ブログを作る※無料・簡単アフィリ    ブログトップ | 楽天市場

ホーム
日記
プロフィール
オークション
掲示板
ブックマーク
お買い物一覧

PR


 


Mobile

>>ケータイに
このブログの
URLを送信!

Freepage List

040267 ランダム
新刊!!! (生活・インテリア)楽天ブログ 【ケータイで見る】 【ログイン】
Not Religion But BIBLE I am 天国民

夏樹の日記

<< 前のページへ一覧

全て | カテゴリ未分類 | 夫婦 | 自分流正しい事 | 聖書のお話^^

Jul 11, 2009 楽天プロフィール Add to Google XML

新刊!!!
[ 自分流正しい事 ]    

ものすごく久しぶりですねww
たまにはここで日記ってのもいいかなぁって思って書いています。

その後どんな事があったのかを
書き綴るのには大変な労力が居るので、
あえて割愛しますww

でもとりあえず今回は2つ皆様にお知らせしたくて書いています。

1つ目は私の先生である
石井希尚氏の新刊が出ました!!
もしかして既に手に取られた方も居たりするのかなぁ?
「明けない夜はない」って本でディスカバリー21から発売されています♪
かなりこれ私の中ではヒットです!!
私がこの5年間大切にして来たことが
ぎっしりと詰まってます。
機会があったら普通に書店で買えますので是非とも手にとって見て下さい^^

2つ目は久しぶりにゲーム会なるモノを主催しようかと
もくろんでいます。
まだまだ具体的ではないのですが、
1つ目の不動産も手に入れたことだし、
原点に帰ってみようかなぁなんて思って
参加したゲーム会
相変わらずネットワークの温床だったらしく、友達連れて再参加しようとしたら、
拒否されてしまいました・・。
(初回参加の時にネットワークって知らなくて、昔はネットワークの温床だった事が
あって嫌になって辞めましたって言ったからかなww)
友達もやりたいって言ってるし、これは自分でやるしかないのかなぁって
思っています・・。
まだ具体的な日程や段取り決まってませんが、
夏樹が不動産を手に入れるまでの事大した話では無いけれども、
出来たらいいなぁって思っていますので、
希望の日程などご意見ください。
あ、開催場所は調布近辺ってのは譲れませんww出不精なのでwww

Last updated  Jul 11, 2009 10:51:25 AM
コメント(0) | コメントを書く


Sep 5, 2007

リンク^^

随分と時間が経ってしまいましたが
ようやくリンク許可を頂きました!!

ゴスペルとは?

ウソ?ホント?

イラク戦争について

パッション

この4つが特にお勧めです!
先日の日記について疑問などがある方は
是非とも見てみて下さいね^^

Last updated  Sep 8, 2007 12:05:43 PM
コメント(2) | コメントを書く

Aug 16, 2007

自由意志とは

長い間お待たせしました。
すぐに答えを書こうと思いながらも
どうしても書く事が出来ず、お待たせしてしまいすみませんでした。
この数日、真剣に考えた・・。
答える事は結局新たな論争を生むだけなのではないだろうか、
単に知識欲を満たすだけであって、本当の救いに導く事ではないのではないか。
ハタマタ自分自身がその役割としてあるのか・・等など
色々な葛藤があった・・。

何度も何度も文章を書いては消した・・。
イッソ答えるのを辞めようかとも思った・・。
だが、やはりこの事だけは今一度自分の方向性を確認する意味でも
向き合っておきたいと思った・・。

だから質問への答えにはならないかもしれない・・。
だが、夏樹が真に神と向かい合った結果導き出された答えを
ここに記録として残しておきたいと思う。

そもそもの疑問はなんだったのか?それは、
「神は何故人間に自由意志を与えたのか?」という事で、
それに対して「神はロボットを造ったのではない」といわれるが
それがどういう事なのか?という事だ。

