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TGV、フランス語では「テジェヴェ」と発音します。 Train à Grande Vitesseの略です。 めちゃ速い列車!という意味! フランス国鉄 (SNCF) が運行する高速列車のことです。 2006年9月、TGV開業25周年を迎えました。 以下、http://response.jp/issue/2006/0924/article86282_1.html からの引用です。 「最初の路線は1981年9月に開業したパリ-リヨン線だった。その後ドーバー海峡を越えるユーロスターに代表される国際列車も含め、積極的に路線を増やしていった。現在、一部区間の速度は300km/hに達する。 またTGV乗り入れは、地方都市に活気を取り戻す効果ももたらした。ルマンなどはその好例である。 21日木曜日には、TGV乗車券が謝恩価格の5ユーロ(約750円)で発売されて、直後に売り切れた。駅には朝から多くの希望者が殺到して大混乱となり、気分が悪くなる人や押し倒されて怪我をする人まで出た。 続く23、24日には、セーヌ川沿いのトロカデロ庭園で先頭車両(動力車)の実車展示も含む記念展が開催される。 フランス国鉄SNCFによれば、TGV運転士の手取り給与月額は新人が約33万円(2200ユーロ)、ベテランが約73万円(4880ユーロ)という。在来線の運転士に比べて1.2-1.6倍高めの厚遇である。」 TGV25周年記念グッズ通販ウェブサイト この謝恩価格、毎年やっているようです。 来年は情報を逃さないようにして、謝恩価格でチケットをゲットして、 パリに遊びに行きたいです。 ただし、片道だけの謝恩価格なので。。。 帰りは、ヒッチハイクか(笑)! TGV (train à grande vitesse)フランス語
またまたお久しぶりです。最近 楽天日記さぼりがちです。 9月からフランス語のコースに週2日通いはじめました。 これは、自治体がお金を出してくれて無料で受講できるコースです。 仮の滞在許可証を本許可証に切り替える時に、 受講できるということを聞いて申し込みました。 普通は、フランスに住み始めて、仮の滞在許可証がすいすい取れたら、 半年くらいで受講できるのですけど。。。 わたしの場合、引越したので、延び延びになって フランスに来てから、なんと2年近くも経って受講できることになりました。 無料なんで、私立の語学学校と比べたら、格段の差があると思います。 詳しくは、またの機会に書きます。
Classez les opinions du plus positif au plus négatif: 1. La télé, c'est fabuleux. 2. La télé, c'est nul. 3. La télé, c'est pas trop mal. 4. Moi, la télé, j'aime pas du tout. 5. La télé, c'est parfois intéressant. 6. Moi, je ne supporte pas la télé. 上の1番から6番まで、さっと読んで 1番肯定的な表現から一番否定的な表現へ並べてください。 答え: 1 5 3 4 2 6
Un pompier écroué pour le viol et le meurtre d'une adolescente en 1987 NÎMES (AFP) - Confondu par des tests ADN près de 19 ans après les faits, un pompier de 53 ans a été mis en examen mercredi à Nîmes et écroué pour le viol et le meurtre d'une lycéenne de 16 ans, tuée par balle en décembre 1987 près de Villeneuve-lès-Avignon (Gard). 続きはこちら。。 http://fr.news.yahoo.com/21062006/202/un-pompier-ecroue-pour-le-viol-et-le-meurtre-d.html 1987年、南仏ニームの16才の女子高校生が何者かによって、強姦され殺され、捨てられた。 19年後、DNA鑑定が犯人を突き止めた!という ちょっとすっきりするニュース。 迷宮入りにならずに解決した事件。この女子高生のお母さんは、娘を無残にも殺した犯人検挙を決してあきらめず、19年間信じていたとのこと。母の愛は、強く深い!
