八木柊一郎の脚本による。事件の経過が実に判り易く展開されていく。文学的にデフォルメされた展開の時系列が整えられ、事の真相がそのまま暴露されているようだ。しかもドストエフスキーが書きたくて書けなかった「第二の小説」にまで意識の範囲を広げている。即ち、語り手にアリョーシャの恋人リーザを設定し、コーリャら少年達の「皇帝殺し」とその指導者としてのアリョーシャの処刑で舞台を終わらせている。こういう話しは少なくとも「第一の小説」には出て来ていない。ただこのような構想はドストエフスキー自身が持っていたようで、「カラマーゾフの兄弟」を更に理解する上で考慮すべき点ではあると考えられる。そういう意味でこの舞台はこの作品を理解するには、極めて手際よく必要な情報を手渡してくれるものとなっている。
ただ、これは望むべくもないのかもしれないが、ドストエフスキー文学の持つ繊細さ壊れ易さと力強さ、思想の葛藤、総じて人間の情感の細やかさの表現では今一つの面がある。それ程大きくない劇場なのだから余り力まずに、内面重視の演技をした方がいいのではないか。妻はスメルジャコフを演じた人の演技が良かったと評価していた。ドミートリイとグルーシェンカの踊りの場面について、妻は良かったと言うが、私には冗長に感じられた。ロシアやジプシーの情感を扱うのなら、もっと工夫が必要な気がする。