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疲れと鬱感が強く何もする元気が湧きません。 咳と鼻水の症状としては風邪なのですが 熱は7度以下なので花粉症かしら。 いやもう、来週乗り切れるかどうか すごく心配です。 バイトが・・・。 主人が癌とわかって たぶん他の方と同じように 色々な方のブログを読みました。 ちょうど同じころ発病した方のブログは 特に大切に欠かさず読ませていただいています。 そういう方々のブログを もう1年も追いかけていますと、 食事療法は難しいな というのをつくづく感じます。 漫画家のデビューと同じで 皆最初は張り切るのですが 続かないんです。 あと、 どうせ死ぬなら 好きなもの、 美味しいものを食べていたい というご意見が圧倒的に多いです。 これはこれで考えてしまいます。 「好きなものを食べて死にたい」 って、本質的にはどういうことなんだろうって。 このごろ、 主人の癌が発覚したと言うことは 本質的にはどういうことなんだろうって思います。 癌でなくたって明日死ぬかもしれない ということは皆理屈では分かっているけれど 考えないで生きていた でも癌は「余命」をつきつけてくるわけです。 で 余命ですけれど 1年ならいいのか 5年生きればいいのか 10年生きれば万歳なのか・・・。 理想は「君に読む物語」みたいな終わり方ですが そうはうまくは行かないでしょう。 それと気になるのは 癌になった人は 癌で死ぬのか?ということです。 癌発覚後、20年とか50年生きても、 結局最後は癌で死ぬのでしょうか。 ・・・そのあたりがちょっと謎なのです。 吸血鬼の「永遠の命」の問題みたいに。 どういう治療を選ぶかと言うのは その方の癌の性質や かかっているお医者さんや病院の質や方針 あと親族の方々のご意見など 色々ありますから 一概に言えないと思うのですが (そういうこともだんだん見えてきますね) 私にできることは食事くらいしかないし 食事でずっと直接に主人の治療の一端にかかわれるのなら こんなに嬉しいことはない (何もできないのは辛いので) と思って始めた癌食。 なんとなくそれが今のところは巧く行ってるらしく そうすると、さきほどの「余命」の問題が 私の中にもだんだん強く迫ってきて これから死ぬまでをどう過ごすか 考えてしまいます。 私の場合は 「なにかを残したい」 とか 「今までやってきたことを形にしたい」 という思いがあります。 主人についても あんなに才能のある人なのに まだちゃんと残していないんじゃないかな と思っていて それが癌に対しての最大の抵抗力になっています。 逆に何かをきちんと形にして残せたら もういいかな と言う感じはします。 でも今は風邪で気分低下 だらだらと貴重な時間をつぶすだけの癌ポチなのでした。 │<< 前日へ │翌日へ >> │一覧 │ 一番上に戻る │ |
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