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私共夫婦は、午後8時前後に店を閉め帰宅します。 私共の商店街はアーケードに成っていますので、店を出るとき天気が少々悪くて雨が降っていても判りません、ある日、アーケードの終わる処で天気に気が付きました。 「雨かな、傘がいるな?」私がかみさんに言いました。 ところが、見知らぬ若い娘さんが「雨降っているよ!」と言います。 私「有難う」と礼を言いました。 彼女は、にこっとと頷きました。 毎夜、彼女はその辺に立っています。 客引きのようです。 次の日から、顔を見ると、挨拶をするように成りました。 「元気でね」「さようなら」「頑張れよ!」、店では3日に1度の割合でお饅頭が売れ残ります、賞味期限が切れると販売できません、何方かに差し上げます、「賞味期限が切れていますが食べられます」と言ってお渡しします。 自然の成り行きでその娘さんに時々差し上げるように成りました。 「饅頭あげるよ」「一つだけよ」、彼女は、にこっとして、「有難う」と言います。 この娘が昼間の仕事に就けないかなー?と思い、まともな仕事に就けないから今の仕事をしているんだ。 男の客引きも、私ども松葉町界隈には多く出没しています。 彼らだってこの娘さんと事情は一緒だろう?と思いだしました。 私共小さな小さなお店を始めて3年半経ちました。 開店当初は、店員さんが3人いました。 だんだん減って2月前に一人いた店員さんが急に退職し店員不在になりました。 それから夫婦二人でお店を賄っています。 結婚して57年、二人だけで仕事をするのは初めてです。 二人で、あっちが痛い、こっちが痛い、と言いながら、二人だけで仕事が出来るのは、楽しいね、幸せね、有難いね!と言いながら充実した毎日を過ごしています。 今は、水曜日のみ休日です、連休は12月31日から1月4日の5日間のみです、朝、7時20分又は7時50分に家を出ます、仕入のある日が早く出るのです、帰りは、店を閉めるのが7時ですので、店を出る時間は概ね8時です。 私が今の仕事を始める前までの仕事は、土日祭日はお休みでした。 朝出掛けるのは8時頃ですが、帰りは6時~7時には自宅にいました。 現在と大変な違いです。 私共夫婦が不平無く楽しく働けるのは目的が明確に有るからです。 小さな店で家族が協力して働き、豊橋地方の小さな処で作っている昔ながらの手作り食品を探し集め、或いは作っていただき、豊橋土産として販売し土産物店として、経営を成り立たつようにすることが目的です。 その上で、経営の安定できる小さな小さなお店が沢山できるリーダーになる事です。 あの娘に限らず、客引きの男の人にしても、皆さん、食う為に生活するために、日陰な仕事をしているんでしょう? あの娘に同情しても私としては、どうしようもありません。 民主党政府は高校の月謝を無料にすると言っています。 政治家は目を背ける嫌な社会は見てみないようです。 日の当たる格好の良い政策が好きなようです。 日陰の人々に日の当たる仕事を考えることも大事なことだと思います。 どんな仕事でも、目的と・将来の希望を持たせたいものです。 そんな政治をして戴きたいと強く思いだしました。
地域の特産物のアンテナショップで、ラジオを使った宣伝をしてもらいたかったです。
こういうアンテナショップとラジオのサテライトスタジオを併設して、集客やイベントを本当に商品を宣伝したい人達に 公共電波を明け渡してもらいたいです。 ラジオ局と地域のためのアンテナショップは同じ会社でやるべきだと思います。 ラジオのCM料金は、安いのでやる気のある人達なら、街の一商店主であっても、ラジオ局の役員にして、毎日、商店街や駅の待合所にラジオを流してでも、毎日は地元のラジオでやっている商品、誰でも知っている地元の商品というものを商工会で作ってもらいたかったです。 思いきって、ラジオ局をNPO法人にして、無報酬でも、ラジオの運営を手伝ってくれる商店主20人位をラジオ局の役員にして、公共の電波でなく、民間の電波を市長サンに作ってもらいたかったです。 公共の電波でなく、民間の電波として町の小さなケーキ屋さんや、うどん屋のいち店主がラジオ局の役員として地元の特産品を作る一員となれる環境を作ってもらいたいです。(2010年06月12日 21時50分10秒) │<< 前へ │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |
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