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山口小夜の不思議遊戯

山口小夜の不思議遊戯

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2005年12月24日
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 同刻──。

 出立の儀を終えた後、来るべき《御魂鎮》の神事を前に、夕の水垢離(みずごり)を取っていた小角さまは、不意に胸を抉られるような身体の痛みを覚えて、思わずその場に突っ伏した。

 身体中の血管が、うねり昂ぶっていた。
 神経すらも焼けるような灼熱感に、小角さまは声にならない悲鳴を上げた。

 はじめ、彼は耐えようとしていた。
 奥歯が擦り切れんばかりにきつく歯を食いしばり、汗をたらしながらひたすら耐えていた。
 身の内から突き上げる、熱く鋭い痛み。
 血を吐くような息の荒さに、喉も焼き切れるかのようであった。

 それでも──蒼ざめた唇で必死の御詞(みことば:神聖語)を刻む。
 唯一、それだけが正気を保つ方法なのだと、小角さまは知りすぎるほどに知っていた。

 この二十八年、不二一族の守宿(すく)として小角さまがしてきたのは、朝な夕な決まった時間に禊をし、本堂にこもって御詞を唱えることであった。
 一日たりとも、欠かしたことはない。
 それは、当主としての当然の義務であるというよりはむしろ、己の血肉を枷として封じ込めた【荒神さま】を呪縛し続けるための修練に近い。
 子供の頃から、半ば強制的に覚えさせられた御詞修学の真意が、ここにあった。

 誰にも漏れぬ真実のところ、代々の守宿は、そうやって我が身に【荒神さま】を封じてきたのだ。
 それが、直系嗣子の宿命──などという言葉では割り切れない、切実な重さでもって。

 豊とは違い、出生のはじめから守宿として育てられた小角さま自身、二十八年前には自らに義務付けられた御魂鎮(みたましずめ)の日が近づくにつれ、精神の安定を欠いて不眠・拒食などに悩まされ、ずいぶんと周囲を心配させた。

 いよいよその日が七日後に迫ったとき、小角さまの父宮、壁(なまめ)さまは、毎日早朝から息子を拝殿におとない、精神を集中させることを鍛錬させた。
 肉体を極限までに酷使して、何も考えられなくなるまで御詞を唱えさせ──五臓六腑に、神聖語を浸透し尽くしたのだ。
 
 小角さまは、連日連夜を通して祈祷に没頭し、次第に自分が無になっていくのを感じるようになっていった。
 不二の嗣子でもない、父の息子でもない、誰の似姿でもない、自分でもない、無になっていくのだ。
 無意識の領域に小角さまが入りこんだことで、神人との一体化が起こる。

 ──祈るのに、心などは、どうでもよいのだ・・・・・・。

 徹夜も五日目にして、ようやく小角さまは、自らの身体を通じて理解した。

 呪師が祈祷に感情を移入させてしまうと、それは芝居になり、祈ることにはならなくなる。特に、呪方(まじないかた)の長たる守宿は、その身に容れた神の側の霊力に、大きくたよる存在でもあるのだ。

 七日目の晩、それまでの六日を一睡もせずにいた小角さまは、朦朧として出立の儀に臨み、そのまま抱えられるようにして滝洞に運び込まれたという。

 小角さま自身、喉から手が出るほどに守宿の座を欲したわけではない。
 だが、ご神択と呼ぶにはあまりにはっきりとした容姿をもって生を受け、前代守宿と交代するための《御魂鎮》の秘儀では、もうろうとした意識のなかですら必死に抗おうとした行為の末に、荒神に片方の腕を持っていかれてしまった以上、彼に自由の道はなかった。

 滝の裏にうがたれた洞(うろ)の奥深く──それは淡い緑の霧の檻。
 張り詰めた沈黙のなかで交わされる、誓約の契り。
 
 その内懐では、人の世の常識も良心も、すでに微塵も消えている。
 我が身に宿る、忌々しいほどの爛れた血・・・・・・。
 その血が御魂鎮(みたましずめ)の宵に呼び出したものは、度外れた人外の《魔》であった。

 【荒神】と崇め奉られた《それ》の、情け容赦もない、ただただ、禍々しいだけの──蛮行。
 肉を割き、骨を断ち、直系の清童の血をぶちまけて、《それ》は哄笑する。
 これが異形の《神》との、正しき誓約の証だった。

 ずっと、待っていた。この日を・・・・・・。
 《それ》はそう言って嘲笑した。

 そこでは愛情の不在も肉体の拒絶も無視されることに、小角さまは恐怖したのだ。
 ひとつに繋がったところから、なにか得体の知れないものがあふれ、流れ、喰らいついてくる。
 秘儀については、守宿から守宿へも口伝されぬ極秘の中の極秘であるが、流布される方便によって、おおよその見当はついていた。

 だが、子胤を抜かれるとの予想をまったく覆されることになるのには、あまりに心構えが足りなかった。そして、それを後悔する時間は、どこにも残されてはいなかったのだ。
 荒神に種を捧げるなど、真逆の戯言──真実は、己の血肉の総てをもって、《それ》を受け容れさせられるのだ。

 実は、小角さまは自力で山を降りることができた、数少ない守宿であった。足や目など、立ち歩くに必要な部位を持っていかれなかったからだ。
 だが、拝殿に帰り着いたと同時に、張り詰めていたものが切れたかのように、彼は気を失っていた。
 意識のないまま身体を調べられた彼は、左腕の機能を失くしていることを見い出され、その日のうちに守宿の戴冠は成った。

