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神仏を忘れた心の闇〜幼児殺人事件… (健康・ダイエット)楽天ブログ 【ケータイで見る】 【ログイン】
そうだ坊主になろう!〜ヒロ伊藤流仏弟子修行
ヒロ伊藤・観学院称徳の日記

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2008年09月26日 XML このブログを購読する

神仏を忘れた心の闇〜幼児殺人事件に思う スピリチュアル・ライフ(109695)」
[ ヒロ伊藤流?仏弟子修行 ]    


この2、3年の間にいったい何回、幼児殺しのニュースを見聞きしたのでしょうね。暗いニュースはできれば黙殺してしまいたい、そう思うのは拙僧だけではないでしょう。弱い者をいじめるイジマシイ大人たち。弱い者がより弱い者の命を奪うだけで、同情に値する合理的な動機があるわけでもない。そこにあるのは心に巣くう闇だけです。命を奪われた子供たちの可愛らしい写真を見るのは辛い。その無垢な笑顔に誰が責任を負えるのでしょう。

高度成長やバブル時代に畏れを知らなくなった人の心、バブル崩壊後の長い冬の間に凍えた心は、格差社会の拡大によって僅かに残されていた心の潤いも吹き飛ばしてしまったのでしょうか。心に闇を抱えているかぎり、人は真の幸福を得ることはできません。心の汚れを払い、曇りのない清浄な心を取り戻すために、正しい宗教と信仰は今なおその効力を失っていないと、拙僧は確信しています。

悲劇を二度と繰り返さないように。幼子の魂が悲しみの世界から救われますように!
ガテー ガテー パーラガテー パーラサンガテー ボーディ スバーハー

往けるものよ 往けるものよ 彼岸に往けるものよ 彼岸に全く往けるものよ悟りよ 幸あれ

合掌 観学院称徳

以下、***2006年05月20日掲載「神も仏もいないのか?」より***

またまた、幼い子供が犠牲になる事件が起きました。何の罪もない子供を、己の憂さ晴らしの欲望や快楽、恨みのために殺害する。許すことの出来ない極悪非道の仕業です。しかし、こうした犯罪は一見普通の人間が、ごく自然に行うことが多いのです。何故なら、犯人の心が無明に占拠されているから、今風に言えば、悪魔の声に導かれているからです。以下は、2004年11月23日に記したものです。もう一度ご紹介します。

***********************************

小学一年生の女の子が無残にも殺されてしまった。何の罪もなく輝く将来をもったはずの子供が、恐ろしい目にあって死んでいかねばならないなんて、神も仏もいないのか?誰もがそう思いますよね。新潟の地震でも多くの子供たちが死にました。

一方では、不惑(40歳)を過ぎた男が惑い違って、20代の若者たちを道連れに、例の練炭中毒集団自殺をしています。自殺はやはり犯罪です。この世で最も大切な命を奪うという点では他人を殺めるのと同じだと知るべきです。残された家族や友人たちにも、心に大きな傷を負わせます。

神も仏もいないのか?.......
「もし神が全き善であれば、人は何故人を殺し、盗み、不貞を働き、嘘をつき、中傷し罵り合い、貪欲で悪意を持ちねじ曲がっているのですか? 全能にして創造主、全てのものの父であるというのなら、全き善である神にそういうことができるのでしょうか?もし至高の創造者が義と慈愛そのものであるのなら、この世はどうしてかくも不正に満ちているのでしょう? この病んだ社会を視る目があれば、神は自分の創造物をどうして真っ直ぐにしてやらないのでしょう。無限の能力を有しているにしては、彼の恵みを受けるものは余りに少ないではありませんか? 何故彼の創造物は総て苦しまなくてはならないのです? 何故総てを幸せにしてやれないのです? 何故虚偽が真実を打ち負かすのです? 真実と正義が何故敗北するのでしょう?」 

実はこれは、全ては創造神が造ったというバラモン僧に対するお釈迦様の言葉です。

「誰も神を見たものはいない。人々が神について語っているにすぎない。。。 神が世界を創造したことは誰にも証明できない。世界は展開してきたのであって創造されたものではない。。。彼によれば、宗教の核心は人間の神に対する関係にあるのではなく、人間対人間の関係であり、宗教の目的は、総てのものが幸せになれるよう人は他人にどう振舞えば良いのかを教えることにある。」

『ブッダとそのダンマ』よりB.R.アンベードカル著 山際素男訳 光文社新書

全て人間は尊い命を与えられていると、お釈迦様は言われました。自分の命を愛し尊重するならば、当然他人の命も愛し、尊重しなければならないと。人は誰でも、他人に迷惑をかけたり、傷つけたり、悲しませてはいけないのだと、心に言い聞かせるべきです。全ては心の振る舞いであり、心をコントロールすることが、社会に生きる人間にとって大切なことだと思います。

「あたかも、母が己が独り子を命を賭けても護るように、そのように一切の生きとし生けるものどもに対しても、無量の慈しみの心を起こしなさい。」
『スッタニパータ(経集)』(149)

願わくば幼くして命奪われし子らの前途に光明を照らしたまえ

ご冥福をお祈り申し上げます。合掌 観学院称徳




最終更新日  2008年09月27日 20時55分26秒
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タグ: 幼児殺人事件


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