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2011年11月30日 楽天プロフィール Add to Google XML

 アレバ社の「ラ・アーグ使用済核燃料再処理工場」

30日報道によれば、福島原発の汚染水処理設備では、アレバ製の設備が不調なので、もう使ってないそうですね。
世界トップの技術として押しかけてきたアレバ社であるが、汚染水処理では、この程度だったのか。
じゃあ、フランス国内での汚染水処理設備はどうなのよ?ということであるが・・・・
汚染水は海中までパイプを引いて放出しているそうで、「そんなの有りか」と驚くばかりである。

放射性廃棄物

25日の報道仏から独へ放射性廃棄物列車が行くによれば、ドイツ国内の抗議活動が活発化しているようです。
放射性廃棄物の一時保管場所はドイツではゴアレーベンであり、日本では青森県六ヶ所村である。日本でも定期的に高レベルの放射性廃棄物が返還されているはずであるが、あまりニュースにならないのではないか?

一方で、放射性廃棄物の送り元の「ラ・アーグ使用済核燃料再処理工場」が気になるのです。

アレバ社「ラ・アーグ使用済核燃料再処理工場」の実態についてNHK(BS)で放映されたが、その内容について「はたともこ」ブログより引用します。

5/21アレバ社「ラ・アーグ使用済核燃料再処理工場」の実態より 
「BS1世界のドキュメンタリー・シリーズ放射性廃棄物はどこへ・終わらない悪夢・後編(2009年フランス)」。アレバ社「ラ・アーグ使用済核燃料再処理工場」は、放射性廃棄物を『合法的』に大気や海洋に放出、契約に基づき再処理後の劣化ウランをシベリア奥地へ『投棄』。アレバの実態の片鱗。

〇パイプを敷設し1.7km沖の海域で400m3/日の放射性廃液を排出。93年、国際条約によって放射性廃棄物の海洋投棄は全面禁止されたが、それはあくまで船からの投棄、陸上からの排出はいまだ合法(ママ)。福島第一の汚染水垂れ流しはアレバに倣ったものだったのか。

〇ラ・アーグは廃棄物排出規制措置を大幅免除されている。膨大なコストがかかる為、殆どを環境へ放出することを仏原子力安全機関が許可しているのだ。大気圏核実験500回分より、ラ・アーグの1999年1年間のクリプトン85排出量の方が多い。

〇取材者の「排出物が環境を汚染しているか」の問いに、環境モニタリング担当社員は「汚染というつもりはない」と答えたが、同工場広報担当責任者の「存在はするが汚染ではないということだね?」の念押しには、さすがに絶句。アレバ社は「汚染」を「存在」と曲解する企業。

〇再処理後の使用済ウランはロシア・シベリアの「トムスク7」(セベルスク)の濃縮施設に輸送される。しかし大半がそのままコンテナに入れられ、無防備に野ざらし状態で保管される。トムスク州・放射線安全管理部長「安全性に問題はない。唯一のリスクは飛行機の衝突だ」

〇仏・アレバは露・トムスク州と契約し、大量の劣化ウランをシベリア奥地に事実上「投棄」しているのだ。アレバの『顧客』である仏電力公社の見解「濃縮した後の残りのカスのウランはシベリアに残されロシアの所有物となる。それは仏で回収されたウランの90%を占める。

〇アレバは96%を再利用できると主張するが、仏電力公社が認めたように原子力発電所が出す放射性廃棄物のわずか10%しか再利用されていない。それでもアレバは原子力を再生可能エネルギーだと主張する。現在商用で再処理を行っているのは仏・英・日の3ケ国のみ。(→注)

〇世界の使用済核燃料の大半はプールに貯蔵されたまま。クリントン政権・エネルギー政策顧問ロバート・アルバレス「テロ、飛行機の衝突等のリスクを考慮するとプールでの貯蔵は危険。ラ・アーグには地対空ミサイルなどの兵器がある。攻撃されたら敵を撃ち落とすつもり。