1年以上も楽天日記をつけていませんでした。 映画「ダヴィンチ・コード」を観たことで、また書きたくなって復活。 フランス語のお勉強の方はずっとお休みしています。 コートダジュールには引っ越したのですが、なかなか電話が開通しなくて、インターネットできませんでした。コートダジュールは、バカンスにはいいところですが、住むには、物事がなかなか進まないので、いいところとは言えません。フランステレコムのいい加減さに怒りを通り越して呆れました。 もうコートダジュールに住むのはこりごり。夏は 暑すぎるし、山火事ばかりで恐ろしい!ほとんど放火です。 今日はフランス語のお勉強はありません。ちょっと、近況を書いてみました。
朝の天気予報では、グルノーブル 雪! 最低気温マイナス2℃ 最高気温0℃ 全国的には、雨、雷、曇りでした。 南仏では、ミストラルが吹きまくってすごいすごい。 空は まっ青なのに! あんまり すごいんで、本日の外出はとりやめ。 うちに篭もることに。。 いやだなぁ。。外にでられないのは。。
ゆうべ、18日ですけど、うちの近くの映画館でダヴィンチコード観て来ました。 フランスではなのか、うちの近くだけなのか、知りませんが、 5月20日世界同時上映!というのは、まちがってます。 こっちでは、17日水曜日から封切りです。 あらすじを映画館のパンフレットから書き写します。 Da Vinci Code 2h36 Thriller (USA) De Ron Howard avec Tom Hanks, Audrey Tautou, Jean Réno.. Une nuit, le professeur Robert Langdon, éminent spécialiste de l'étude des symboles, est applelé d'urgence au Louvre : le conservateur du musée a été assassiné, seulement avant de mourir, il a laissé de mystériux symboles ... Avec l'aide de la cryptologue Sophie Neveu, Langdon va mener l'enquête et découvrir des signes dissimulés dans les oeuvres de Léonard de Vinci オドレイ・トトゥは これで一躍ハリウッドスターですね。 彼女の演技は地味でした。なんかフランス映画で演じるとかなり迫力はいってますが。。 フランスで映画を観るとすべて吹き替えなので、DVDが出たら、オリジナルの声で観たいです。 オドレイ・トトゥの喋る英語を聞いてみたい!!! ダヴィンチコード、わたしは本を読んでいませんが、筋はきっと本のほうがおもしろいと思います。 映画だと、教会、シンボル、ルーブル博物館の映像があるので、わかりやすいかも。
実は、土曜日に引っ越すことになりました。 行き先は、コート・ダジュールです。 ここから車で2時間半くらい。 わ~~~、うれしい! と、言いたいところだけど・・・ あんまり行きたくない! ここで、Mの両親と暮らすのって居心地いい。。 ふたりとも異国の嫁によくしてくれると思う! とっても感謝! あ~あ、ママンの美味しい料理食べられなくなっちゃう。。 それに、猫ちゃんたちともお別れ(+_+) 向うで、いいことは、海が近いし、これから夏だから、泳げるということ。 そして、ダイヤルアップしかないこの村とはちがって、 あちらは、すべて、ADSLだとフランステレコムが言っていたから インターネットがスイスイできる~~~! ということで、しばらく、日記書けないかもしれません。 みなさん、お元気で! フランス語のお勉強がんばってね! あ~あ、荷造りしなくちゃ!
