松井道夫

最終回

「答えられない質問」は本質を突いている

 私が松井証券の社長になってから、一番印象に残っている質問は、ある女性
社員がふと口にした一言だ。
 「うちの年配のお客さんはインターネットなんて知らないですし、みんな逃
げちゃいますよ。社長は何を根拠にしてインターネットは爆発すると言ってる
んですか?」
 ちょうど松井証券をインターネットにシフトさせていこうとしていたときの
ことだ。私はインターネットが伸びると信じていたが、その根拠はと言われる
と、「直感」としか言いようがなかった。その女性社員の質問は当時、私が一
番悩んでいる本質を突いていた。明快な答えなどあるはずもなかった。が、こ
の質問のおかげで、何か手を打っておかないといけないと改めて気づかされ
た。そういう意味で、彼女の質問は決定的に大事な質問だった。経営者は、答
えられないような質問にこそ最も耳を傾けるべきだろう。
 本質を突いた質問ができるようになるためには、質問できるだけの「考える
力」をつけることだ。そもそも日本人は自分で考える習慣のない「奴隷人」が
多すぎる。松井証券の入社面接では、学生に人生観や絶対に譲れないものを聞
いて、「自由人」か「奴隷人」かを見極める。
 ただ、「自由人」でも、やはり目上の人には質問しにくいと思うことはあ
る。私は根が傲慢なのか、若いときから社長といえども「自分より上」とは思
わなかったが、世の中に私のような人間はむしろ少数派であろう。トップとし
て、社員が質問をしやすくする雰囲気をつくることも大切だと思っている。中
国に「小事は情を持って処し、大事は理をもって決す」という格言がある。も
のごとには、小事に限らず、情で接したほうがいい場合もある。ただ、これだ
けは人に譲れない、ということは理で決するべきだ。それを判別して実行でき
る人が本当に「頭の良い人」なのだと思う。
(終わり)




© Rakuten Group, Inc.