 それから小角さまはまたしばらく精神を病み、床に伏したままの生活が続いた。
 彼をふたたび正気に戻したのは、妻となる菜摘子(なつますこ)との出会いであった。
 自分のなかに巣食う禍々しい記憶を、なぜか彼女だけが癒してくれた。菜摘子と抱き合っていれば、記憶は不思議にそれ以上凶暴化しなかった。この隠れ里に生まれ育ち、幼馴染みだった彼女も、小角さまが内面にひそませる苦しみをよく理解した。
 そうやって、小角さまは妻を得て、自分の心身の束縛を代償に、自由闊達な家庭を築くことに生き甲斐を見い出してきた。

 秘儀については、掟によって次代の守宿であるべき豊にも語っていない。
 否、たとえ掟がなかったとしても──小角さまには語れる言葉がなかった。

 口伝を許されない秘儀ではあるが、父宮の壁(なまめ)さまが、出立に望む小角さまに、すれ違い際にかけた言葉だけは、しかし、今でも耳について離れないのであった。

 ──わからぬか? すぼし。不二の守宿は、人にはできぬのだ。

 【荒神】と呼ばれるそれが、《神》であるのか《魔》であるのか、それは誰にもわからない。

 ただ二十八年前、秘儀の後に命を取り留めた後に山を降りてなお、ときおり、禍々しいほどの狂気にかられることがあった。
 動物でも、人間でもいい。その肉を手でちぎり裂き、骨を断ち切ってしぶく血を啜りたい──そんな暗い狂気に。
 おそらく、祖先の守宿たちは我が血と肉を供物として、その身に【荒ぶる神】を封じたのが、この御魂鎮の儀の由来であろう。
 この禍(まが)は、永劫、外に出してはならない──。
 そう、この身に受け容れ、受け容れた身を次代に引き継ぎ、二度とふたたび出してはならないのだ。

 守宿は万世一系ではあるが、終身冠位ではない。その身分は二十八年を限りとする。
 それは、生身の人間では、それ以上もたないということである。
 小角さまは十六歳のとき、第二十七代守宿、不二角となった。
 守宿としての二十八年間は、【荒神さま】との、目には見えない、いわば己の精神力との戦いであった。

 そして、今年。
 次期守宿の神託の刻を間近に控えて、このときになって末息子を【荒神】の人身御供に宛てたことに対する思いがけない後悔の念が、父宮の胸の奥深くをかきむしろうとしていた。

 ──許せ・・・・・・豊。

 そのとき初めて、小角さまは自分が泣いているのだと知った。

 同時に、今や彼は、己の血肉に喰らいついた【荒神】が、歓喜の声を上げて荒れ狂っているのを感じていた。もはや、御詞による結界でも抑えきれないほどの──狂気。

 いつもの、あの発作ではない。
 【荒神】を生身の枷で封じるゆえの歪みなのか、身体中の血が一度に沸騰してしまうほどの凶暴な衝動が、時に小角さまを突き上げるのだ。
 だが、今のこの苦しみはそれとは違う。

 それだけで、父宮は確信する。山の内懐で、今、何かが起こっているのだと。
 だが──我が息子の、すべてに慣れぬ初心な肉体を、やすやすとくれてやるわけにはいかない。

 このままでは・・・・・・魔が強すぎる。

 引きつり歪む唇を噛みしめ、小角さまは「気」をためようとする。少しでも禍(まが)を取り去ろうとして。
 だが、こめかみを打ち据える鼓動の荒さがそれを阻む。
 肩が、胸が、足が、大きく波打っていた。
 吐息はまるで、火を噴くように熱い。

 ──ゆた・・・・・か・・・・・。

 半ば無意識に、彼はその名前にすがっていた。

 しかし、たぎり上がった血潮はその身体を焼き焦がすだけで、いっこうに収まる気配はない。
 もだえ苦しみながら身をもって知る真実に、だが次の瞬間、小角さまは眦も裂けよとばかりに目を瞠ることになった。

 我が身の次代は、守宿多(すくのおおい)──。

 それはかつて、五百年も前に在位し、以降は誰もその存在を知らぬまま時代は流れた。
 これは、守宿多の霊力も、その身に【荒神】が何を起こすのかも、すべてが誰にも知られていないということに他ならない・・・・・・・。

 荒神との契約を更新する証に、自分は片腕を持っていかれた。
 父の壁(なまめ)は、足の機能を持っていかれた。
 祖母の室(はつゐ)は、目を──。
 歴代の守宿がそうであるならば、守宿多は身体の裡でも最も重要な部位・・・・・・。
 心の臓を持っていかれるというのか。

 豊は渡さぬ。

 小角さまはぎりぎりと血をしぶくほどに奥歯を噛み締めた。
 ──あの子は渡さぬ。
 彼は渾身の力で御詞を声明しはじめた。

 もしも豊を欲するならば、その時はわたしの屍を踏み越えてゆけ。
 わたしはこの命を賭して、かの者を守る──。

 不意に小角さまの脳裏を、明朝あるべき豊の姿が通り過ぎた。
 神懸かって、美しい、凄みまして、雅やかな守宿装束。

 今、その清き少年は、いかに酷く扱われているか。
 猛った大神を鎮める饗(うたげ)は、はじまったばかりだった。




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 クリスマス・イブですね!
 本日は午後5時から準備、7時と11時にステージ(←なんのだ)。
 その間にパーティですので、皆さまいらして下さいね☆

 どうか素敵な一日を!


 明日は●狂気●です。
 小角さまの元に、妻の菜摘子さまが駆け寄ります。
 一族の目の前で、小角さまの身に起きたこととは──。
 タイムスリップして、小角さまに力を!


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最終更新日  2005年12月24日 07時19分31秒
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