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月刊スカパー! 2012年6月号 / 月刊スカパー! 【雑誌】 市川亀治郎さんにインタビューをしました。 「月刊スカパー!」6月号の 「今、歌舞伎が面白い」という特集記事です。 3ページいただいたので、 彼へのインタビューのほかに、 初心者向けの「歌舞伎鑑賞のイロハ」もまとめてあります。 (「月刊スカパー!」にはいろいろな種類があります。 私も最初リンクを間違えて貼ってしまいました。480円のものです) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 続けて、香川さんへの取材も予定されていましたが、 時間の都合などでなくなってしまいました。 ザンネンだなあ、いろいろうかがいたいことがあったのに、 でも、お稽古も大変そうなので、またいつか…と思っていたら、 とってもいい記事がありました。 長めですが読みやすく、そして読み応えがあり、お勧めです。 香川さんって、正直な人だよね~。 40過ぎると、鎧を捨てて、ハダカで勝負できるようになる。 この前NHKの番組「旅のチカラ」で、 京劇に入門して葛藤する香川さんを追っていた そのときも思ったことだけど、 今回のインタビューで、 そのむしゃぶりつくようなまっすぐさの根底に何があるか、 ちゃんとわかった気がします。 めちゃくちゃ応援したくなりますよ、彼を。 「10年前では準備ができてなかった。10年後ではもう無理だった」 追善公演という節目を今もらったことへの感謝に溢れています。 http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/120527/ent12052718010012-n1.htm
よかった! 目に焼き付けた仁左衛門の一世一代の与兵衛の完成度とはまた違った、 「初犯」を目撃した感あり。 仁左衛門は1つの殺しの中に、殺人者の気持ちすべてを入れ込んだ。 愛之助は、流れである。 与兵衛という男が、改心し、もう親に心配かけたくない、と思ったからこそ 「どうしょう、どうしょう……」の果てにやってしまった殺人。 彼の殺人現場の目撃者になってしまった私たち。 そんな感じである。 福助のお吉が与兵衛の殺気を感じてからの表情がよい。 与兵衛の一挙一動を見逃すまいとみつめるその目。 昨日は外国人の観客も多かったが、 なんの台詞がなくても生き物の本能として分かる戦慄。 天敵に追い詰められた鹿かウサギの目である。 「死にたくない、死にたくない……」といいながら逃げ惑うお吉と 暗闇に撒かれた油に足をとられながらも確実にとどめを刺そうとする与兵衛の絡みは、 力みなぎるクレッシェンドや美しいストップモーションを見せ場としながらも、 段取り臭さを感じさせず、殺戮の「流れ」をはずさない。 そのリアリティがあればこそ、 「やってしまった」後の与兵衛のうろたえ方にも納得できるし、 花道を駆けていく彼の行く手に絶望が見える。 仁左衛門のときは、 チンピラがこれを「端緒」として稀代のワルになっていくどす黒さが見えた。 それとはまったく違う、 「普通の人」の心の闇が見えた感じがする。 義賢をやったあたりから階段を一つ上がった愛之助。 自分らしい魅力を開花させつつ、 仁左衛門のおしえをよく体得し、遠めにもわかる端正な美しさが心強い。 次の演目が、また楽しみである。