それは、
「神は人間と自ら愛を示す関係を持ちたかった。その為に自由意志を与えた。
神は人間を自分に似せて創ったとは自分で選択出来るという
大事な要素を与えた」という意味だ。

自ら愛を示す関係とはどういう関係なのだろうか?
それは愛さないという自由を与えてる状況でそれでも愛するという
選択をするという関係である。
本当の愛の実質とは、一方的に強制する事ではない。
自らの意志で選択するのが、神の言う愛“アガペ”なのである。

その自由意志を悪用したのはサタンであって神ではない。
そして、自由意志で神から離反したのも神ではなく人間である。
その自由意志を使って意図的に神へ反逆することを
聖書では罪と言うのである
この時点で神を否定するのは違う・・。
否定するべきはサタンであり人間である。
もしあなたがだから神は・・と言って、サタンについていくのだとしたら、
それは大きな間違いではないだろうか?
 
人間社会の話が例には出ていたのでその例で話をしよう。
部下が失敗をしたら上司が責任を取るのは当然である・・・と書かれていたが。
それは当然であるかもしれない。だからこそ神は最終的には責任を取ってくれている
それが十字架である。折角責任を取ってくれているのにそれを拒否するとしたら、
それはおかしいのではないだろうか?あなたは神が責任を取るべきだと
言うのだったら、責任を取ってくれた神の方法に従うべきなのではないだろうか?
(まぁこの話はまた別の話なので、話を元に戻すが・・)
 
あの上司の部下は失敗したからと言って上司についていかないというのは正しいだろうか?
本当に失敗したのは部下であるのに、だからあの上司には付いていかないと
言うのは人間社会においても間違いであろう・・。
もちろん上司は上司であってそれだけの責任があるし
愛を持って部下を守らなければならない。
もしその上司に愛がなければ部下の失敗は部下の責任と言って逃げてしまうだろう。
神は愛があるからこそ、神の責任では全くないのに、
部下である人間を守ろうとしてくれている。
それが旧約聖書の長い長い神と人間の歴史の話である。
何度も何度も神は神に立ち返る事を求めている。だが人間に罪が入ってしまった今
人間の力では無理なのだ・・。たとえモーセを用いて海を割っても、
十戒を与えても、例えノアを用いて一度世界を滅ぼしても・・。
結局は人間は罪に戻っていってしまう・・。
サタンに自らの意志でついていってしまうのだ・・
もしあなたがサタンについていくのだとしたら、これと同じことである。
この世の中は黙示録の時代まで確実にサタンに支配されている世の中なのだから・・。
 
人間から自由を奪うことは神にとっては容易なことである・・。
だが、それは神が創ろうとした世界ではない。
神はエデンを創りたいのだから・・。

唯一約束であった「知恵の実を食べるな」という約束、
それは自分が神になるという考えを自ら捨てて神を神として生きるという意味である。
そして、それを神は今でもあなたと、私に願っている

私の話を少しさせて欲しい・・。
私は小さい頃から「正しい事」にあこがれていた
だが、自分の握っていた「正しい事」で愛する人を傷付けた。
自分の思う「正しい事」のモロさを感じた・・。
それから全く自分が選択する事に自信がなくなった・・。
それでも唯一自分の思う正しい事で生きるしかなかった・・。
その時神は愛を持って私に語ってくれた
「真実正しい事を追い求めながら何故唯一の正しい事である私を拒むのか?」と・・。
その通りだと思った。そしてわたしは天国民になった。
 
自分が中心の世界は何処まで行っても満たされない。
又、自分が中心の世界は本当に皆にとっても素晴らしい世界なのだろうか?
自分というちっぽけで、今まで経験したことでしか今を判断出来ない自分が
世界の中心であれるはずがない・・。
唯一世界の中心に居れるのは神だけではないだろうか?
誰が神になれるだろうか?

