|
|
|
|
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
|
│<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く |
最近、なんとも痛ましいとともに恐ろしいと感じるニュースについて考えた。
そう、福島県、大野病院事件のこと。先日、亡くなられた妊婦さん遺族の陳述があった。「医者も誰も悪くなかったのなら、なぜ、娘は死んだのか?」「医師も一人前の大人ならば自分の言動に責任をとってほしい」「病院の壁は厚く、真実がわからなかった。警察、検察のみなさん、ありがとうございます」などと次から次に辛辣な言葉が遺族から飛び出した。 ご遺族の深い悲しみと今でも死に至る病があるのだという事を受容できない哀れさがなんとも痛ましく感じるとともに、これほどまでに憎しみを増幅させ続けている事に恐ろしさを感じた。ちなみに、彼らは担当医に墓前に土下座までさせているにもかかわらず、憎悪をおさめられない。 訴訟を起こすという事は、被告を非難にさらすとともに原告も批評にさらさざる得ない事を覚悟しなくてはならない。この件については担当医無罪を疑う医師はいないだろう。医師側から見ると原告はかなりの無慈悲な非難を担当医にぶつけているとしか思えない。気持ちはわからないでも無いが。 稀な病気とはいえ、自分の執刀で亡くならせてしまった医師は今もああすればよかった、こうすればよかった、と悶々と反省しているに違いない。真っ当な医師ならば誰でもすることだ。救いがたい症例であったとしても、他にできることがあったのではないかと自問自答するものだ。亡くならせてしまって、最も苦しんでいるのは他でもない、担当医である事に想いを馳せられないものだろうか。 おそらく、一審は無罪になるだろう。すると、このままなら上告するのだろうか?いったい、どうしたら遺族の気が済むのだろう?既に担当医は診療できず、社会的制裁を嫌というほど受けている。この上、上告されたら、さらに制裁が続く。医学的には無罪だと推定されながら、土下座までさせ、社会的制裁を加え続けても、恐らく、遺族感情は納まらないのだろうか?。医師の腕を切り(既に事実上、切られているが)、死刑にまで追い込めば気が済むのだろうか? 実はこのケースに限らず、どうやってもわかり合えない、避けがたかった死、避けがたかった悪い結果をご理解頂けない日本人が増えている。一度、感情がもつれると、どのように説明しようと理解頂けなくなる。たとえ、真実を話していても、言い訳をしているとしか思われない。 「今、遺族には逆風が吹いている」との陳述もあった。現代医療の限界を知らしめられる事を受容できないでいる。医者はどうしたら、ご遺族を救えるだろう。そして、誰がご遺族を救えるのだろう? 現代日本は全てが快適に、便利になりすぎた。そして、人間が何でもおさめられ、そして何でも手に入れられる錯覚に陥っている。不完全なものの存在を受容できない。そして神様、悪魔の存在を忘れてしまった。私は無宗教だが、それでも神様はいると思っている。人知の及ばない事が今でも山ほどある事は、神の存在を考慮しなければ説明できない。日本の医療界は努力し続け、世界一の長寿、世界一の新生児低死亡率を手に入れた。それなのに、ますます国民は訴訟で医療界をなぶる。人間が神様に作られた不完全な代物である事を忘れ、雨にも負けず、風にも負けず、日本の医療界が崇高な努力を続けてきた恩恵を享受している事を忘れた。 医者は神様の作られた不完全な体と神様のいたずらに、必死に知恵を絞って治そうとしているのだが、未だ神にはなれないのである。そこが理解頂けなければ、永遠の訴訟地獄、怨嗟地獄に陥ることになる。産婦人科と外科は特に神の存在を身近に感じる科なのだが、神を忘れた人々との意識の乖離が大きくなりすぎた。 「大野病院でなければ死ななかった」という恨みも聞かれた。そうだったかもしれないし、そうでなかったかもしれない。しかし、田舎で育ち、地元で出産できること、というのが誰しもの願いだと思う。大野病院でなければ、という仮定はさかのぼると福島に住んでいなければ、福島で生まれていなければ、というむなしい仮定に遡ることになる。 