるだろう。 (3) 所得税収入、プラス現行の課税控除対象や補助金や手当ての廃止による節約分、およびそれらの管理コストの低減が、たぶん付加価値税(VAT)といった消費税のいくらかの増大と合算されて、基本所得の財源になるだろう。 ●…と述べ、ベーシック・インカムについての様々な賛成論と反対論についても詳述しているが、割愛する。現在、日本で行われているような種類の議論が、既に要領よく整理されている…とだけ述べておこう。
●今回は『未来の仕事』(ジェイムズ・ロバートソン著:小池和子翻訳)を紹介する。本の帯には次のような簡潔な紹介が載っている。 雇用から<自身の仕事へ>--雇用が主要な仕事の形態ではなくなる脱産業時代の仕事と暮らしを展望して、パラダイム・シフトを迫る予言と提言 有給・無給の自身の仕事、自己雇用、保障基本所得、SHE未来、コミュニティ・ビジネス、非公式経済、マネー機能の縮小、仕事と遊びの重複etc. ●この訳本は、小沢修司さんの『福祉社会と社会保障改革:ベーシック・インカム構想の新地平』が出版(2002年10月)される14年も前(1988年2月)に出版されていたのだが、この当時、日本の研究者達はベーシック・インカムには関心を示さなかったようだ。 ●NHKが1999年に放映した「エンデの遺言」及びNHK出版の『エンデの遺言:根源からお金を問うこと』(2000年2月に出版)が地域通貨・エコマネーブームを引き起こしたことと比べると全くと言ってよいほど無視されていたようだ。NHKというマスメディアの放映の影響と思うが、今はそのブームも去った。社会保障制度の行き詰まりの中で、むしろベーシック・インカムの方が話題になっている。 ●以下に翻訳されているジェイムズ・ロバートソンの著書(原著)を出版年次順に掲載しておく。「未来の仕事」以外は、既にこのブログで紹介済みである。 ■1985年 ![]() 未来の仕事 ジェイムズ・ロバートソン ■1998年 21世紀の経済システム展望 ジェイムズ・ロバートソン 市民所得(BI)・地域貨幣・資源・金融システムの総合構想 解説ブログ:経済の改革:千年紀の挑戦(1) ■2000年 新しい貨幣の創造 ジョセフ・フーバー/ジェイムズ・ロバートソン 市民のための金融改革 銀行の信用創造機能を無くし、政府が通貨発行権を取り戻せば、環境、社会的公正、経済成長の3つを同時に達成できる 解説ブログ:銀行通貨と政府通貨 ●『未来の仕事』の内容は書名のとおり未来の仕事や雇用に関する叙述が大部分を占めているが、このブログでは、所得や財源に重心を移して書くことにする。 ●未来社会の姿として「ありうべき3つの未来」があるとしている。 通常のビジネス <仕事> 完全雇用が回復できるし、雇用が仕事の支配的形態のままだろう。その他の活動(たとえば家事、家族の世話、ヴォランタリーな仕事)はひきつづき低いステイタスにあるだろう。若者のための教育と、成人のための仕事と、老人のための引退のあいだには、依然としてシャープな区別があるだろう。 <金銭所得> 有給の仕事がひきつづき、第一の収入源である。社会は、この基準にはずれる人びとに基本所得を支給しつづけるが、そうした人が「労働年齢」にあれば、やはり例外者の烙印を押すだろう。 HE(Hyper-Expansionist:過剰拡大主義の) <仕事> 完全雇用は回復されないだろう。必要な仕事はすべて、オートメイション、そのほかの資本集約的テクノロジー、スペシャリストのノウハウに支えられた、専門職とエクスパートという有能なエリートによっておこなわれるだろう。その他のひとは働かない。彼等は働く少数者によって供されるモノとサーヴィス--余暇、情報、教育サーヴィスを含む--を、ただ消費するだけである。社会が働くものと徒食者とに分かれるだろう。 <金銭所得> 有能な労働者エリートが、高い報酬をうけるだろう。このシナリオの提出者達は、まだその他の各人がどんなチャンスで収入をうけとるかを示していない。全生産の国有化後の配当からだろうか? それとも下僕みたいな職種からの賃金としてだろうか? SHE(Sane,Humane,Ecological:正気で、人道的で、エコロジカルな) <仕事> 完全雇用は回復されないだろう。有給雇用以外にも、多くの価値ある活動形態があるように、仕事が再定義されるだろう。有給と無給の仕事が、たとえば男と女のあいだで、もっと平等に分かち合われる。パートタイム雇用が普通になるだろう。人びとの境遇と好みに応じて、種々の働き方のパターンが可能になる。世帯と近隣が、職場、生産センターとして認知されるようになる。若者も老人も、価値ある仕事の役割をもつだろう。