今日のこの日記が1人の人にでも心に届き
神と出会う為の手助けとなりますように・・。

PS 何故キリスト教の国が争うのか?という事に対してはお勧めのサイトがあって
今そちらにリンク許可を出していますので、しばらくお待ち下さい。

8・24追記
削除予定でしたが、もうしばらく、残しておくことにしました。
リンク許可まだ下りていないので、もうしばらくお待ちください。

Last updated  Aug 24, 2007 08:13:12 AM
コメント(2) | コメントを書く

Aug 6, 2007

神が愛なら
[ 聖書のお話^^ ]    

先日友人Mちゃんのブログで以下のような文章が乗っけられた

『私は神様の存在は信じてない。
無宗教だし、全知全能の神様がいるって思えたことがないから。
だってさ・・・
全知全能な神様が存在するなら・・・・
どうして途上国の子供は死んでいくの??
前世からの業(カルマ)だって簡単に言うけど・・・
生まれて数年の子どものがツケを払わないといけない程の罪があるの?』

という文章だ。

わたしは別に神を信じていないという事に対してとやかく言うつもりはない。
だが、わたしは天国民という立場がある。
その立場でこの彼女の質問に対しては答えたいと思ったので、
彼女にその意志を伝えると、
彼女は「夏樹が天国民なのを知った上で書いてるし、長くなっても良いよ^^」と
ありがたいお言葉を頂いた^^
だが、さすがに、相当長くなるだろうし、彼女のサイトで乗っけるのは
ちょっと気が引けるので、久しぶりだが、ここへ日記という形で
書くことにした。

さて、この彼女と同じような意見は良く聞く。
所謂「神が愛なら・・・」という意見だ。
かく言う私もついこの前までは同じような事を考えていたし、言っていたww
だが、今はそれが恐ろしい誤解と誤った視点の上に成り立っていたという事を
知っている。
では、どのように視点が誤っていたのか?
それを見て見たいと思う。

まずは大きく分けて3つある。
1つ目は「神」の基準を知るという視点
2つ目は「神」が愛だからこその視点
3つ目は「神」を「神」と認めるという視点

この3つだ。

(ちなみにMちゃんの言っている前世からの業(カルマ)の話は
私がこれから話そうとしている聖書の神とは別の視点なので
此処では触れません・・。というか詳しく解りませんwww)

では一つ一つ具体的に見ていくとどうなのか?
まずは一つ目の「神」の基準を知るという視点だが、
人は良く「神が愛なら何故殺人や戦争は起こるの?」と言うが、
その質問はこれが答えなのではないだろうか?
皆様も「十戒」という言葉位は聞いた事があるだろう。
旧約聖書でモーセという神から選ばれた人が神と人間の間の
律法を授かった・・それが所謂「十戒」である。
その十戒の中の一つに「人を殺してはならない」というのがある。
他のも知りたければ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%82%BB%E3%81%AE%E5%8D%81%E6%88%92
をごらん下さいwww
そう、神はハッキリと「人を殺してはならない」と言っているのだ。
つまりは神の基準の中では「人を殺して良い」とはしていないという事だ。
では、何故殺人が起こるのだろうか?それは人が神に反抗しているという事
以外の何物でもない・・。
もし人が神の言っているしてはいけないの一つでも守れたならば、
殺人も戦争も起こらないのだ・・。
つまりは、神が殺人を起こしているのでも戦争を起こしているのでもない。
それらを起こしているのは人間の方なのだ。
こういうと、
多くの人は起こせなくすれば良いと考える人も居るかもしれない。
だが、それは、神のロボットになる事でしかない。あなたは神のロボットになりたいですか?


