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2007年2月12日~2010年3月15日まで、西荻窪にてヒーリング・ショップgabrielle(ガブリエル)を経営しておりました。http://www.gabrielle-shop.com
一時閉店以降も引き続きブログを更新してまいります。 gabrielleでの出来事 [全48件]
久しぶりにブログを更新します。 前回タロットをされたお客様がちょうど人生の転機に入られていたことから、『変化』についてお話しようと思います。 まず、私が最近読んだ「チャクラ-癒しへの道」クリスティン・ペイジ著より感銘を受けた部分をご紹介させていただきます。 『人生のある局面を贈り物と受けとめる人もいれば、障害と感じる人もいます。各人に自由意志が備わっているからです。自由意志を選択権と言い換えてもかまいません。経験を受け入れるという選択や、経験がもたらすレッスンを学ぶという選択です。多くの人々にとって自由意志とは厄介なもので、失敗や間違いを恐れる心をもたらします。事実をいうなら、間違いなどこの世にありません。無駄になる経験は何一つとしてないのです。否定的に受けとられがちな出来事こそが、魂に学びの場を提供しているのであり、また、その道を二度と歩かないようにという授業でもある場合もあるのです。多くの人々が経験の途上で道に迷ってしまいます。大事なのは出来事の内容ではなく、すべての出来事が経験から導きだされる変化のための機会であることを見抜けないのです。 魂は人生に何を求めているのでしょうか。 ● 自分を知ること ● 自分への責任を果たすこと ● 自分を表現すること ● 自分を愛すること ● 自分を評価すること ● 自分に敬意を払うこと ● 自分を意識すること 全体性を回復した「自意識」とは、これらすべての側面を包含した調和的な存在で、そこにはスピリチュアルな存在としての人間を形成するさまざまな要素が統合されています。 しかし私たちの多くは、表層的なパーソナリティが日常生活の大部分をコントロールし、影響力がパーソナリティから魂に移行すると、心に不調和が生じます。そのように感じるのは、心が二つの異なる波動を受けとってしまうからです。一つの波動は魂のレベルから、もう一つの波動はパーソナリティのレベルからやってきます。 魂の波動とパーソナリティの波動とを単純に入れ替えることができるならば、その人の人生に混乱が生じることなく、移行できるでしょう。 しかし、そのような変化に抵抗すると、まず心が不調和を感じとり、緊張・不満・怒り・憂うつなどの症状が出てきます。このようなメッセージが送られても、波動を変えるための行動を起こさなかった場合、不調和は身体に病気となってあらわれます。』 タロットをされたお客様は、実に賢く彼女に与えられた転機を乗り越える決意と努力をされていらっしゃいました。 この世で生を受け、死に向かうまで、私たちは人生の節目を何度も迎えます。それは宿命です。変化はその都度やってきます。 変化には苦痛が伴う場合があります。 けれど、クリスティン・ペイジは「すべての出来事は、変化のための機会なのです。」と言っています。 フィンドホーンを設立したアイリーン・キャディは「ひよこが卵の殻を破って出てきたとき、蝶がさなぎから脱皮して姿を現してきたとき、それはもう元に戻ることはできませんが、新しいものへの成長は続いていきます。…… いつも必ず何かが起きています。すべて起きるままに任せ、その展開を妨げることをせずに、ともに流れていきなさい。…… 内なるやすらぎがあるとき、あなたの心は開き、新しい展開に向かう準備ができているのです。」と言っています。 自分の人生を客観的に見て、何を目的として生きていくか、また、何を「幸せ」と設定するかは本人の意思によって選ばれます。 つまり、自分を幸せにするのは自分なのです。 どうやって生きていきたいかは結局自分が選んでいるのですから、不平や不満、持って行き場のない怒りや責任は、外に向けられるのではなく、自分に向けられるべきです。 もし、「周りが変われば全てがうまくいく」と思う人がいたら、それは間違いであると早く気づいてください。 すべては「自分」から始まります。 自分をもっとよく知りましょう。 自分をもっと大切に扱いましょう。 自分の心の声にちゃんと耳を傾けましょう。 人生に行き詰まり変化を余儀なくされる時、慣れ親しんだ人や場所との別れがある時もありますが、それが自分にとって必要だと感じた時、勇気を持って前に一歩、歩き出しましょう。留まって変化に抵抗し、自分に我慢を強いていると、心に不調和が生じ病気になってしまうかもしれません。 人生の転機を上手に乗り切り、苦しみは新しい扉が開かれるために必要なものだと知っていれば、きっと良い方向への流れが出来ていくと信じます。
