昔、白土三平先生の古典的名作マンガ「カムイ伝」を読んだ時に思ったのですが。
このマンガの中で頻繁にナレーションで「賢明な読者諸君はおわかりであろう」という言葉が使われています。忍術の解説などでは特に。
しかし、・・・どうもこれが私、一度も「わかったことがない」のでした。っていうか、「んなことわかるか!」というような解説が多い。つまりあれって一種の説得力を出すための言葉のトリックだったんですね。荒唐無稽、無理やりなネタもこの言葉でもってまるで「わかって当然だよね?」と読者をねじ伏せる。この辺が白土三平先生の作品の魅力でもあったのですが。
で、こういうマンガのネタなら面白いですが、政治家なんかが街頭演説で「賢明な有権者の皆さんにはおわかりでしょうが」と叫んでいるのを聞くと「ちょっと待て!お前の意見に賛同しない人間は暗愚だとでも言うのか!」と妙にムカムカするのは、わたしが賢明な人間じゃない証拠です(w
携帯ソーシャルゲームのアイドルマスターでレアカードを得るために数万円ぶち込むファンが増えてきた、というお話を聞きまして。
で、よくそれを批判する人がいますけど、こういうのって「他に代用できるのものがない限り、その価格に相場などない」と思っています。ファンにとってそのゲーム内の、そのキャラを手に入れるにはそれしか方法がない、としたら、それがたとえ数万円だとしても適正価格なんです。傍から見たらボッタクリ、に思えても、その人にとって単にその値段の価値がない、というだけ。
これが納得できない人は「趣味に大金を使える幸せに水を差すのはヤボじゃないの?」という言葉を送ります。
これが他人に借金をして、とか親の金を黙って使って、だったら別問題です。が、自分の趣味のためにそれだけの価値を見出すほどのめりこめる、というのは幸せ以外ナニモノでもない。搾取上等。それで作っている運営会社がサービスを継続できるならガンガンやった方がいいです。
で、ある日、ふとその熱が冷めることがあります。オレはこんなものに何で大金をかけているんだろうと。そうなったら、その人にとって適正価格が下がったと。だから恥じる事はないし、後に思い出以外、何も残らない趣味なんていくらでもあります。旅行とか、映画を見るとか。
どうせだったら楽しく、自分が価値を見出せるものに金を使ったほうがいいに決まっている。携帯アイドルマスターという世界が楽しめるのはそこだけだとしたら、その価格は完全な適正価格です。あとは消費者の嗜好ですから。
私だって趣味の同人ソフト製作にかかるお金を関心のない人間に「こんなのムダだ!」と言われたら怒りますよ。
「あなたは子供の頃、自分の大切にしている玩具やコレクションを親に「くだらないものにお金を掛けて!」と言われて悔しい思いをした事がなかったか?」それと同じことを言っているんです。