キリスト教神学の根本にある「三位一体」。「父と子と聖霊と」というあれです。本来唯一神のみを崇拝するはずのキリスト教が、キリストを神の子として教祖とし、その母マリア他多くの聖人をも崇拝する根拠となっているのが、まさにこの三位一体という考え方です。
この三位一体という思考モデルによって、人間社会で起こっているさまざまな事象を理解できる、というのが、中沢新一著『三位一体モデル』です。拙僧は本屋の店頭でもともと興味をもって調べていたこのタイトルに惹かれて買い読んだのでした。
拙僧が以前に調べたところでは、三位一体は実はキリスト教の専売特許ではなく、仏教においても釈迦三尊像や阿弥陀三尊像、また大日如来を法身仏(父)、阿弥陀如来などを報身仏(聖霊)、釈迦如来を応身仏(子)の三身仏を一体とみる考え方があります。同様にゾロアスター教のアフラ・マズダー神、ミスラ神、アナーヒーター神や、バラモン教のブラフマー神、ヴィシュヌ神、シヴァ神、そして彼らの源流であるインド・アーリア民族が崇拝していた原始宗教における「霊的な力」、「支配する権力」、「地上の豊饒力」を象徴する神も三位一体で人間と自然を安定化させるという思想があったということが分かっています。
キリスト教では、父なる神という永遠に変わらない唯一存在に対し、常に変わり増殖していく精霊、そしてこの間にあって神の子イエス、実はこの三者は一体であり、神は常にこの三位一体の顔をもってあらわれるという考え方です。本書では、永遠普遍であるはずの神という概念に、常に変化し増殖する精霊の原理を組み込んだことにより、キリスト教は一神教でありながら進化発展する資本主義を実現することができたというのです。そして、この三位一体が現代社会のあらゆる問題を読み解く鍵になるという主旨でした。しかし本書は、連続講義の第1回目、90分の講演録をそのまま本にしたものであり、分かりやすい代わりに深みが足りず物足りなさを感じましたが、その元になっているのが、『対象性人類学』であるということで、そちらも読み始めたのでした。
『対象性人類学』は、南北問題、勝ち組負け組、差別と被差別など、圧倒的な非対称が支配する世界の根源にある、抑圧された「対称性の論理」、無意識の世界を解き明かすことにより、現代の問題解決の道を示そうという出発点に立とうとするものです。無意識はフロイトが精神病理的な研究をとおして発見したものですが、それは異常なものではなく、レヴィ・ストロースは無意識から生まれた神話のことを「人類最古の哲学」と呼んだそうです。その神話も実は人間がコンピュータを作動させた二項操作、二項論理とまったく同じ思考過程によっているという研究成果をもとに、そうした神話的思考に潜んでいる「対称性の論理」が現れているとしています。それは、普通我々が思考する西洋流の哲学や科学における論理のルールとは異なっており、近代以降の哲学や科学ではこうした「対称性の論理」が排除されてきたというものです。
一神教の登場も「対称性の論理」を「非対称性の論理」が抑圧する過程で生まれてきました。但し、唯一キリスト教は一神教でありながら、アリストテレス的な非対称の論理に、増殖する精霊という対称性の論理を包含したバイロジックとしてつくられたという特異な存在であり、イスラムやその出身母体であるユダヤ教とも対立する原因となっています。
非対称の論理に支配されているのが、現実社会の諸々の事象とすれば、対称の論理によっているのが、夢や神話的世界、多神教的宗教世界、芸術的な世界です。経済的事象で言えば、非対称は交換=貨幣、対称は贈与によっており、支配構造で言えば前者は近代以降の国民国家、後者は自然が支配するシャーマン的な部族国家となります。
本書『対称性人類学』では、対称、非対称論理の対比をベースとして、夢と神話と分裂症、はじめに無意識ありき、<一>の魔力、隠された知恵の系譜、完成された無意識~仏教(1)、原初的抑圧の彼方へ~仏教(2)、ホモサピエンスの幸福、よみがえる普遍経済学、形而上学革命への道案内と、議論を進めていきます。宗教や社会、人間の心理を理解する上で非常に有意義な示唆をいただいた本でした。お奨めですよ。
合掌 観学院称徳
中沢新一著 講談社選書メチエ刊
『三位一体モデル』 中沢新一著 ほぼ日ブックス
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/490251608X.html