暑い日々が続いてますね。 皆様、どうぞお体くれぐれもご自愛ください。 実は先日、初めて救急車に乗りました。 いろいろとやらなければならないことがあり、体に無理を強いてしまった結果です。 検査が必要だったので病院には2泊しましたが、心配するような病気ではありませんでした。 健康であること、自由に身体が動くことに改めて感謝しました。 自分では以前よりちゃんと体のケアをしていたつもりでも、体の反応は正直で、 今回の入院で「無理はしない」と決意しました。 さて、いつもガブリエルのセッションをご予約していただき、ありがとうございます。 この度10月まで予約を承ることが出来なくなり、HPとこちらのブログでお知らせいたします。 ご予約をご希望のお客様は10月以降にメールしてください。 それ以前にメールをいただいても返信できません。 誠に勝手で申し訳ございませんが、どうぞよろしくお願い申し上げます。
寺山心一翁さんの「フィンドホーンへのいざない」という本を読み、また友人に誘われてフィンドホーンに行く前に寺山さんのチェロを聞きに行く機会があり、その時にお話されていた寺山さんのお考えに対して深い感銘を抱いていましたので、先月から朝日カルチャーセンターで始まった寺山さんの「意識の超越理論」という講座に参加しております。 先月の第一回目の講座にて、寺山さんが余命二ヶ月と宣告された癌を自然治癒されたお話をされました。それはご本人の意図する範疇でなく、癌が勝手に治ってしまったのです。 食べ物を全く受け付けなくなってしまった寺山さんは水のみで日々を過ごされる中、毎朝の日の出を見て、セロの音色を聴いて、ご自愛なさっていただけだというのです。しかしその愛は、ご自身を蝕む癌に対しても向けられていました。 癌を含めて、自分の体を愛したのです。 結果、癌は綺麗さっぱり寺山さんの体から消えていきました。 寺山さんのお話によると、体に食べ物が全く入らなくなると、体は不要なものを排出していくのだそうです。そして血液が綺麗になると自然治癒力が高まるのです。それが断食の効果です。 健康になられた今でも定期的に断食をされていらっしゃるというお話を伺い、私も断食に興味を持ちました。 私の両親は共に癌を患ったので、自分の中で抱えているのかもしれない癌の種に怯える自分を感じ、それはストレスとなって蓄積していきました。実際、母が亡くなった後より、ずっと慢性胃炎を患っています。 私も自分の体を労わるために断食をしてみようと思い、断食が出来る場所をネットで探してみたところ、「やすらぎの里」というHPが目に留まりました。 「あなたが忘れていた”やすらぎ”がここにあります。私がみなさんに感じて欲しいこと、それは”こころとからだのやすらぎ”です。私は”豊かさ=幸せ=やすらぎ”だと考えます。」という「やすらぎの里」の大沢先生のお言葉に惹かれ、早速予約をしました。温泉とマッサージが付いているのも魅力でした。 日曜日の午後から土曜日の朝までの間、いろんな人との出逢いや自然の触れ合いを体験しました。 断食コースで予約される方は通常3日の断食に回復食、普通食となるのですが、私は慢性胃炎があるため、面談の際、2日断食に回復食でゆっくり4日かけて普通食に戻しましょうとアドバイスされました。胃が悪い人は胃が空っぽの状態になると胃酸が溜まり、気持ち悪くなる人が多いとか。胃液を吐き始めて脱水症状が起こると大変だからということでした。 断食中でもお茶や水は自由に飲めます。また、しょうが湯一袋を一日三回分に分けて飲めます。このしょうが湯が心の支えになります。また、10時と18時に酵素ジュースやお吸い物などをいただけます。 リピーターが数多くいらっしゃり、いろんなアドバイスをいただきながら過ごしました。 ヨガ、気孔体操、自然の中の散歩、マッサージ、温泉と、ゆっくりと過ごしながらも体がやすらげるためのメニューが満載でした。断食をしている方々との交流で空腹を紛らわし、楽しい会話もはずみました。 