Déraillement de train au Japon: près de 100 morts, la vitesse en accusation ヤッフ-フランスの記事から。 déraillement♂ ≪鉄道≫脱線 près de ~近く vittesse ♀ スピード accusation ♀ 非難 日本でこんな列車の大事故が起こるとは! ママン(義母)は、この事故や、よく起こる地震のニュースから 日本は恐い国!と思ってしまったみたい(苦笑)。 犠牲者の方々のご冥福を心からお祈りいたします。 実は、村のひとの娘夫婦が今大阪にいるので、 親がとても心配している。 村のひとは、パパ・ママンのお友だち。 それで、このニュースは、身近に感じたので取り上げた。 朝の通勤時間帯に起きた事故。 ここで、わたしは、1995年に起きた 地下鉄サリン事件を思い出した。 わたしの会社は当時、神谷町にあった。 丸の内線霞ヶ関駅で日比谷線に乗り換えていたわたし。 運の良いことに、会社の始業時間は9時半だった。 もし9時始まりだったら、 わたしは事件に巻き込まれていたかもしれないのだ。 かもしれない、じゃなくて、巻き込まれていたでしょう。 だって、あんなに狭い神谷町の駅だから。 9時半始まりのお陰で、わたしの会社のひとはみんな無事でした。 地下鉄に乗っていて、何が起こったのかよくわからぬまま、 銀座で銀座線に乗り換えて、虎ノ門まで行って、 そこから、神谷町まで歩いた。 車内放送で、霞ヶ関駅構内で煙が出たため この電車は、霞ヶ関に止まりません、通過します。 と言ったからだ。 会社に着くと、ラジオを聴いていたひとが、何が起きたのか教えてくれた。 そのひとは、すぐに、わたし これって、オウムだと思う!と、言ったのだ。 すごい推理力! その後、9時40分に、当時ニューヨークに住んでいた友人から わたしに電話が入った。 今、生放送で神谷町の事件を報道しているんで、 心配で電話した!というではないか。 すごい、神谷町のニュースがもうニューヨークに流れているの! 次に思いついて、母に電話した。 9時50分くらい。 やっぱり心配していた。 だけど、昔のひとなので、職場に私用電話をしてはいけないと思って 控えていたのだそう。 母の場合、洗濯物を干していたら、 隣の奥さんが、テレビのニュースを見ていて、 神谷町!ということで、知らせてくれたそう! 虎ノ門駅から神谷町まで大通りをまっすぐに歩いて行った。 地下鉄神谷町駅の前を通る時、ちらっと見たら、 地下鉄に入る階段のところでシャッターが降りていて何も見えなかった。 その時は、まだ9時15分頃だったと思う。 虎の門から歩いたのだけど、 9時30分の始業時間には充分間に合ったから。 人間の運命の明暗は どこで別れるのか・・・ 人気ブログ・ランキング!に参加しています。 あなたの1票が独学するFrance5の励みになります! クリックよろしくお願いしますぅ(^。^)
日本語楽天日記を付けておられるフランス人のPEDOROさんが、ベートーベンのソナタ第8番『悲愴』を弾かれる、という日記を読んで思い出したのが、このジャック・マイヨール。ご存知だろうか。素潜りで100メートルを超えるという人類史上初めての記録(1976年)をつくったフランス人だ。映画「グラン・ブルー」は、ジャック・マイヨールの自伝を元に作られた。 残念なことに2001年12月23日、エルバ島の自宅で自殺。74歳。 PEDOROさんのピアノとジャック・マイヨールとどういうつながりがあるの?と思われるよね。それは、ジャック・マイヨールもピアノを弾くからだ。 映画「ガイヤ・シンフォニー第2番(地球交響曲第2番)1995年」で、ジャック・マイヨールは、ベートーベンの『悲愴』ではなく、『月光』を弾いていた。その音を聴いた時、体中に旋律が走った。すごすぎる!イルカ人間と言われた人にこんな才能もあったのか、という思いと、その深く何かを越えてしまった音! その映画「ガイヤ・シンフォニー」で、ジャック・マイヨールが、上海生まれで、10歳の夏、佐賀県唐津市の七つ釜で、泳いでいた時、初めてイルカと出会ったことが、その後の人生の原点になったということを知って驚いた。 唐津というのは、私の父方の郷里。わたしには、とても懐かしい場所。そこの海で、10才のフランス人の少年がイルカと出会って、テレパシックな交流をし、イルカという動物が少年の心に大きな影響を与え、人生航路を導いた。という話は、何か不思議な縁を感じた。 ジャック・マイヨールは、実際、潜水の方法をクラウンという名のイルカから学んでいる。 この映画を観たのは、封切りと同時だったので、1995年。その前年1994年にわたしもなぜかイルカと出会っていた。もちろん海の中で。そして、その時、ついでに?「グラン・ブルー」も初めて観たのだ。 だから、1995年にジャック・マイヨールを映画で観て、とても親しみを感じた。 あ~、このひとが、あの映画「グラン・ブルー」のモデルになったひとか! 実は、エンゾー役のジャン・レノにすっかり心を奪われてしまったわたしであった(^_-)ので、「グラン・ブルー」のジャックよりも、人間臭く、男っぽいジャック・マイヨール本人の方が断然いいと思った。「グラン・ブルー」のジャックは、リュック・ベッソンの創作でしょうね、やっぱり。 PEDOROさんのベートーベンの『悲愴』からジャック・マイヨールを思い出した。彼がもういないと思うとなぜか寂しい。不思議、会ったこともないのに。イルカ的意識でジャック・マイヨールとつながっていたのかしら・・・ ジャック・マイヨールの言葉 「イルカは高度な“知性”を持ちながら、自然と完全に調和して生きている。その生き方から学ぶことに依って私達も、自然と調和する道を知ることができる。」 人気ブログ・ランキング!に参加しています。 あなたの1票が独学するFrance5の励みになります! クリックよろしくお願いしますぅ(^。^) ただ今、66位。Le Soixante-sixième もう1つのブログ↓ 太陽がいっぱい!