日本中に標準医療が行き届いたが、都会の濃厚な医療環境をお望みであれば、その差が生じる事は否めない。中央の最先端医療を国中の隅々まで普及させる事は所詮、不可能な事なのである。むしろ、今は行き届いたはずの標準医療まで田舎から奪われ始めたことからわかるように、都会並みの濃厚治療であれば死ななかったかもしれないことを田舎で望む事は、残念ながらもとより困難である事を覚悟しなくてはならない。そういう事を望むのであれば、全妊婦を都会へ紹介するしかない。それこそ、今行なわれている不便な集約化が大多数のお望みなのだろうか?誰しもが、都会へ出られる訳ではない。となれば、どこかでその地方で受容可能な医療の限界をあきらめていただくしか他はないのだ。そこで可能だった最善の医療を施されたのなら、良しとするしか心が救われる道はない。 「医者も誰も悪くなかったのなら、なぜ、娘は死んだのか?」>すいません。どうしても、救えないことがあるのです。すいません。 私は運命論者かもしれない。かの妊婦さんの死は、こうして日本中に日本における物理的、哲学的医療危機を知らしめ、真の医療改革の胎動を喚起した点で、既に無駄ではなかったと思える。ご遺族にとっても死を無駄にせぬようにしなくてはならない。それは担当医を罰し、憎しみ続ける事ではないはずだ。 ねがわくば、裁判官が北の訴訟をおさめられる方である事を祈る。 [医療]カテゴリの最新記事
どちらの気持ちも、本当にどうにも・・・当事者で泣くとも、明日はわが身、近しいものの身で、どうにか本当にしないと・・・一つには、やはり、無過失保障制度なのでしょうが、それだけでなく、もっと根本的に、変革しなくては・・・
大きな力が必要ですね。 そのマイルストーンはどのようなものでしょうか・・・。(February 3, 2008 19:48:31)
はじめまして。私もスウエーデンに住む医療関係者です。
おっしゃること、全てそのとおりと感じます。医療では患者さんを含め全ての関係者が「病気を治す」という同じ方向を目指すー敵が存在しないーことが素晴らしいと思い、そのような職にあることを幸せと感じてきました。 しかし人間は神ではありません。ミスもあるであろうし、ミス以前に、全ての患者さんを救える訳ではありません。救えない患者さんを救えなかったことで医療行為を否定されてしまうなら、外科医である私はメスをおろすしかありません。 スウエーデンの医療現場では、今は少なくともそんな状況ではないと感じていますが、もしかすると全世界的な流れなのでしょうか。 こちらにいると日本の医療の良さがわかりますよね。日本人が日本の医療の素晴らしさを理解せず、欠点を指摘する方向に進んでいることを本当に悲しく思います。(February 3, 2008 20:48:31)
こんにちわ、ま~さん
>やはり、無過失保障制度なのでしょうが、それだけでなく、もっと根本的に、変革しなくては・・・ >そのマイルストーンはどのようなものでしょうか・・・。 今の日本人の意識レベルで無過失保障制度をいきなり始めたら、保証内容に納得しない人が担当医を刺す人が現れるんじゃないかとすら心配です。スウェーデンの保証は日本人の期待賠償額の微々たるものしか出ません。それも、無過失を認めるハードルは高そうです。なぜなら、医療の専門家が医療内容について審査するのです。日本やアメリカのような大盤振る舞い判例は期待できないでしょう。 時間をかけて、生命と医療に対する誤解を解き、啓蒙を行なうこともしないといけないのでしょう。この点に関してはもはや、医療界だけでは無力に感じます。今こそ、宗教や哲学の救いが必要とされていると思うのですが、ほとんど、発言されてこないですね。私の勉強不足でしょうか? (February 4, 2008 13:57:25)
はじめまして、jasmineさん