〇元仏環境相コリーヌ・ルパージュ「廃棄物の処理法がいずれ開発されるだろうと、1970年代、我々は原子力にかけた。それから40年。処理方法は見つかっていない。私たちは行き詰っている。原子力は持続可能なエネルギーではない。

〇元仏環境相コリーヌ・ルパージュ「原子力は特にフランスでは殆ど宗教のようなもの。原子力は多くの問題を生み出している。フランス社会における諸悪の根源。不透明な秘密主義。真実を覆い隠すという風潮は他の分野にも広がっている。財政難の一因にもなっている。

〇マイケル・シュナイダー「仏のエネルギー政策は政治家ではなく理工系高等教育機関を卒業したエリート技術官僚が進めた。原子力に関する政治家の知識ときたら全く目も当てられない。07年の大統領選討論会で、サルコジ大統領も何一つわかっていないことが明らかになった。

〇東京電力も保安院も、技術力を高く評価してアレバの浄化装置を導入したと強調するが、放射能投棄がルーティンのアレバの技術力とはいかなるものか。原子力に全く無知のサルコジ大統領と菅総理は一体何を約束したのか。単なるビジネスではないか。英知など結集されていない!

大使注:英国の再処理撤退、日本の再処理工場トラブルにより、現在商用で再処理を行っているのは仏1ケ国のみとなっている。


凄い実態ですね。
テレビ放映時には驚いたが、右から左で、すでに忘れていたが・・・
その内容でアラームをあげた「はたともこ」さんの危機感には脱帽&拍手です。
(昨日に続く「はたともこ」さんの引用になります)

・世界の使用済核燃料の大半はラ・アーグのプールに貯蔵されたまま
・再処理中には放射性廃液を海水中に排出
・再処理後の劣化ウランをシベリア奥地へ事実上「投棄」
・再処理後の高レベル放射性廃棄物は再処理依頼国(ドイツや日本など)へ返還

それにしても・・・・
仏のエネルギー政策はしたたかであり・・・・放射性廃棄物を『合法的』に放出するなど、ナイーブな日本が腰を抜かすほどですね。

フランスの原子力村ともいえるエリート技術官僚、アレバ社、仏電力公社は、日本の原子力村と比べると、技術力、政治力、秘密主義、施設の防衛など、どれをとっても日本よりしたたかである。

だけど・・・
アレバ社技術導入で作られた六ヶ所村の再処理工場が、長年のトラブルで稼動できていない現状は・・・・
若しかして、日本の再処理を見直す(撤退する?)好機を得たという、皮肉な見方もできるのかも知れないですね。

<福島原発汚染水処理設備の現状>
汚染水処理設備については、スラッジ取扱いの困難さにより9月以降はアレバ製を休止し、米キュリオン製と東芝製サリーを使っているそうです。(高凝縮が処理の決め手にならないのが放射性廃棄物の特殊事情なんでしょう)
なおアレバ社は引き続いてスラッジ処理を持ちかけているが、東電は廃炉を念頭に中長期的に検討中とのこと。
・アレバ:凝集沈殿方式:スラッジ表面1シーベルト:遠隔操作必要で最終的な処分地は未定
・サリー:ゼオライト吸着方式:容器表面4ミリシーベルト:取扱い容易、廃棄物総量が膨大


バックエンドの問題点を「原発とレアアース」より引用します。

問題は、フランス、日本、米国を含む原子力先進国のほとんどで、再処理方式にせよ、ワンスルー方式にせよ、高レベル放射性廃棄物の地層処分あるいは地中保管の場所が決まらないことだ。これら高レベル放射性廃棄物には、総称してマイナーアクチニドと呼ばれるネプツニウム、アメリシウム、キュリウムという放射性物質が含まれる。これらは半減期が数百万年の長期にわたり、環境からの隔離を必要とする。俗に原子力が「トイレのないマンション」と呼ばれる所以である。