南仏・プロヴァンスの食卓から by French Omelette La fin de l'année 2001 s'est terminée tristement pour le monde de la plongée. Jacques Mayol nous a quitté brutalement en emportant avec lui les rêves et les images de milliers de plongeurs. Surnommé "l'homme dauphin", Jacques Mayol était aussi globe-trotter, pianiste, reporter, cinéaste, chercheur de trésors, explorateur...Jacques Mayol était un personnage entier et atypique animé par la passion des dauphins. Dauphins qui comme nous aujourd'hui sont un peu orphelins. Né à Shanghai en 1927, Jacques Mayol commence à plonger au cours de vacances familiales au Japon. Puis il côtoie pour la première fois les dauphins en mer de Chine. Cette rencontre transforme sa vie. Au contact de ces mammifères marins Il découvre l'appel des profondeurs, le besoin de les imiter, de transformer son corps et son esprit pour se rapprocher d'eux le plus possible, et atteindre ainsi une forme de sérénité que la vie sur terre n'est pas capable d'offrir. Cette quête quasi mystique va l'amener à repousser les limites humaines à un niveau que seuls quelques "fous" croyaient possible à l'époque. De 1976 à 1983, il bat plusieurs fois les records de plongée en apnée et se livre avec son unique adversaire de l'époque, l'Italien Enzo Maiorca, à une concurrence qui le pousse à descendre sans cesse plus loin, plus profond : 60 mètres en 1966, 100 mètres en 1976. Installé sur l'île d'Elbe à partir de 1973, il avait ouvert la voie aux recherches médicales sur l'adaptation de l'homme au milieu marin. En 1983, à cinquante-six ans, Jacques Mayol atteint les 105 mètres. Cette performance ne sera battue que treize années plus tard, en 1996, par l'Italien Umberto Pelizzari (110 mètres) qui fût son "élève" pendant plusieurs années. En 1986, il publie L'Homo Delphinus , véritable explication sur ce qui fût la quête de sa vie. Un roman suivra en 1989 "Les dix rois de la mer" . Sa vie et sa rivalité avec l'Italien Enzo Mayorca ont inspiré le cinéaste français Luc Besson qui réalisa Le Grand Bleu", devenu un film culte après sa sortie en 1988. Le film vaut à Jacques Mayol une gloire universelle mais le personnage joué par Jean-Marc Barr ne lui ressemble pas, et cette ambiguïté entre sa vraie personnalité et son image publique le dérange. Il n'a de cesse d'expliquer que la plongée en apnée n'est pas une fin en soi, mais le moyen d'approcher un état différent de plénitude. " L'affinité réelle qui existe entre l'homme, la mer et le dauphin nous aide à mieux comprendre et à respecter davantage les valeurs auxquelles nos cousins marins tiennent le plus: l'équilibre de notre milieu ambiant naturel commun, la joie de vivre et la liberté." │<< 前のページへ │一覧 │ 一番上に戻る │ |
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