仕事と余暇が重なり合っているだろう。 <金銭所得> 社会がすべての人に権利として基本所得を支払い、ひとは自分の時間を有給と無給の活動にどう配分するかを選べるようになるだろう。それに上積みする所得を稼ぐので、このエクストラ所得を必要としない人びとは、それを税金として自動的に返却することになるだろう。 雇用は、産業社会と産業時代が仕事を組織した方法である。それ以外の社会や、歴史のそれ以外の時期においては、仕事がそういうしかたで組織されたことはない。 HE及びSHE未来観は、どちらもこうした想定(通常のビジネスが想定している)は時代遅れだと信じている。彼等はどちらも、これからの10年ないし15年に見込まれる高水準の失業が、完全雇用が過去のことになってしまうであろう新しい仕事秩序への、移行をマークするだろうと信じている。彼等はどちらも、そのときにはもはやおおかたのひとにとって、その金銭所得を、職からの賃金またはサラリーのかたちでうけとるのがノーマルでなくなっており、国家からの定期給付をふくめて別の方法で金銭所得をうけとるのが、正常な状態とみなされるようになるだろうと予見する。彼らはどちらも、これが無条件の生計所得ないし<保障基本所得>(GBI)の形式において、現行の個人給付システムの拡大と、その個人税システムの統合をみちびくににちがいないと信じている。すべての市民が、そのときには、国家から充分な非課税基本所得をうけとり、またもしそのひとがそうしたいと思うなら、これにプラスする課税所得を上積みする自由を認められているだろう。 ●ロバートソンは、当然、「通常のビジネス」の未来はありえないという見方であり、「HE未来観」については批判的である。
●自民党政権時代に崩壊した年金や医療などの社会保障システム、バブル経済の破綻以降延々と今日に至るまでのデフレ経済、こんな時期にこれでもかと言わんばかりの巨大地震・巨大津波・レベル7の原発事故…、この国はどうなってしまうのだろうと憂いている人が大勢いるに相違ない。 ●東日本大震災の復旧・復興のためには膨大な財政支出が必要であるが、財政規律は守らなければならないというジレンマがあるということになっているようだが、今回はこのことを検証してみる。 1.国債と税金との関係 ●財源は税収で調達しなければならず、赤字国債(特例公債)の発行による財源調達は止むを得ない事情がある場合に限るということになっているようだ。因みに平成22年度の政府予算案(歳入)では税収よりも国債の方が多くなっている。歳入92兆円のうち国債は44兆円、租税収入41兆円である。歳出は92兆円のうち国債費が22兆円(債務償還費12兆円、利払費10兆円)である。 ●このような状態は既に常態となっている。一般的な見方からすれば異常事態が常態となっている。 ●しかし、そうであるならば、頭を切替えて政府の主たる財源は国債で、税金は国債によって調達・支出したお金の回収手段であると考えてみてはどうだろうか? ●つまり、税金が先にあるのではなく、国債による支出(お金のばらまき)が先にあり、ばら撒いたお金を税金によって回収するという見方である。実は、これは単なる見方の問題ではない。将来的な高福祉社会、ロボットに大半の労働をまかせるような高失業社会では、ベーシックインカムの支給や社会保障制度の維持のためにそのようにならざるを得ない筈である。 2.国債と政府貨幣 ●国家は地方自治体や家計とは根本的に異なり、潜在的に通貨発行権を保有している。顕在的な形の政府通貨としてはコインや記念貨幣を発行している。しかし、実質的な通貨発行権は市中銀行にあり、このことを国民の99%は知っていない。経済の根幹に関わることを学校では教えていない。 ●どうして税収不足に陥った時に、通貨発行権があるにも関わらず、借金という形態の国債にしなければならないのか大いに疑問が生ずる。国債の元本の償還など全く必要のないものである。国債の利払いは銀行に対する補助金のようなものである。その銀行は無から生み出した(信用創造で)カネで大半の国債を購入している。政府が通貨発行権を市中銀行から取り戻せば、こんな必要はまったくなくなる。 ●現在、国家は途方もない国債という借金を背負っているという。債務残高は約1000兆円になり、国民一人当たりに換算すると何百万円にもなるという。子孫に借金を負わせるなといわれている。ところが国は誰から借金しているのかといえば国民や市中銀行である。カネの貸し手が何故に借金を背負う必要があるのか摩訶不思議である。この論理は国の借金返済は税金によるものとしていることによる。これは全くの偽りである。