>はじめまして。私もスウエーデンに住む医療関係者です。 いつか、スウェーデン暮らしの御指南、いただきたいです。 >スウエーデンの医療現場では、今は少なくともそんな状況ではないと感じていますが、もしかすると全世界的な流れなのでしょうか。 全世界的な流れではないように思います。アメリカを後追いしてきた日本社会において、アメリカ以上に愚かしく先鋭化した流れだと思います。通常医療行為で逮捕なんて、日本以外で聞いたことがありません。この事件の重大性は遺族のみならず、警察までもが、医療に対する正常な認識を失っていることが示されたことだと思います。一昔前の警察は医者には一目置いてくれたものです。少なくとも敬意を払ってくれました。いまや、日本の医者は犯罪者予備軍の扱いですから、やってられないと感じる医者が出て当然のひどい環境です。日本固有の異常事態だと思います。 スウェーデンの若い世代は詳しい説明を求めたり、過誤を申請しやすい、と同僚は言うのですが、日本人に比べたらかわいいもんです。 >こちらにいると日本の医療の良さがわかりますよね。日本人が日本の医療の素晴らしさを理解せず、欠点を指摘する方向に進んでいることを本当に悲しく思います。 本当にそうですよね。自由に好きな病院をアクセスでき、適切な病院へ紹介してもらえる。しかも、その選択肢もいくつもある。そして、全国各地で標準レベルはもとより高レベル医療が受けられる。さらに高度医療でさえ、各病院での腕前の格差が少ない。しかも、こんなに便利で質が良いのに安い。 以上のことが、他の国ではあり得ないことを知らないんだから、なんとも愚かしい。こんな医療を受けられる国は日本しか無いのに。今のように政府と国民に大事にされないなら、世界一の日本の医療システムが滅ぶのも仕方のないことでしょう。(February 4, 2008 14:25:44)
ミスがなくても、病気で死ぬんですよね、人間は。
日本は、平均寿命も、周産期死亡率も世界一ですけど。 日本人が不死身ってわけではないし、周産期死亡率もゼロではないですから。 それは、医療ミスとは関係ありませんから。(February 18, 2008 21:26:17)
遅くなりました。初めまして、Dr. Iさん
ミスでなくとも、確かに亡くなることはあるんですが、そこをどうしたら救えたか、という検証は大事だと思うんです。 この件に限らず、残念な結果に終わったケースについては、やはり、反省点はあると思うんです。本件は医師は与えられた環境でベストを尽くしたと思います。しかし、事後にどうしたら、患者さんを救える可能性があったか、という検討は必要だと思うんです。釈迦に説法ですいません。医師を囲む労働環境はどうだったか、患者家族の術前の希望はどうだったか、具体的な病態はどうだったかなどですが、複合的なそれらの要因を冷静に再検討し、今後に役立てて行かなければいけないはずなんです。それが、真っ当にできる環境に無い日本の現状がなげかわしいです。 今のヒステリックな日本では反省点があったと言おう物ならイコールミスがあったと言い換えられてしまう現状ですので、症例を未来に活かすことすら不可能になりかねません。冷静な検討をすっとばして、与えられた環境の中で最善をつくした医師を逮捕なんて、先進国のやることとは思えません。(February 20, 2008 07:30:15)
世の中、すべて己の思うようにはならないのだ・・・これは、小生が信奉する良寛和尚の教えに通ずる。
「災難にあうときは遭うがよろし、病むときは病むがよろし、死ぬときは死ぬがよろし」 今回の無罪判決を予見され筋の通ったあなたの論評に脱帽。 東洋的諦観に基づいた感のある今回判決を100%支持します。 遺族には不満が残るだろうけれど。 これでいいのだ。(赤塚調) (August 24, 2008 14:38:42)
はじめまして、かまきりさん。
遅くなりすみません。書き込み、見逃していました。 こんかい、つくづく、ご家族もお気の毒だと思うのが、心の痛み、怒りのやり場をどうしたらよいのか、なんですよね。裁判は癒しにはなりません。宗教、信仰の出番でもあると思うのですが。 たとえ不可抗力であった不幸な事例であっても、これでいいのだ、とあきらめられないのが、医者です。そこから後世にいかせる物を学び取り、いかそうとするのが医師の態度です。そこに警察やメディアが土足で上がり込んできては、反省や検討する事すらできなくなってしまいます。それでは、進歩が無くなります。さらに、危険な兆候は地下に潜りかねません。 (August 27, 2008 03:50:10) │<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||