◆現品限り◆【中古】【洋画DVD】シマロン※吹替なし/リチャード・ディックス、アイリーン・ダ... ひっさびさに映画の話題。 古い映画で、長い映画でもありますが、 西部開拓時代のアメリカの良心を描いて素晴らしい作品です。 いうことやることは大したものだけど、 家庭を顧みないお調子者とその妻の理想と現実を、 この時代に、この時代背景を利用してつくったアメリカ人に拍手! 数少ない西部劇ジャンルのアカデミー賞受賞作品だそうです。 ただの西部開拓劇とあなどるなかれ。 今見ても、現代の男と女そのままじゃん、と思える普遍性がすごい。 江戸時代あたりのキップはいいけど奥さんは大変、的な歌舞伎にだってなりそう。 故郷を捨てて夫についてきた女の気持ち、 働く女性の気持ち、 子どもの将来を考える母親の気持ち、 糟糠の妻の夢、 夫の長い不在を生きる女の気持ち、 分かり合えたのか、分かり合えないのか、など、など、など。 男と女の間の深くて暗い川のお話である。 最後の最後まで見て、味わってほしいです。
今日のお昼に放映されていました。 やはりすごい! 特に、高僧として出てくる前半の殺気はただものじゃない! そしてお囃子がよい。 お囃子の演者もよいが、曲がよい。アレンジがよい。 実は、昨日新橋演舞場で「椿説弓張月」を見てきたのですが、 まあ、見どころもあったものの、大味でして。 三島由紀夫が滝沢馬琴の作品をベースにつくった歌舞伎ですが、 スペクタクルとしての舞台装置とかは興味深くみたものの、 場面の進め方、演じ方に必然性が感じられない部分が多く、 のめりこめないままでした。 話もそうですが、音楽があまりに凡庸というか、 「どうしてそこで鼓がポンポン鳴るのかな~」とか、 「今そんな料亭から流れてくるようなお囃子が必要かな~」とか、 ものすごく違和感があったんです。 今日、「土蜘蛛」を見て、 やっぱり名作というものは違うな、と。 曲がよく、だから演者もよくなり、理想が高まり、全体が締まる。 何度も再演されることでさらにブラッシュアップされる。 その繰り返しが芸術を芸術たらしめるんだな、と思いました。 「土蜘蛛」2月の公演観劇レビューはこちらです。 追伸。 「椿説弓張月」の収穫は、とにかく七之助。 このところ、ずっと平成中村座で見ていたので、 大きな舞台で見るのは久しぶりだったのですが、 演舞場の真ん中でピンで立っているのを見て、 どっしりと映えるスターになったと改めて実感。 台詞回しが美しく、感情の機微が丁寧。素晴らしい!
更新最後が4月28日か~。 怒涛だったからな~。 4月中旬からインタビューのお仕事が3本入って、 そのうち1本は5月1日が締切り。 もう1本は、締切りが5月7日にもかかわらず、取材日が決まらないまま27日に。 私は27日から旅行に行くはずだったから、 「一体、いつになるんだ~!?」状態で、そのまま予約の新幹線の時刻が迫る、 みたいな。 結局、取材は5月1日、ということになり、 旅行は前半をキャンセル、後半のみということにしました。 とりあえず、旅行の間は楽しく~、と思っていたが、 1日入稿した原稿の修正が入り、旅先で仕事~。 まあ、これは短時間でスムーズにいったほうかな。 旅行から帰ると、そこから7日まで怒涛の原稿執筆。 追加取材(個人的にイベント参加)、関連本2冊追加読破のおまけつき。 この1日の取材については、本決まりの記事のほかにもう2本関わることになり、 9日くらいまではアップアップでした。 その後は、このところ恒例の年に1度の大きな仕事があり、 やはり4月中旬から準備を進めていたのですが、そちらが佳境に。 昨日、夜の11時に責了でした。 印刷所の方、最後までおつきあいありがとうございました。 来週は山口県のほうに出張でございます。 これも年に1度のビッグイベントでして、 再来週の初めの記事アップに向けて、5月はほんとにあれこれ大変。 しかし、 そんななかでも多少の観劇はしております。 以上のような予定なもので、いつもの月よりは少ないですが。 渋谷のヒカリエで行われた亀治郎さんの「亀博」はとても充実していました。 平成中村座の昼の部に行き、 今日は新橋演舞場で三島作品を。 そういえば、浅草は今日から三社祭ですね。 雨も上がって、よかった、よかった。