そして、ここで大事になってくるのが2つ目の視点
「神」が愛だからこそという視点である。
人は「神が愛なら何故??」というが、もしあなたが言うように
神が殺人者をのさばらせてはならないと人を神の全知全能の力で
滅ぼしていたら・・・・
(神にはそれはたやすいことである。事実旧約の時代には多くの国が国単位で聖絶されている)
あなたは生き残れるだろうか?
「わたしは殺人なんておこしてない」し大丈夫でしょうと言う人も居るだろう
私も人を殺めた事はないww(あったら困るが)
だが、神の基準から言ったら私自身は残れない。
というのも、マタイの5章22節という所に神の基準について書かれて居るのだがそこで
イエスは以下のように言っている。
<しかし、わたしはあなたがたに言います。兄弟に向かって腹を立てる者は、
だれでもさばきを受けなければなりません。兄弟に向かって『能なし。』
と言うような者は、最高議会に引き渡されます。
また、『ばか者。』と言うような者は燃えるゲヘナに投げ込まれます。>
つまりは、心の中で馬鹿者とか能無しと思った時点で、殺人と同罪であるとするのが
神の基準だという意味だwww
こうなると恐らくは全員殺人者なのではないだろうか??

また、戦争とはどうして起こるのだろうか?殺人とはどうして起こるのだろうか?
「俺が正しい」「俺の考えが正しい」「自分の利益を優先していい」そういう
思考が国単位になった時、戦争というのが起こるのだと思う。
つまりは、全ての根源は「自分が正しい」という所に発するのではないだろうか?
では、あなたは日常で「自分が正しい」と思ったことないだろうか?
わたしはあるww
特に夫婦喧嘩をした時は必ず「自分が正しい」と思っているwww
喧嘩だけではない。「傷ついた」と思っている時・・
それも結局は「自分の考えを受け入れられなかった」という、
逆を返せば「自分の考えは受け入れられれるべき」という視点が隠れていたりする。
つまりは人間関係の摩擦の殆どが「自分が正しい」という事が原因だと
言っても過言ではないだろう。
そして、人は人間関係の摩擦にあった事がないという事は殆ど無理であろう。
つまりは究極人間関係の摩擦とは小さな戦争なのではないだろうか?

そして、神が愛ならば殺人とかを放任するべきではない!のだとしたら、
私も又滅ぼされなければならない人間になってしまうが・・
あなたはどうだろうか??www

さてさて、最後3つ目だ・・。
「神」を「神」と認めるという視点だが、
これは「神が愛なら・・・」「神は愛なのに・・・」と言っている
「・・・」が一体どこから来ているのか?という話だ。
その基準って何処にあるのだろう?
「神が愛なら・・・であるべき」って結局は自分の考え自分を
基準にして、神を自分の枠にはめ込んでいる考えでしかない。
つまりは自分が絶対的支配権を持っていて
その自分の支配権の考える基準に到達していないから、
神を否定しているという事である。
しかも、大抵はそれは感情であって、変化していく。
昨日まではタバコが好きだったのに、
自分が禁煙しだしたらタバコが嫌いになる・・。
人間と言うのはそういうものである。
その人間が基準で何かを決めているとしたら・・・
とんでもない事である・・。
もっと、ヒラッタク言うとそれは自分が神でしかないのだ。
自分を神として神を裁いているという
とってもおかしな現象でしかないのではないだろうか??

さてさて、此処までいっぱい
「神が愛なら」について書いてきたが
いかがだったろうか??少しでも皆様の
「神が愛なら」という視点に新たな風を送り込めたのならば
すごく嬉しい。
(実は此処までの文章1度消えて書き直した・・・><)