3日目の朝は低血糖でフラフラになり、回復食を食べていなかったら倒れていたかもしれません。2日断食にして正解だったということです。 断食を体験して思ったことは、食を断って体をゼロにリセットした時、本当の意味で自分の体の声に耳を傾けるようになったような気がします。 今まで溜めこんでいた脂肪を体が燃やし始め、使われていなかった錆びれた体のパーツが目を覚ましたような感覚、断食反応で出てくる「ここの血流が滞っているよ」という体からのサインのような痛みの感覚、胃に何もないのに胃がもたれているような感覚… ああ、もしかしたら私はずい分胃に負担をかけてきたんだなぁと、改めて胃を気遣い、胃を大事にしなければ、と思いました。 私は冷え性で、運動して汗をかいても内蔵は冷たかったのですが、夜寝る時にお腹を触ってみたら内臓が温かくなっていて、内蔵脂肪が燃えていることを実感しました。お腹が空いていなくても口が寂しくて食べる習慣が身についていたため、溜め込んでいた脂肪を燃やす機会がなかったのです。 今までいかに何も考えず食べていたかということにも気がつきました。 体に「ごめんね。」と素直に謝りました。体のすべての器官は私が生きるために動いてくれていることを実感し、当たり前のように思っていた体のサイクルを心からいとおしいと思えるようになりました。 毎朝4:40、ウグイスの第一声の「ホー、ホケキョ」で目覚めます。 寺山さんから教わったのですが、夜明け前の日の出が上がる直前に木々が酸素を放出し始めます。その酸素で鳥が目覚めるのです。ウグイスの声は「もうすぐ日の出だよ。」という合図でした。 21時半の夜のヨガで体が眠りへとやさしく導かれ、22時消灯後はぐっすり眠っていたということもありますが、この4:40のウグイスの声で目覚める朝が何とも心地よいのです。 そして、素晴らしい日の出が見られることの喜びは言葉では言い尽くせません。 屋上の露天風呂まで上がり、海岸のほうを見ると日の出が見られます。 卵の黄味のような赤っぽい橙色のまあるい太陽が、キラキラとした光と共に水平線に現れるのです。辺りは木々が放出する酸素で溢れ、ウグイスや他の鳥たちが合唱を繰り返し、空は薄水色に変わります。こんな光景が毎朝、何億万年も昔から繰り返されてきているのだと思うと、朝が来て夜が訪れることが当たり前のように長年生きてきて、今、初めて自分はこの美しい自然のサイクルの中で生活していたのだと実感し、地球の住民であること、自分がこの自然の一部であることに感謝し、心の奥底から湧き上がる温かい気持ちで体中が満たされていきました。涙が溢れてきて、「ありがとう。」の言葉しか出てきませんでした。 最終日の朝は日の出が見られる海岸まで行き、最後の日の出を断食の仲間と海風と共に楽しみました。 断食をきっかけに体も心も新たにリセットされたように思います。自分の体と心だからこそ、自分がきちんと愛を持ってケアしていこうと思います。 「やすらぎの里」のHPです。 http://www.y-sato.com/983.html ![]()
![]() この度「フィンドホーンの魔法」を体験して帰国いたしました。 ロンドンから成田への直行便がキャンセルになり、ソウル経由で2時間も早いフライトになりました。 私が日本を飛び立った翌日に震災があったことや、2週間の留守の間に日本の人々が体験された恐怖やその後続く混乱を思うと、私の体験をここでお話することは適切ではないかもしれませんが、フィンドホーンのエッセンスを少しだけ皆さんと分かち合いたいと思います。 日本が大変な状況になり、フィンドホーンやイギリスの各地から、沢山の人々が日本に向けて祈りと愛を送り続けていたことも、この機会にご報告させていただきます。グラストンベリーで滞在したB&Bの人は、まるで自分のことのように震災に遭われた方々のことを思い、涙されていました。 フィンドホーン財団はスコットランドの北東部の端にあり、太陽の光があまり届かない荒地を開墾した場所です。 海辺に近く、そのような砂地では出来るはずのないような巨大なキャベツやカボチャが採れて評判になりました。自然との共鳴、共存、そして人々の意識が奇跡が起こしたと言われました。 (フィンドホーンの歴史についてはこちらのサイトへ)→http://www.findhorn.org/japanese/history/ 私はフィンドホーンの体験週間に参加しました。 