レビューの更新がまったくもって停滞しております。 GW前にいろんな仕事がたまってしまって、 何もかもやりっぱなしの状態。 性根を入れ替えて生き直さねば、と気持ちだけ前のめり。 アタマもカラダもなかなかついていけません。 言い訳はそのくらいにして。 【歌舞伎】 「四月花形歌舞伎」(昼の部)@新橋演舞場 「四月花形歌舞伎」(夜の部)@新橋演舞場 「絵本合邦衢」@国立劇場 「四月大歌舞伎」(夜の部)@平成中村座 【ミュージカル】 「エドワード8世」(月組)@東京宝塚劇場 【演劇】 「シンベリン」@さいたま芸術劇場 「王女メディア」@世田谷パブリックシアター 「陽だまりの樹」@池袋サンシャイン劇場 【舞踊】 「第19回別会・梅津貴昶の会」@国立能楽堂 《今月のMVP》 最優秀作品賞に、「シンベリン」を。 最優秀主演女優賞は、大竹しのぶ 最優秀主演男優賞は、吉田鋼太郎 最優秀助演男優賞は、勝村政信 ここまで「シンベリン」関係です。 私の中では、この舞台がダントツでした。 最優秀新人賞に、吉川晃司(「ひだまりの樹」) 彼は俳優としてはキャリアが長いですが、舞台は初だそうです。 今回、青山の国立能楽堂に初めて行きました。 すばらしい建築と空間で、その品の良さに心洗われました。 観たのはお能ではありませんでしたが。 また訪れたい場所です。 今月、来月、と 宝塚の方、歌舞伎俳優の方のインタビューが複数あり、 そのためにDVDなども多数見たりしています。 ほかにも心動かされることがいろいろあったんですけど…。 Twitterなみのつぶやきだけでも書いていくべきかな~、など 考えてしまいます。
20世紀バレエの巨匠・モーリス・ベジャールに師事し、 その後NDTllなど世界を活躍の場としてきた舞踊家・金森穣さん。 2004年からは、 りゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館の舞踊部門芸術監督として 劇場専属舞踊団Noismを率い、新潟から世界へ発信を続けています。 3月30日にNHKホールで行われた『NHKバレエの饗宴2012』で上演した Noism1の『solo for 2』では、圧倒的な身体能力の追求と世界観で Noism初体験のバレエファンたちの心をわしづかみにしました。 6月の公演『Nameless Voice~水の庭、砂の家』に向けて、 金森さんのインタビューをしました。 記事はこちら。「レプリークBis」などを編集している アンファンさんのウェブサイトomoshiiです。 今回が最終章となる「見世物小屋シリーズ」の全体像も含め、 かなりじっくり聞いています。ぜひ一度お立ち寄りください。 印象的だったのは、 「私は、自分の中で答えがわかっているものを共有したくて伝えているわけではなく、 あくまでも自分にとっての疑問であること、その疑問をこそ、共有したい」 という言葉。 そっか~。 だからNoismの舞台を見るとき、ただならぬ空気に包まれるのね。
