男声合唱組曲
草野 心平の詩から
作曲:多田武彦
一、石家荘にて
茫茫の平野くだりて
サガレンの潮香かぎし女
月蛾の街にはいり来たれり
白き夜を
月蛾歌わず
耳環のみふるえたり
ああ
十文字愛憎の底にして
石家荘
沈みゆくなり
※月蛾=娼婦
サガレン(ロシア語)= 樺太・サハリンの意
二、天
出臍のような
五センチの富士
海はどこまでもの青ブリキ
あんまりまぶしく却ってくらく
満天に黒と紫との微塵がきしむ
寒波の縞は大日輪めがけて迫り
シャシャシャシャ
音たてて氷の雲は風に流れる
人間も見えない
鳥も樹木も
出臍のような
五センチの富士
三、金魚
あおみどろのなかで
大琉金はしずかにゆらめく
とおい地平の支那火事のように
支那火事が消えるように
深いあおみどろのなかに沈んでゆく
合歓木の花がおちる 水のもに
そのお白粉刷毛に金魚は浮きあがり
口をつける
かすかに動く花
金魚は沈む
輪郭もなく 夢のように
あおみどろのなかの朱いぼかし
金と朱とのぼんぼり
四、雨
志戸平温泉第五号の番傘に
音をたてる
何千メートルの天の奥から
並んでくる雨が
地上すれすれの番傘に音をたてる
林檎畑にはさまれた道に
そうして墜ちて沁みる
點
點
天の音信(いんしん)
靄(もや)が生まれ
ひろがり空にのぼる
五、さくら散る
はながちる はながちる
ちるちるおちるまいおちる
おちるまいおちる
光と影がいりまじり
雪よりも
死よりもしずかにまいおちる
まいおちるおちるまいおちる
光と夢といりまじり
ガスライト色のちらちら影が
生れては消え
はながちる
はながちる
東洋の時間のなかで
夢をちらし
夢をおこし
はながちる
はながちる
はながちるちる
ちるちるおちるまいおちる
おちるまいおちる