スイスから一人、フランスから一人、アイルランドから二人、スペインから一人、イングランドから一人、アメリカから一人、オランダから一人、日本からは私を含めて三人にフォーカライザー(グループの世話人)が二人の合計13人のグループで一週間を過ごしました。日本人が三人もいたことは驚きでした。一人はイギリス在住の女性、もう一人は大学一年生のお嬢さんでした。三人とも同じ部屋で一週間過ごし、まるで昔から一緒に住んでいる家族のように親しくなりました。 平日の午前中は Work is Love in Action (仕事は愛の行動)という活動時間で、11人それぞれが役割分担して仕事をします。 私は畑仕事を担当しました。馬糞を片付けたり、畑を耕したり、土の中の古い根っこを取り除いたり、キッチンから出た生ゴミを集めて馬糞や砂や木を砂状にした材料と混ぜて肥やしを作ったりしました。3月のスコットランドはまだ寒く、時折ポツポツと雨が降ってきて、寒さに震えながらの作業はとても楽しいものとは言えないのですが、不思議なことに自然の中で体を動かしているだけで気持ちよくなるのです。休み時間に温かいハーブティ-を飲みながら周囲の人と談笑する時間は楽しい思い出となりました。 愛を持って仕事をすることがどういう意味を持つのか、それはただ仕事という決まりごとを淡々とこなすのではなく、楽しみながら、心をこめてやることです。生ゴミを集めた後、リヤカーに生ゴミを出して大きなシャベルで細かく刻むのですが、談笑しながら楽しく刻むとそれは仕事ではなく、まるで子どもの頃の遊びごとのような陽気な気分になりました。 土の中の古い根っこを取り除いていくと大きなミミズが出てきます。 「あら、ミミズさん、失礼。こちらのふかふかな土の上でおくつろぎくださいね。」とミミズを移動させます。ケイナという名前の猫が近くに来て「遊ぼうよ。」と寝転んだり、体をくっつけてきたり… 微笑ましい時間でした。 その他の時間は夜の9時半まで毎日、瞑想やダンスやゲーム、自然散策、フィンドホーン財団のゲストのスピーチなどがありました。グループの皆といる時間が増えるごとに私たちの心は通い合い、またダンスやゲームで楽しい時間を分かち合うごとに皆が仲良くなっていきました。 フィンドホーンに滞在して感じたこと、それは人々がいかに繋がっているかということです。 国籍や言語、環境や顔立ち、年齢がどんなに違っていても、通い合う心は同じということです。グループの最年少は19歳で最年長は70歳でした。私たちはお互いの個性を尊重し合いながら、助け合い、喜び合い、確実な繫がりを築いていきました。 あまりのスピードで、あまりにも濃い絆が作り上げられていきましたが、追いつけないほどのスピードだったわけではありません。一週間という時間がまるで一年もしくはそれ以上の時間の流れに感じたのは私だけではありませんでした。 世界の各地から集まった人々が、同じ時に同じ場所でお互いの心を通わせることで、こんなにも絆が深まるとは思いもしませんでした。友人というより「きょうだい」になった感覚さえありました。そして、絆が深まると心の扉は簡単に開きました。 心が開かれると『奇跡』が起こります。癒しのエネルギーが満ち溢れ、辛かったことや悲しかったこと、心の奥に潜んでいた思いが癒され、心から飛び出していく感覚さえ感じました。 フィンドホーン・コミュニティの方々の意識は高く、そんなエネルギーが集まった場所だからこそ、『奇跡』は既に『奇跡』ではなく、日常の出来事になるということも知りました。 いかに意識を高く保つか。 それがフィンドホーンという場所だから出来るのか。 私は考えました。 フィンドホーンは元々荒地でした。しかもスコットランドは寒く、雨もよく降ります。 そんな場所で巨大な野菜が収穫されたことは『奇跡』なのでしょうか。 フィンドホーンから帰宅した今、『奇跡』は私たちが心から望めば、実現可能なのだとわかりました。 人々が団結し、心の絆を深め、そして自然と調和すれば、『奇跡』は起こるのです。 私たち一人ひとりがその『奇跡』の種を持っているのです。 震災が起こり、まだ不安定な状態が続く日本で、自分たちの力を信じていこうというCMが連日流れています。皆が心を通わせて信じる力を強めれば不可能は存在しない、奇跡は当たり前に起こる、と私は思います。ひとつだけ忘れてはならないのは、自然と調和するということです。私たち人間も自然の一部であり、すべての命は母なる地球と繋がっているのです。自然と共存する環境とはどのようなものであるべきか、考えていきたいと思います。 前回、帰国したらgabrielleお食事会をすると言っておりましたが、フィンドホーンで習った簡単なダンスで心を繋いでいきたいと思います。小さなホールを借りて、午後の時間を皆さんとシェアできたらと思っております。日程は未定ですが、参加希望者はメールにてお問い合わせください。