夜の部も行ってまいりました。 亀治郎の勘平は、錦絵から出てきたようで、美しかったです。 福助のお軽もいじらしくて、感情の機微がよく伝わり、 夫のためとはいえ売られる哀しさ、 身請けが決まり、その夫のもとに帰れるうれしさ、 ところが夫は死んでしまったと知ったときの呆然、 どれもこれも、身に伝わってきました。 やはりこの座組では福助の実力が浮かび上がってきます。 この2人が、様式を踏襲した型の連続でありながら、 その一つ一つの動きのどれをとってもリアルな感情の裏打ちがあるのに対し、 中村獅童の斧定九郎は、 前半はなかなかよかったものの、撃たれてからの断末魔は、 型をなぞるだけで、その形の意味がついてこなかった。 滑稽ですらあった。 染五郎の由良之助は、昼の部よりはこなれていたと思います。 ただ。討ち入りの場面では、もっと貫禄が欲しかった。 討ち入りといえば、 やっぱり小林平八郎と竹森喜多八の立ち回り! 錦之助と歌昇(現・又五郎)の鬼気迫る殺陣は忘れがたいが、 今回の亀鶴(平八郎)と萬太郎(喜多八)もスピーディーかつ遊びもあり、 非常に絵になった。 絵になるといえば、絵にはなっていたが、ひとこと発したその瞬間に、 すべてが瓦解してしまったのが、児太郎。 国生は伸びたから、児太郎もいつか伸びるだろうと、希望はまだ捨てない。 が、児太郎、向いてないんじゃないかな~、お芝居。 亀寿、亀三郎は、夜の部もよし。 私は、台詞がくっきり響く役者が好きなのだ。 「声より、顔よし、姿よし」が歌舞伎役者の三拍子。 声が一番にくるっていうことは、昔から決まっている! 最後に。 亀治郎の勘平が、藤十郎を踏襲した上方のやり方だ、というのは知っていた。 上方は、リアルである。 なるほど、亀治郎が表す感情には、どれも説得力があった。 しかし。 いい人すぎないか? 勘平。 江戸式の、「情人(いろ)に耽ったばっかりに」の台詞を、 亀ちゃんは、言わなかった。ていうか、言わない勘平を演じた。 が、私は好きなのだ。 あんなこと言っちゃうイケメンダメンズ勘平が、 さっきまで舅殺しをめぐって罪悪感のかたまりだったのに、 元上司の登場に、そそくさと身支度して髪までなでつける、 そんなワルいオトコがステキ! は女心? 上方のリアリズムも好きだけど、 ここは江戸のデフォルメが好き。 いろいろあって、それがいい。(最後、金子ミスズみたいになってしまった)
若手による忠臣蔵の通し狂言である。 昼の部は大序から松の廊下、切腹、明け渡しと、お軽・勘平の道行まで。 人形による口上、そして 大序では人形のように目を伏せ不動だった役者たちが、 浄瑠璃で自分の役の名前が登場するなり目を見開き生気を発し、 人形から人となって物語りを生き始める、 あそこが大好きである。 そんな大好きな忠臣蔵。 若手によるほぼ初役での挑戦ばかりであるから、 やはり実力不足は否めない。 あと、やっぱり歳をとらないとできない役ってある。 たとえば、高師直。松禄は、ちとつらい。 つらいといえば、由良之助もつらい。染五郎、ちょっと弱い。 由良之助って役の大きさ、とてつもないね。 居並ぶ面々にぐうの音も言わさぬだけの、 そう、卓球女子の平野選手の向こうに炎の中に仁王立ちする不動明王が見える、 みたいな、そんな圧倒されるくらいの存在感が必要なのだ。 それと、こんなに台詞、大変だったっけ。 これまで見てきた由良之助の役者たちが、いとも簡単にやっていたから初めてわかる。 そんな中、塩冶判官の菊之助は、絶品。 菊之助もだけど、愛太夫さんの浄瑠璃、淳一郎さんの三味線が半端なかった! このコンビ、大序でも最初の一声から大きく響いて素晴らしかったが、 判官が最後に首に召すところなど、ピキンと三味が入って臨場感ありまくり。 そういえば、菊之助の切腹は桜丸に続いて2度目。 同じ切腹でも、全然違ったな~。 桜丸のときは、その覚悟がもう哀しくて哀しくて。 判官は、まだ達観してないっていうか、静かななかにも怨念が渦巻いている。 松也の顔世もよかった。 この人は、台詞が美しい。 また「これを見や」と、髪を落としたところから、 思わず遺骸に近づこうとするところまで、判官に対する思いが見てとれる。 「武士の妻には是非もなく」の浄瑠璃を、きちんと表していた。 あと、 大序で足利直義の亀寿が立派でした。 ただの飾り物ではなく、ちゃんと意志を持っていて、さらに高貴。よかった。 亀治郎・福助のお軽・勘平は、夜の部を見てからにします。