政府の借金は政府のものであって国民のものでは決してない。 ●政府が通貨発行権を使用し、例えば1兆円金貨を1000枚もつくれば、たちどころに1000兆円の債務は相殺されてしまう。債務と資産はバランスし財政規律は完璧に達成される。増税などの苛斂誅求は全く必要がないし、子孫にツケが回ることもない。 3.政府貨幣は禁じ手ではない ●ところが、政府貨幣と言うや否や戦前の戦費調達や戦後のインフレの話を持ち出し、決まって「一旦、政府貨幣に手を染めると歯止めがきかなくなる」といったお定まりの反対論がでてくる。 ●生産余力が十分にありかつ慢性的デフレ状態で苦しんでいる現下においてインフレを懸念するとはどういうことなのだろうか。また戦前のような情報統制社会ではなく、国民がいつでも選挙によって政権政党や政府を代えられる現代とは根本的に異なっている。預金の実質価値が下落するインフレを招くような政府は直ちに政権交代を迫られることになるのである。 4.財政規律の意味 ●戦後久しい大変な国難に遭遇しているにも関わらず、財政規律を守らなければならないという記事がニュース、新聞、WEBに書き立てられている。 ●財政規律を守っていた国でさえも、財政破綻した国は少なからずある。財再破綻の条件は財源に占める国債費の割合ではなく、外国からの借金の量であって、これがなんからの経済変動の影響によって返済不能になることである。 ●アメリカの大手格付け会社が日本の国際の格付けを引き下げてきているが、事実誤認も甚だしい。日本の国際の利回りは極端に低いにも拘らず買い手に事欠かない。つまり、リスク=ゼロと見なされているに等しいのである。IMFは今回の震災を期に日本が更に深刻な財政危機になることを心配しているようだが、これもお門違いである。大手格付け会社よりもIMFよりも剣呑性の市場の方が日本の国債(つまり日本の財政規律には不安がない)は安全であると評価しているのである。 ●財政規律は税収と歳出とのバランスではなく、政府が供給する貨幣とインフレやデフレにさせないための税収とのバランスであるはずだ。そして、政府が供給してもよい貨幣の上限は日本の生産力(経済力)に依存しているということである。大震災によってもなお日本国内には十分な生産余力(地震の影響で一時的にダウンすることがあっても短期間で回復する)がある。加えて、需要があれば供給力も増すことになる。仮にインフレ懸念が出てくるようであれば通貨の引き上げ(吸収)方法はいくらでもある。 5.大震災と国債 ●とはいっても、凡庸な白川日銀総裁や政治家には政府貨幣などという魔物を出現させることは期待できそうもない。始末が悪いことに救世主が悪魔に見えているである。 ●消費税であれなんであれ増税に対する抵抗を免れるには、当面国債に頼るしかないといったところであろうか。これはこれで良いことなのだが、政府や経済学者は斬鬼の念に耐えないといった体である。 ●国民新党の亀井静香代表は「強盗してでも金を作って来るのが政府の役割だ」と語っている。日銀の直接引受けによる国債の大増発を意図しているのはあきらかである。物騒な語り口であるが、意図しているのは至極当然の話である。 ●大震災からの復興のためには、あれほど危惧していた財政規律を棚上げにし国債を大増発する以外にない。大震災というのっぴきならない事態でもなければ政治家や経済学者は財政規律の呪縛から逃れられないからである。 ●国債の大増発の後には大増税が必要だというわけでもない、日銀の直接引受けは実質的に政府貨幣の発行と同じことになる。国民に税負担を強いる必要などない。税金は財源ではなくインフレ抑制策(政府貨幣回収策)のうちの一つに過ぎないと考える方が良いのではないかと思う。 ●出口の見えないデフレ克服、未曾有の大震災・津波・原発事故の被災から復興するには、意味の全く無い財政規律の呪縛から自らを解き放ち、惜しげもなくカネを使わなければならない。 6.未来社会の財源 ●私の考える未来社会の財源は政府貨幣、地球資源・環境の利用料、無相続制度による遺産の売却料からなる。税金の無い社会といえるものである。ここでは所得税も消費税も不要になる。インフレ防止のための貨幣回収手段としては減価貨幣を使用すればよい。 『未来社会の経済システム』 ■参考文献 『さらば、デフレ不況』廣宮孝信 『国債を刷れ!』廣宮孝信 『日本経済繁栄の法則』丹羽春喜 『お金がなければ刷りなさい』小野盛司 『政府貨幣発行で日本経済が蘇る』小野盛司 『政府貨幣特権を発動せよ』丹羽春喜 |一覧| |
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