そして、最後に
「神が愛ならば信じるものしか救われないのは何故?」
という質問に対して答えたい。
一つは神は義であるという性質がある。
義とは一点のくもりもないという事だ。
そしてその義が支配する世界が天国だ。
もしその天国に不義があったらあなたは天国に行きたいだろうか?
行きたくないし、そんな所には希望はない・・。
だからこそ、義なる天国に行くためには不義を洗い流さなければならない。
これが所謂「信じるものが救われる」と天国民が言う意味の一つの方向である。
だが、勘違いしないで欲しい。
神は裁きたいわけではないし、皆を救いたくないわけでは絶対にない!!
その証拠に救いを受け入れるのは本当にたやすい。
ただ、神が神であると認めれば良いだけなのだから。
何かお金を積む必要も、修行をする必要も全くない。
ただ、神が神だと認めるだけで良い。
神が人を救いたくないのだとしたら、もっともっとハードルをあげただろう。
例えば・・・。そうだなぁ・・・。
救われる為には針を1000本飲まなければならないとか・・・www
そんな事を言って居るならば初めて
「神は愛なのに何故??」と私も言うだろうww
だが、神は愛で皆を救いたいと思っているから、
神を神として認めるだけで良いと言っているし、
また、あなたにこうして私のつたない日記と言う形すらをも使って語りかけている。
人生の中で一度も全知全能の神について知らないという事がないように
神は必ず語りかけているはずである。
(語られた事がない人が居たらその人は逆に絶対に救われるのではないかと私は思う)

そして、もしあなたがそうか!!
それが神なのか!!と思った人が居たならば、
そして自分も単純に神を神として認めるだけで救いにあると
今日、知った人が居たならば、
共にこれから先、神を神として歩んで行きましょう^^

長い長い文章でゴメンなさいでした^^


Last updated  Aug 7, 2007 12:16:17 AM
コメント(9) | コメントを書く

Apr 24, 2006

ものすごーーく久しぶりの日記ww
[ 自分流正しい事 ]    

ものすごーーく久しぶりの日記です^^
皆様お元気でしたでしょうか??
すごーーく久しぶりに書いたら、日記を書くエディタが大幅に更新されていて
ビックリ!!!。でも私にはそんなもの使いこなせませんので、
ごくごく普通に書いてます^^。

さてさて、久しぶりの日記は某所から頂いてきた
「あなたの言葉」という勝手に私が命名したバトン(?)です。
まぁ、バトンと言うか、「あなたなら何て声を掛けますか?」という
質問だったんですけど、結構まじめにやったし、
何となく後から読んでみたら私らしいなぁーー^^なんて
思ったりもしたので、楽天にもアップしてみました^^。

まぁ、元気ですって事も合わせて、相変わらずだなァーー夏樹はなんて
思っていただければうれしいですww


  1.飛べなくなった鳥へ
    
    飛べなくてもあなたには、歌う事が出来るよ^^

  2.歌えなくなった鳥へ

    歌えなくても、あなたは周りを優しい気持ちにさせる、
    美しさがあるよ。

  3.恋を忘れた人へ

    今は恋を忘れたならそれでいい。自分を磨いてごらん。
    そうすれば自分が恋をしなくても相手が恋をしてくれて
    あなたに恋を思い出させてくれるから。

  4.温もりを感じなくなった人へ

    人から与えられる事に目を向けないで、
    自分から与えられる事に目を向けて、
    実際にそれで行動してごらんよ。
    そうすれば必然的に周りの人があなたに温もりを
    くれるようになるから。       

  5.記憶を喪失したことに戸惑う人へ

    人は記憶があると必ずそこに依存しようとする。
    良いこともあるけど、大抵は良くない事の方が記憶には
    残ってしまうという悲しい生き物だから、
    それがなく、自由を手に入れたと言う事は、ある意味すごく
    すばらしい事かもよ^^

  6.存在意義を見出せず悩む中年の人へ
    
    あなたに存在意義がなくてはいけないだなんて誰が決めたの?
    あなたに存在意義がないなんて誰が決めたの?
    あなたは生まれてきただけで、充分に意味があるのに・・。
    ましてや、あなたに子供が居たとしたら、
    あなたは新しい命を一つこの世に生み出したという、
    ものすごい役割を果たしたのに、それ以上に何がなければ
    いけないと言うのだろう?    