さいたま芸術劇場が蜷川幸雄を芸術監督に迎え、 「シェイクスピアは全部やる」を掲げたのは、1998年。 今を去ること14年前である。 その理念と継続の力が、この「シンベリン」を「名作」に仕上げた。 こんなに「大したことない」話に、 ここまで説得力を持たせ、リアリティーを持たせ、大団円がうれしくなる、 そんな演出をした蜷川幸雄という人に、ただただ脱帽。 そして、 ここまで揃えられるかっていうくらいの俳優達が舞台上に集結。 蜷川の求めるものを、体現できる人々ばかりである。 「笑い」のツボを心得た3人の名優たち。 タイトルロール・シンベリン役の吉田鋼太郎、 おバカな王子・クロトーン役の勝村政信、 そして、あちこちで笑わせながらも 「不義って何?」のひと言だけで観客を涙させる、大竹しのぶ! 手だれである。 彼らの間合いとトーンの緩急は、ロンドンでもきっと人々のハートをつかむだろう。 かたや、フレッシュな若者たちの挑戦。 つい最近、ネクストシアターでハムレット役を好演した川口覚が、 透き通った素直な声で、またまた「隣りの青年」のごとく懐に入ってくる。 逆に浦井健治は、ファンタジーな役どころをファンタジーとして演じきる。 野生味と品格を併せ持つ甘辛の魅力。「実は王子」にふさわしい。 早口で情報過多なシェイクスピアのセリフを、 1人ゆっくり、噛みしめるように吐く窪塚洋介の存在感。 動の中の静、笑いの中の孤独、幸福の奥の地獄。 最後まで、1人だけ幸せになれない男を演じきった。 阿部寛もよく頑張った。 たまにセリフがもごもごするものの、 まっすぐすぎるのも困ったもんだの男の直情を、どこまでも突き進んだ。 ありったけの言葉で「女」を呪う場面は圧巻。 つかさん、天国で見てるでしょうね。 それにしても。 台詞を決して変えない蜷川が、 ただ一つの読み替えを行った。 その一つの読み替えが、舞台をつくり、クライマックスをつくり、 そして、結末のゆくえをつくった。 あまりに安直、とする向きもあるかもしれない。 しかし、 あの造形と、そしてサイレンの音とが、 私たちにこの、とんでもなくドタバタなかの国の大昔のロマンス劇を より身近なものに、よりリアルに、説得力をもって感じさせているのは確かである。 パンフレットには、 この「シンベリン」はヨーロッパの近代演劇ではうまく料理しきれないから、 日本的、アジア的なテイストでやってみてくれ、蜷川、っていう感じで振られた、 と蜷川が思っている点が書かれていた。 そのもくろみは、当たったね。 これは、まさに歌舞伎なのだ。 「やつし」つまり、「実は」「実は」の多重構造。 男が女に、女が男に、の構造。 死んだと思っていた人が、生きている構造。 仇が、実は親子だった、の構造。 怨念がほとばしる構造。 そして「くどき」の数々。 だまされて、誤解されて、しかし最後にすべてが溶解する構造。 死んだ人が、生きている人に作用する構造。 死体と愛欲が隣り合わせの構造。 南北さんの世界、ですよ。 現在、日本経済新聞に連載している「私の履歴書」で蜷川は、 子ども時代に母親に連れられて、よく歌舞伎やらオペラやらを観たと書いている。 歌舞伎で、暗闇を、無言の手探りでたくさんの人がうごめく「だんまり」を 子ども心に面白いと思った、という。 その一節に当たったとき、 彼の舞台上に必ず現れる「スローモーション」は、「だんまり」なんだな、と 妙に納得できた気がした。 とにかく。 複雑すぎるストーリーなのに、前半1時間があっという間にすぎる。 白雪姫の継母をほうふつとさせる鳳蘭の怪演にも注目。 観るべし。 │<< 前のページへ │一覧 │ 一番上に戻る │ |