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私が間近で見た学級崩壊2 90年代後半に転勤をして、4年生を担任しました。前年度は相当荒れていたと言ううわさです。すぐにスネて学校を飛び出す(そのたびに他の学年まで授業をストップして自習にして捜査)、授業中に立ち歩く、モノを投げる、もちろん教師の指示はまったく聞かない。3年生にして担任(ベテランの男性)は面前で呼び捨て、馬鹿にした挑発行為を繰り返す。 私のクラスだけでなく、両隣が荒れています。よその教室まで入り込んで指導をする必要が出てきます。 保護者は担任と学校に対しての不信感をあらわにし、その不信感がまたもや子供を勢いづかせる結果になっていました。 4月の家庭訪問では学校に対しての文句をずいぶん聞かされました。 15分刻みで次々と訪問しているというのに、ある母親は、怒りが収まらず、1時間以上私に文句を言い続けました。「込み入った話は、後ほど時間をとらせていただきますので・・・」と言っても聞いてくれません。ボロカスに言われました。私は転勤してきたばかりだったので、目を白黒させて話を聞くしかありませんでした。後で聞くとこの親は、クレーマーで、昨年度は校長室に乗り込んで管理職と担任をつるし上げたということです。 まさに、時間との戦いで、子供にも保護者にも早くこちらを向いてもらわないと、どんどん事態は悪くなっていくのが見えました。 誰もこの学級の担任を持ちたがらなかったので、転勤してきた私に持たせたというのが実情のようでした。 困り果てました。 もっとも手を焼いたY君がトラブルを起こし、家庭訪問をしたときのことです。母親に、Y君とクラスに対する「立ち直ってほしい」私の思いを十分に伝えたうえで、申し出ました。 「この先、私の力が及ばなくなる可能性が大きいです。Y君は口で言っても聞きそうにありません。申し訳ないけれど、私には、彼を口だけで指導するだけの力量がありません。場合によっては体罰をしてもいいですか?」 親は、自分の子供が荒れていることを恥ずかしく思っておられて、人様に迷惑をかけていることを実に申し訳ないと感じています。 「はい、どうぞよろしくお願いします。」 と、答えてくれました。 その後、Y君が2度ほど許せないことをしたときに、私は鉄拳制裁を加えました。みんなの前でです。 早期であれば、鉄拳制裁は利きます。その他にもかなりの荒療治をやりました。とにかく、教室が不安定に揺れているような状態を止めなくてはなりません。トラブルの連鎖を切らないことには授業ができません。それやこれやで、やっとY君やクラスがこちらの指示に振り向きやすくなりました。5月ごろに子供たちの立ち歩きがなくなった頃には保護者は私を全面支持してくださる様子になってきました。 その後は和気あいあいと子供たちの成長について語り合える状況が生まれました。Y君はどんどんと落ち着く方向に変わっていったし、クレーマーの親は、子供が卒業するまで向こうからニコニコして話しかけてくれるようにまでなりました。 当時はまだ、こちらが努力をする姿勢を見せれば、親は学校の方を向いてくれました。1950年代生親は、かろうじて、なんとか、なったのです。 [保護者問題(親問題)]カテゴリの最新記事
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