蛇は通る道が決まっているらしい。
獣には獣道があるように、蛇には蛇の道があるのだ。
普段は目にすることもないから気づかない。
ある日、家への近道をしようと、
草むらを横切った時だった。
知らずに蛇の道を横断してしまったらしい。
細く白い蛇だったが、
お互いに驚いて見つめ合ってしまった。
艶かしいと感じるほど、きれいな白蛇だ。
蛇は鎌首を持ち上げると、
私の様子を窺うようにじっと見ていたが、
やがてツンと見捨てるように私を避けて通り過ぎた。
私は呆然と立ち尽くしていたが、
白蛇が去ると、我に帰り、
また先へと歩き出した。
急いでうちに帰ろうと思ってたのだ。
彼から電話が来るはずだから。
私は今時珍しく携帯を持っていない。
彼は持ってるけど、私用には使わない。
会社から支給された携帯で、
公私混同しないという生真面目な人なのだ。
お互い不便だけど、それはそれで楽しいということもある。
家に帰ってからの電話タイムが楽しみなのだ。
私の方が普段帰りが早いので、
しばらくうちで待つことになるが、
今日はなぜか彼も早いということを、
昨日聞いていたのだ。
今日はたくさん話せるなとウキウキして、
思わず近道をしたのだった。
うちの玄関を開けた途端、
私は凍りついてしまった。
先ほどの白蛇が、玄関のたたきに居るではないか。
私とすれ違ったはずなのに、
なぜここに居るのだろう。
私の後を付けてきたとしても、
なぜ先に中に入れるのか。
穴が開くように見つめていると、
蛇が口をきいたのだ。
「私の行く手を遮る者は許さない。
だから、お前の行く手も阻むのだ。」と。
言葉を話す蛇なんて初めて見た。
驚いたけど、頬をつねると現実のようだ。
そう言われてもなあ。
確かに邪魔したかもしれないけど、
踏んだ訳ではあるまいし、
うちまで来られるほどの恨みを買うことも無いよね。
そう思ったものの、
そんなこと言ったら、蛇が逆上するかもしれない。
ここは下手に出て謝っておこう。
もうすぐ彼からの電話がかかってくる。
なぜか蛇の声は男のような低い声だから、
彼に誤解されてはかなわない。
蛇に早く帰ってもらわねば。
「さっきはすみませんでした。
もうあの道は通りませんから、
お帰りいただけませんか?」
猫なで声で言うと、
「許さない。
罰として、ここにしばらく置いてもらおう。」
と言うではないか。
「とんでもない。
早く帰ってください。」
つい哀願口調になってしまった。
そこへ電話のベルが鳴る。
あわてて受話器を取ると懐かしい彼の声。