SkyBlueSky封神演義番外編31






とりとめもなく話した。
昔のように。
いつものように。
君と、僕のように。




Sky Blue,Sky





 僕はあまり物事に動じないように見えるらしい。太乙真人の作った道楽なびっくり箱にもずれた反応を示すし、入っちゃいけない危険区域の森で獰猛な獣に出会ったときもお話し合いで解決しようとすれば、それはそうかもしれない。頭の中は蝶々が飛んでいるんじゃないのかとか皮肉った人もいたっけ。一貫した平和主義者で、どこまでも穏やかでいつも柔らかい笑みを絶やさない、突発的な事故にも落ち着いて対処する、そしてここからが大事__やるときはやる、ってこと。僕は空いた席に座らなければならなかった。席が僕を欲していたし、僕の方もその席が都合良かったのだ。だからその席に座るためのあらゆる手を尽くした。
僕には絶対に譲れない優先順位一番があって、それは空が青いね、ってゆーのと同じくらい自然に備わっているもの、それが彼だ。空の方は色など気にせずに頭の上にいつでも広がっているのだけれど、そこにいつでもあるということが大事だったから、僕はいつでもおはようと言えたしおやすみも言えたしさよならとも言えた。


風が、そよいでいる。

あの時は一瞬、無風になったな。
彼の気持ちを踏みにじった瞬間。全ての声が、音が、風が、嵐が、ピタリと止まった。
真空みたいな、そこを切り裂いた。彼の顔、僕の決別、彼の叫び、僕の名前、彼の深淵、僕との深遠、知らない世界が大きな口を開いて僕らを飲み込み、君を遠ざけ、ほんの一瞬で永遠が手に入ったのだ。
恍惚さえ、感じていた。


+++


草を千切って風に流してみる。
空はやさしい。
風もやさしい。
背にチクリと当たる草の感触も、地を這う小さな虫も、遠くで鳴く鳥の声も、何もかもがやさしい。


+++


君は泣いてくれたね。
怒って、それから悲しんで。
ただその隣の不在に、たくさんの空席に、泣いてくれたね。
悲しんで泣いてくれたらいいと思ったけれど、やっぱり僕も悲しくなった。そうだった。君が悲しいと、僕も悲しい。君が泣くと、僕も泣いた。いつもそうだった。君が笑ってくれると、嬉しかった。そうだったね。僕らは双子のようだと、天尊様にも言われたっけ。でも僕は君とは別人で、だから一緒にいられないけれど、その事がこんなに嬉しいと思える日が来るなんて、思わなかった。一蓮托生なんて冗談じゃない。決して、決して王天君が羨ましかったわけでは・・・ほんの少し。少しだけ、混ざりたいと思ってしまったけれども。(玉鼎にだけ打ち明けてみたけれど、案の定物凄く複雑な顔をされた。理解しようとして矛盾に陥っている様は見ていて面白かった。)まあとにかく僕らは別人で良かったのだ。だって僕が彼の一部であったら、あの時切り捨てることを躊躇ってしまったもの。そんな勿体ないことが出来るだろうか。反語。

+++

空をこうして寝転がって眺めるのは、彼の影響だ。
瞑想中、と嘯きながら、帰る道々苦労して背に付いた草を払っていた。それでも天尊様にはどうしたってばれていたのだけれど。
雲の形がどんどん変わっていく。さっきまでクジラの形だったのが、今はヘチマみたいだ。


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何だか久しぶりに会った顔をした。お互いに。彼はひどく驚いて、それからにやりと笑った。知っていたよ、と言うように。知っていたね。
僕はさよならと言った同じ顔で君の前に立った。君に力を注いだ。君が笑うと、僕も笑う。そうだったね。


+++


通信機が手元を少し離れた草地に落ちていた。蓬莱島と神界で通信するときに使う小型の携帯電話のような機器で、さっきまで映像を通して話していたのはその発明者本人だった。指を伸ばして触れてみる。作動はさせない。新しい情報に興味を引かれるものは特に無かった。ただ、久しぶりに彼の名を他人の声で聞いた。それだけだった。


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王天君の時に感じた、ほんの少しの羨望を、その時彼のハハオヤに向けていた。大気に粉々に溶けていく彼を感じながら、どうしてどいつもこいつも・・・と僕らしくない悪態を吐きそうになって、まあ女禍よりは許せるかもしれないなどと。無理やり納得してみたりした。
僕は君が好きで、消えないで欲しかったし、その時僕の願いを叶えるのが誰であれ構わないと、あの場にいたたった一人の孤独な魂以外全部が彼を肯定していたことを、その大意を代表したのが彼女であるという皮肉を、何もかもを受け入れた。君の疲れたという表層の意思に片目を瞑って、そんなこと言わないでさ、と笑いかけたかったのだ。君が好きなんだ。


+++


『太公望がね』出し抜けに気易く名前を呼ぶ、その軽薄さが時々気に食わない。『やっぱり生きていたって。見付かったんだよ』今更何言ってるんだろうこの人は。どうして僕がそんなことを貴方の口から聞かなきゃいけないのかな?とは言わず。知ってたよ、とも言わず。ああ、なんだみんなにもばれちゃったんだな。・・・なんて限りない本音も言わず。何て言ったのだっけ。ええと。・・・ええと。

上空で遊んでいた風が、質量を持って傍らに落ちる。草がさざめいた。
携帯が手からまた離れた。大きな手袋。風。黒い影。
ヘチマがもう随分遠くへ流れていって今頃はシュークリームか鳥の羽みたいになっているだろう。
興味深げに眺めて、ポンと落とす。掌に収まった携帯を掴んで、僕は眩しくてその手を目の上に翳した。


「昼寝中か?」
「違うよ、瞑想してたんだ」
「これはまた楽な姿勢で」
「イメージしやすいよ。望ちゃんもやってみたら?」

手を外すと横に同じように寝転がる君がいた。
僕は笑った。君も、笑った。

「今の台詞、逆だったね」
昔。修行と称して寝転がる君に、僕がかけた言葉。『昼寝してるの?望ちゃん』
「結局二人してジジイに怒られたのう」
「それはやっぱり眠ってしまうもの、この姿勢だと」
腕を頭の下に組んで、じろりとこちらを軽く睨む。
「日が暮れたこともあった。時間を忘れて修行に熱中したのだと貫き通せば良かったのに、お主と来たら馬鹿正直に報告しおって」
「だからばれてるって。__ねえ、ひさしぶり?」
「ジジイは時々抜けてたから大丈夫だと__いや、そうでもないだろう」
「そうだね」

僕は嬉しかった。君も、嬉しかっただろう。
とりとめもなく話した。
昔のように。
いつものように。

僕は眠たくなって、欠伸をひとつ。つられて君も、欠伸をした。
僕らは顔を見合わせて小さく笑い、おやすみと言う。
同じ夢は見られないけれど、僕は君を好きで、君は僕を好きだろう。


僕の中の譲れないものは、今でも変わらずここにある。
空は僕らの上にあって、草は僕らの背にあった。
空は青く、草は柔らかく、隣には君がいた。
安心して、目を閉じた。
風、やさしかった。





Fin











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空色の空。








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