3月10日より26日までイギリスに行きます。 滞在期間中、フィンドホーンの体験週間にも参加します。 フィンドホーンを知ったのは10年以上も前です。 gabrielleではフィンドホーンのフラワーエッセンスやスプレーを置いていました。 私の心の中でフィンドホーンは常に「いつか訪れたい場所」でした。 イギリスから帰国したら、ご報告もかねて「gabrielleお食事会」を企画する予定です。 数人のお客様より「お食事会」を開催してほしいとの依頼があり、節分明けにとお話しておりましたが、フィンドホーンに行ってからのほうがより充実したお話ができると思い、4月上旬に延期しました。どうぞ楽しみにお待ちください。 また、3月10日~26日の期間はメールをいただいても返信できません。 申し訳ありませんが、どうぞよろしくお願いいたします。
今「人生がときめく片づけの魔法」という本を読んでいます。 そして、目からウロコ状態で片づけを開始しました。すると何年も手放せなかった洋服や本をいとも簡単に手放すことができました。一度も着るチャンスが訪れなかった高価な服も、「ときめかない」という基準で手放しました。 不要な洋服を捨てられなかったのは「いつか着る時が来るかもしれない。」と思い込んでいることや、洋服に思い出があったという理由からで、本についても思い出があると感情が付いているのか、捨てられませんでした。面白かった本、自分のためになった本、好きなジャンルの本についても同様です。 ところが… この本の筆者の近藤麻理恵さんは、洋服は家じゅうの収納から全部出して床に並べ、ひとつずつ触ってときめくかどうかで残す基準を決めます。本も本棚からすべて出し、ひとつずつ触ります。収納に収まって長らく動かされていない状態のモノは、じつは寝ていて、気配が消えている、と筆者は指摘します。 書類は全捨てが基本で、アクセサリーや小物、生活用具から思い出の品に至るまで、この本のアドバイスに沿ってモノを捨てていくと、本当に自分に必要なものが何なのか、ちゃんと見えてくるのです。 筆者は「感情を信じて行動すると、すべてがうまくいく」、「モノを触ったときのときめきで判断してください」とアドバイスします。 筆者は神社で5年間ほど巫女として働いた体験がある女性で、「お部屋を神社のような空間にし、自分が住む家を清らかな空気の漂うパワースポットにすること」が裏テーマだという部分を読んだ時、それが可能であれば、どんなにすばらしい空間になるか、考えただけでワクワクして、私の胸もときめきました。 また、筆者はモノを大事に扱い、感謝する心の大切さについても触れています。不要になったモノを捨てる際も「ありがとう」という気持ちを忘れません。要らないモノを捨てることによって、残したモノとていねいに向き合うこともできるのです。そして要らないモノを買わない自分になります。自分に必要なものとそうでないものがよくわかるからです。ときめくモノだけの中で生活することで、人生はますますときめいていくのです。 捨てられないモノ、またときめかないモノの中で「なんとなく」生活している空間と、ときめくモノにだけに囲まれて生活する空間は別物になります。今の自分、これからの自分と向き合い、自分が何を欲して生きているのかも明確にわかります。 この本はあなたを「ときめく人生」に導くための参考書のようなものです。是非、読んでみてください。