  7.人を傷つけることに抵抗感を感じなくなった人へ

    正しいという時は「一(はじめに)止(とまる)」と
    書くんだよ。あなたは、一(はじめ)から
    人を傷つける事に正しさを感じていましたか?
    正しく生きよう^^

  8.世の中自分一人で生きていけると思っている人へ

    人は必ず心の中に空洞を持っている。
    それは誰によっても埋められないという
    悲しい体験をし続けてしまったあなた・・。
    だから、一人で生きていけると
    思わなければ生きていけなくなってしまったあなた・・。
    でも、考えてごらん。今まであなたが生まれて
    今の年齢に育ってくるまでだって、
    絶対に一人で生きてきたなんて事は
    ないはずだよ。だって、水道から流れる水だって
    水道局の人の手が入ってるし、
    ましてや、お米一粒なんて、何ヶ月もお百姓さんの手を
    通して作られてるんだから。
    あなたは絶対に一人では生きていけないよ。


  9.孤独というものから目を背けようとする人へ

    (人は絶対に孤独ではないので、もしその人が孤独だとしたら、
    孤独ではないという事を説明すると思います)    

  10.理由もなく涙してしまう人へ
 
    あなたの涙はあなたの心を浄化してくれるから、
    好きなだけ泣けば良いよ^^
    きっとあなたを守る全てのものがあなたに今触れているのだから。    

  11.明らかに不向きだと思われる職業に就こうとする友人へ

    人の心は自分以外の何者かになろうとする時にものすごく
    辛い思いをする・・。
    それは、陶芸家が作ったお皿がフリスビーになりたいと
    願うようなものである。
  
  12.ホームから、線路に倒れこもうとしているオジサンへ

    命は誰も自分で作り出したわけでないのに、
    死は自分で作り出してしまうのですか?
    あなたにはその権利があるのですか?
    私達は命を与えられた以上、それには尊い意味があるのだから、
    それを全うせずに死を選ぶ権利があなたにはあるのですか?

  13.嫌だと思っている自分の中の自分たちへ

    今は何故あなたが自分の中に存在するのかは解らないけども、
    過去私が認めていなかった自分が今輝いているように
    いつかあなた達も輝くのでしょうか?
    それを期待してあなたも大切に生きられる人間に
    私はなりたいと願ってます。

  14.お金が全てだと思っているのに親の財産だけで遊んでいる人へ

    人の心の空洞は決してお金の形では空いていません。
    人の心の空洞は尊い愛でしか埋めることは出来ません。
    また、お金だけを見つめるならば、そこには生きるお金と
    死ぬお金があります。
    早いうちにその事に気がついて、良心を貫いた生き方をして下さい。

  15.大好きな人を失った自分へ

    コレで一つ、大きくなったね。
    これからは、大好きな人を失った人の気持ちが理解できるね。
    いつまでもその気持ちを忘れないでね^^


 ラスト

  ・5年後の自分へ
   
   今生きていることに日々感謝していますか?
   今の(5年前の)自分よりも、成長していますか?
   同じ状態は成長ではなくて停滞です
   もし、あなたが今の(5年前の)自分よりも成長していないなら、
   今一度成長すると言う事を考え直してみましょうね^^

Last updated  Apr 24, 2006 03:05:32 PM
コメント(5) | コメントを書く

Oct 19, 2005

【日常】究極結婚とは?そしてカウンセリングの価値とは?
[ 夫婦 ]    

今日の更新は実は私が書いた文章ではありません。
私の友人が書いた文章で、
とある相談者に対して書かれた内容です。
でも、あまりにも私が言いたい事、或いは
普段この日記を通して言っている事が
的確に書かれているので本人の許可をとって
一部修正も加えて、アップさせていただきました^^

==以下友人の文章==

結婚生活において幸せが感じられる、それは誰もが望むことです。
でも、幸せが感じられなければ結婚生活ではないと、思っているの
であれば、それは違います。
「病めるときも健やかなる時も」つまりいかなる時も、
=最悪の時も、自分の感情が辛い時も、相手の最善を願って、善を
行う意志がありますか?という誓いの言葉を思い出してださい。
結婚生活に、最悪な時がつきものだ、ということも意味しています。
チャペル式の結婚式は、必ずこの誓いをします。そして、これが
最重要事項です。バージンロードがあるかないか、指輪があるかない
かは究極的にどうでもよくて、この誓いをどれだけ真剣にできるか、
が最も大事なことなのです。

