相も変わらず国会は、無駄な時間を費やしている。追求する民主党の方も、どうも外交問題は危なっかしい。もしも民主党が政権を取ったら、日本は何処に行くのやら怖くなってきた。国民の生活が大事と言っても、日本の安全が保証されてのことだ。
カレンダーを見て、『今日は2月26日、あっ、226事件があった日だ!』と、思い出した。あの時代も不況が続き、世の中に閉塞感が満ちていたという。何だか、現在と似通っているところもある。
事件は1936年2月26日に起きた。青年将校らが、部下の兵士1483名を引き連れて、首相官邸などを襲撃して政府要人を殺害した。
この事件、青年将校たちだけではなく、将官クラスも積極的ではなくても、クーデターを引き起こしたら、あとは何とかなると考えていた節がある。
しかし、昭和天皇が烈火の如く怒られたという。青年将校たちは、天皇をただの飾りとしか見ていなかったのだろう。其処に大きな誤りがあった。クーデターを起こせば世の中が変わると、甘い幻想に捕らわれていた。事件が収束したのは3日後の29日である。
軍事裁判の結果、17名が銃殺刑に処せられた。事件の黒幕とされていた真崎甚三郎大将は無罪になったが、予備役に回された。これで皇道派は壊滅して、今度は東條英機を中心とする統制派の時代となった。
皇道派だった山下奉文少将は、この後、陸軍本部から外れて、各地を転戦させられる。太平洋戦争初頭、シンガポールを電撃作戦で占領しても、凱旋を許されなかった。
大将に昇進して、第14軍司令官としてフィリピンの防衛を任されるが、終戦で降伏する。そして、大量殺戮の罪で絞首刑に処せられた。
結局、皇道派の山下奉文も統制派の東條英機も、共に大日本帝国の滅亡とともに消えていったのである。