![]() 昨年12月6日、アメリカのハイスクール時代にお世話になったホームステイ先のママが亡くなりました。72歳でした。 私は一昨年母を亡くし、その一年後にアメリカのママまで逝ってしまいました。 ママはとても愛情深い女性で、私を本当の娘のように可愛がってくれました。 ママは歯科医の夫のマネジメント(主に事務や経営に携わっていた)をしていた他に、ダンスやヘブライ語を教えていて、私はよくママがダンスを教えている劇場に連れて行かれました。日曜日に行くユダヤ教の協会では皆へブライ語の歌を唄っていました。ヘブライ語が得意なママが大きな声で私に笑いかけながら唄っていたことを思い出します。 ママは宗教を私に押し付けることはせず、ユダヤ教徒の断食の日であっても私にはサンドイッチを作ってくれました。 週末はベッドルームがある豪華なボートで過ごすのですが、大西洋から吹いてくる風がボートのデッキに付いている鐘をやさしく揺さぶり、静かな波の揺れと鐘の音が子守唄代わりになっていました。ママはボートに来ても海には出ず、デッキの長いすに座り本を読んでいました。ボートから離れて周囲を散歩すると大きなマグノリアの木が涼しい影を作っている美しい場所がありました。マグノリアの花が咲いた時にはその大きさと強い香りに驚きました。ママはいつも私の隣で、木や花の説明をしてくれていました。 家で夕飯を食べた後は必ずママと食器の片付けをしていたのですが、ある時ママが私に一冊の本を渡して、 「これからあなたは食器洗いのお手伝いはしなくていいから、私が食器を片付けている間、この本を読みなさい。」と言いました。 ナンシー・ドリューの推理小説でした。 ママは私に本を読ませ、発音チェックをしてくれたのです。 わからない単語に当たると、その単語の意味を説明してくれ、発声が不確かな単語に当たると正確な発音を練習させられました。 ハイスクールを卒業するための科目としてアメリカ歴史は必須だったのですが、その歴史の先生のアクセントにひどい訛りがあったため、授業を理解するのが大変でした。そんなことをママには話さなかったのに、ママは冬休みの旅行は私がアメリカ歴史が苦手だからワシントンDCに行ってアメリカの歴史を見せてあげたいと言い出しました。 ついでに従兄弟が住んでいるニューヨークにも足を伸ばそうということになりました。 12月のニューヨークはとても寒く、私たちが滞在している間は大雪でした。ママは小さい子どものように雪と戯れ、大はしゃぎしていました。 私は忘れません。 ママの笑い声、ママの話し方、チャーミングな仕草、私を包み込んでくれるような愛情… 私は自分の母とはこんなに素直な愛情表現が出来ませんでした。 ママはいつも私におやすみのキスをする時に 「大好きよ、私の可愛い子。」と言いました。 私が40度の高熱を出して寝込んだ時、夜中何度も私の部屋に来て、額の冷たいタオルを取り替えてくれました。 私が落ち込んでいる時は傍に来て、肩を抱き、 「大丈夫だから、心配しないで。私が何とかする。」と言ってくれました。 私が失敗して自分を責めていると、 「あなたは悪くない。」と本人の私よりも私の味方をしてくれました。 アメリカのケーキは甘すぎて食べられない私に手作りの誕生日ケーキを作ってくれて 「あなたの好み通りに甘さ半分よ。」とウインクしました。 アメリカのアイスティーも甘すぎて飲めないと言う私のために、私専用の甘くないアイスティをいつも作って冷蔵庫に置いてくれていました。 そして、どんなに長い年月が流れようと、ママと私は連絡し合い、再会を楽しみにしていました。なかなか会いに行けない私をママはずっと待ってくれていました。 私は大事な人をもう一人失ってしまいました。 悲しくてどうしようもありませんでした。 『セ・ラ・ヴィ(それが人生よ)』とフランス語が得意なママが耳元で囁いているように思います。 『悲しいこと、辛いこと、沢山あるのが人生よ。 でも、それと同じくらいの楽しいこと、嬉しいこともあるのが人生よ。 楽しみなさい、あなたの人生を。 立ち止まらずに、また歩き出しなさい、あなたの人生はあなたしか生きられないのよ。』 そんなママの声が聴こえてきます。 ママは幸せな人生を生きたのだと思います。 幸せな人生とは、当たり前にある悲しみと喜びを受け入れ、人生の意味を理解し、次に進むことなのかもしれません。 私の母の人生、アメリカのママの人生は幸せな人生だったと思います。 なぜなら二人共、とても深い愛情を周囲に与え、意味のある人生を全うしたと思うからです。 愛情深い二人の母に出逢わせてもらったことに感謝せずにいられません。 二人からもらった永遠に枯れることのない愛情は、私の心に生き続けます。 私は、二人の母からバトンタッチをして、この決して絶えることのない深い愛情を私の周囲に与え続けていこうと思います。 私の息が絶える時まで。 ママ、ありがとう。感謝の気持ちでいっぱいです。 心から冥福を祈ります。 |一覧| |
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