二人がここに同意できなければ、簡単に、
自分の感情が気に入らなければ話し合うことを拒否し、相手の常識が
自分と違うと、相手が間違っていると拒否する関係になります。
石井(このHPでも良く出てくる、
「この人と結婚していいの?」の著者である石井希尚氏)は本業が牧師であるので、
結婚式の司式を行う立場でもあるのですが、挙式前のカウンセリングで
これに同意出来ない二人であれば、司式を頼まれても決して
引き受けることがありません。つまり、カウンセリングなしに
挙式の司式を行うことがないわけですね。それだけこの決意が重要で
あるということです。

石井があんなに本を書いたり、毎日毎日人の悩みに向き合っています
理由、それは一人でも多く、結婚関係を回復し、離婚を食い止めるため
であり、常にギリギリの崖っぷちで真剣勝負をしています。それだけ
結婚を決める時の決意は重いものでなければなりませんし、簡単に
別れてはいけないものなのです。同じ別れるにしても、認識すべき
正しい知識に基づいて、結論をだすのと、ただ、イヤだから別れる
のでは、その後の歩みに雲泥の差が生まれます。

本当は結婚前に確認すれば良かったこと。でも結婚してからでも
遅くはありません。遅くない可能性もありますといった方が正しい
かな。
この土台を、二人が共通のものとして据えてなければ、二人の関係は
簡単に崩壊します。好きという感情が土台であれば、その上に建てら
れる家は、ちょっと台風が来ただけで、簡単に崩れてしまうでしょう。
結婚とは、単に二人の問題でなくこれから命を生み出して行く重大な事業
を背負ってもいます。二人の関係、それぞれの精神状態がどれだけ
子供の精神に影響を与えるかわかりません。精神的にダメージをうけ
た子供達が、傷を克服せずに結婚してしまって、その後の結婚関係を
上手く維持していけると思いますか?

仮に今の相手との結婚がだめになったとしても、お互いにまた相手を探す
ことでしょう。でも、結婚に対するこのような知識がないまま、また
自分の自己中心性を野放しにしたまま相手を探したところで、同じ問
題を繰り返すことは目に見えています。
再婚者の離婚率は初婚者の離婚率より高いというのも、問題の根本
を残したまま結婚に突入してしまうことが原因でしょう。もし、今回
の問題が二人の問題を超えて、それぞれの人生を左右するきっかけと
思えるなら、優先順位も変わって来るのだと思います。

人は本当に欲しいものには、借金をしてでも買ってしまうのに、
本当に大切なことには、お金や時間を惜しむ傾向があります。
もしも、カウンセリングが大切だと思えたなら、価値あるものに経済
を用いることは賢いことだと思いますよ。

==友人の文章終わり==

いかがでしたか?結婚とは?って事・・カウンセリングを受ける事の
意味・・・全て私が言いたい事がギューっと入っていたので、
本人の許可を得てアップさせて頂きました。
特に最後の部分・・。
ここでもよく相談を受け、
「カウンセリングを受けた方がいいよ^^」
って事言わせていただくのですが、多くの人が
「距離が・・・お金が・・・」といわれるケースがあります・・。
でも本気でよくなりたいと思うのなら、
多くの成功のケースがある、石井氏の元へ来る事は
決して損では無いと私も考えます・・。
石井氏の言う事を聞いて失敗した例と言うのを
今の所聞いた事はありませんしね^^
それに、どこか皆様の中でもココに来れば何か良いアドバイスをもらえるかも・・
と考えて出入りしてくださっている部分もあるわけですよね?
だとしたら、私自身がこの日記で書いている事というのは、
基本的に石井氏に教わった事ですから、
私自身を頼るよりも何倍も本人に相談する方が近道ですよ^^
本気で悩んでいる人、本気で疲れてしまっている人・・
一度足を運んでみてはいかがでしょうか^^
来る前には一声かけていただければ、スタッフと共に私も
大歓迎させて頂きます^^