 さて、アレバとロスアトムは、フロントエンドとバックエンドの両方のサービスを提供できる世界でただ2つの企業だが、そのアプローチは大きく異なる。
 アレバが提供するサービスは、当該国が排出した使用済み核燃料をフランス国内の使用済み核燃料再処理工場で再処理する。つまり、再処理方式である。アレバは、プルトニウムとウランを混合したMOX燃料の製造技術を持つ唯一の企業でもある。さらに言えば、我が国が青森県六ヶ所村に建設中の使用済み核燃料再処理工場もアレバの技術指導によるものである。
 ただし、プルトニウムと残存ウランを抽出・回収した後、プルトニウムと残存ウランとともに、それ以外の高レベル放射性廃棄物もすべてクライアントに返還するので、高レベル放射性廃棄物の最終処分場は、結局、当該国内で探さなければならない。

「原発とレアアース」畔蒜泰助・平沼光著、日経プレミアシリーズ、2011年刊
はたともこweb

最終更新日  2011年12月01日 14時45分15秒
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 「ふしぎなキリスト教」2

強欲資本主義の本質を知りたいという、やや不純な動機で読み始めた「ふしぎなキリスト教」の紹介、所感の第2段です。

一神教が世界を席巻している今、一神教に染まらない我が民族についても考えさせることが多い本であり・・・・
とにかく、読みどころの多い本です。

「ふしぎなキリスト教」橋爪大三郎×大澤真幸著、講談社現代新書、2011年刊

ふしぎなキリスト教

<自然科学の誕生>p311~315
橋爪:自然科学がなぜ、キリスト教、とくにプロテスタントのあいだから出てきたか。それはすでにのべたように、まず、人間の理性に対する信頼が育まれたから。そして、もうひとつの大事なことは、世界を神が創造したと固く信じたから。この二つが、自然科学の車の両輪になります。
 世界を神が創造し、物理現象も、化学現象も、生物現象も、神がつくったそのままのネイチャーであるならば、そこに神はもういないんです。世界を神がそうつくったという、痕跡があるだけ。どういうことかと言うと、たとえば、これを日本の神道みたいに考えれば、山には山のカミ、川には川のカミ、植物には植物の、動物には動物のカミがいるでしょう。山に穴を掘ったり、自然の実験・観察しようとしたりすると、カミと衝突してしまうわけです。カミに、それはやめてくれと言われてしまう。日本では工事するのに必ず地鎮祭をするけれど、昔だったらそんなことするくらいなら、工事をしなかったんじゃないか。

大澤:まあ、いちおう赦しを乞うているんですね。怒らせないように。

橋爪:そうそう。で、一神教では、神は世界を創造したあと、出て行ってしまった。世界のなかには、もうどんな神もいなくて、人間がいちばん偉い。人間が神を信仰し、服従することは大事ですけれども、神がつくったこの世界に対して、人間の主権があるんですね。ほんとうは神の主権があるんですけど、それが人間にゆだねられている。スチュワードシップというのですが、空き家になった地球を人間が管理・監督する権限があるんです。その権限には自由利用権も含まれていて、クジラに脂身がたくさんあって油が採れるとなれば、クジラを獲ってロウソクをつくってもいいし、石炭を掘り出してもいいし・・・・・。こんなことは、キリスト教徒しかやらないんです。
 世界は神がつくったのだけれども、そのあとは、ただのモノです。ただのモノである世界の中心で、人間が理性をもっている。この認識から自然科学が始まる。こんな認識が成立するのは、めったにないことなんです。だから、キリスト教徒、それも特に敬虔なキリスト教徒が、優秀な自然科学者になる。優秀な仏教徒や、優秀な儒教の官僚などは、自然科学者になりませんね。自然に興味を持ったとしても。

大澤:頭が良ければ科学者になるというものじゃないですからね。

橋爪:ぜんぜん違います。

大澤:大事なのは、生のスタイルというか、前提となっている考え方のほうですからね。
橋爪:はい。

大澤:基本線としてはおっしゃるとおりだと思いますが、もうちょっと立ち入って質問してもよろしいですか。
 いま一神教的な世界観と自然科学的な態度との関係を説明していただきました。でも、一神教にはユダヤ教から始まって、キリスト教とイスラム教があるわけです。では、ユダヤ教やイスラム教から体系的な自然科学が生まれなかったのでしょう? 先ほども少し話しましたが、中世にあたる時期のイスラム文化はかなり先進的で、錬金術など、今日の自然科学につながりそうな知識の点で、ヨーロッパよりもずっと先を行っていたわけですから、やはりふしぎに思います。
 あるいは、同じキリスト教でも、東方正教からではなく、カトリックに反抗して出てきたプロテスタントから、自然科学的なものの考え方が出てきました。プロテスタントが西ヨーロッパで拡がっていくのと歩みをともにするようにして、自然科学は爆発的に誕生をするわけです。そうすると、一神教の中でもさらに種差をつける必要があるのではないでしょうか?

橋爪:キリスト教が、ユダヤ教は、宗教法(すなわち、世界のなかの人間への、神の配慮)があるから、すぐれた知識人はまず、宗教法の解明と発展を考える。それに対してキリスト教は、宗教法がないので、どう生きれば神の意志に沿うことになるのか、途方にくれる。祈りの生活を送ってみたり、神学をやったり、哲学や自然科学をやったり、創意工夫しなければならない。特に宗教改革が、自然科学にはずみをつけた。
 プロテスタントは、神を絶対化します。神を絶対化すれば、物質世界を前にしたとき、理性をそなえた自分を絶対化できる。理性を駆使する自分は、神の似姿になっていると言ってもいい。理性を通じて、神と対話するやり方のひとつが、自然科学です。数学の場合も、デカルトみたいな考え方になり、公理系による数学の再構成が始まる。政治の場合には、絶対王政や主権国家の考え方になる。これらはみんな、根が同じです。教会の権威に頼らず、自分の理性をたのむ点で、カトリックよりはプロテスタントのほうがこれらを真剣に発展させて行きやすい。

大澤:なるほどね。



<利子の解禁>p304~306
橋爪:ユダヤ教は、利子を取ることは禁止。キリスト教も、利子を取らない時期が長かった。イスラム教も利子を取ることは禁止。みんな利子を取らないんです。

大澤:そうですね。シェイクスピアの「ヴェニスの商人」は、キリスト教徒がユダヤ人から金を借りる話ですもんね。あそこでも、利子を取っているユダヤ人のシャイロックは、悪い奴という扱いですが。

橋爪:利子なしでは、喜んで貸す人がいないから、なかなか借りられない。どうしても借りたければ、利子を払う。というふうに、実際は運営されていた。
 ではなぜ、利子を取ってはいけないのか。利子それ自体がいけないのではなくて、利子を取ると同胞を苦しめることになるから。借金を申し込むのは、多くの場合、困窮した人です。困窮した同胞に借金を頼まれたら、利子を取って追い討ちをかけてはいけない。利子なしで貸してあげなさい、という規定なのです。
 ユダヤ教はこういう規定がたくさんあるのが特徴で、たとえば、質入れ。上着をかたに取って貸し付けた場合、上着を日没までに返してやりなさい。とある。なぜかと言うと、当時、上着は夜寝るときに毛布のかわりになっていたので、上着がないと、夜寒くて困る。貧者の場合、ほかにないから上着をかたにとるんだけど、夕方になったら返してやらなきゃいけない。こういう規定がいっぱいある。利子の禁止は、その一環だった。借りる側が、困窮しているわけでなく、ビジネスを始めるから貸してくださいなら、禁止しなくてよいはずです。でも、そういう貸し付けを含めて利子は禁止だった。

(疲れたので 追って転記予定)


マルクス・レーニン主義も一神教の考え方から生まれるとか・・・・
プロテスタント(特にエヴァンゲリスト)のようなキリスト教原理主義から現在の強欲資本主義が生まれたのではないか?とか・・・・
いろいろ考えさせられる本です。

このあと、引き続いて読みどころを転記する予定ですが、転記する過程で、多少なりとも頭に入るような気がするアナログな大使でおます。


「ふしぎなキリスト教」1


最終更新日  2011年11月30日 00時18分45秒
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