Last updated  Oct 19, 2005 11:30:03 AM
コメント(2) | コメントを書く

Sep 10, 2005

【聖書】受肉って??
[ 聖書のお話^^ ]    

今日はちょっと面白い話を聞いたので、
それを皆にもシェアしたいと思って日記を書いてます。
それは神の「受肉」についてですww

ハイ???!!!ってビックリされそうですが、
ここの所日記を書けなかった理由の一つに
順序だてて説明しなきゃ!!見たいな感覚があって、
それで書けなかったのもあったので、
順序とか、そういうのはすっ飛ばして、
その時その時 夏樹 が感じた事、皆にシェアしたいって思う事を
シェアして行こうかなァなんて思いなおしたので、
勝手に進ませていただく事にしましたwww
その代わりと言ってはなんですが、質問ドシドシ受け付けます。
そして、説明が長くなりそうな時は日記にて返信などもします。
ですから、基本的な質問かなァ・・・なんて思っても全然良いので
してきて下さいね^^

と言う事で今日は「受肉」についてです。
そもそも皆様はもしかしたら「受肉」という言葉すら
始めて聞くかもしれないですね^^
受肉とは何なのか・・。
それは聖書の中で書かれている事で、
天国民にとってはとても大切な事の一つなのですが、
天国民が「神」と認めている天地創造の「神」は目に見えない実存であると
されています。
旧約聖書にも何度か神がイスラエルの民を救ったりするのですが、
その時も人の目に「神」そのものの姿が現れる事はありません。
雲に宿ったり、火に宿ったりして、人が認識出来るようにする事はあっても、「神」そのものは現れないんです・・。
でも、神が天地創造をしてからの長ーーい歳月の中で
神が人々の前に人が見える姿で現れた瞬間が33年だけあります。
その人間に見える姿で現れた行為を「受肉」というのです。
さぁ、聖書を少しでも学んだ事がある人はもう気づきましたね^^
33年・・・つまりはイエスキリストとして受肉して神は地上に降り立ったんですよね^^
そして、人間の罪を赦す為に、十字架があった・・。
(その話はまた今度にしましょうww)

前置きが長くなりましたが、ここからが今日皆にシェアしたい話です。
それは「何故神は受肉して私達の前に現れたのか??」という話なのですが、
ここで、少し例話をしたいと思います。

ある冬の寒い日に一人の男性が暖炉にあたっていました。
外は吹雪いています・・・。
暖炉にあたりながら、ボーーっとしていた時です、
窓に何かが当たる音がします・・。
「バン!!バン!!」かなり激しい音です。
吹雪が当たっている音ではありません。
男は気になり、窓に近づいて見ました。
すると一羽の鳥が窓から中に入りたいらしく、
窓に体当たりしているのです。
男は驚きました。
きっと鳥は中に入りたいのでしょう・・。
外は吹雪きだし寒いし・・このまま外に居たら凍死しそうだったのでしょう・・。
それで必死になって窓に体当たりしているのです・・。
でも、残念ながらその窓はハメ殺しの窓です。
その窓から部屋に入れてあげることは出来ません・・。
男は困りました。
でも少し考えて鳥から見て斜め後ろにある、
ガレージのシャッターを上げてやる事にしました。
そこだったら吹雪も入ってきませんし、
部屋ほどはあったかくなくても多少は暖をとる事が出来ます。

そうこうしている間も鳥は必死に窓に体当たりしています・・
何度も何度もぶつかってきています・・

男は急いでガレージのシャッターを開けてやりました。

ガーーーー
シャッターが開きました。

でも鳥はそのシャッターが開いたことに気がつきません。
電気をつけて誘導してみましたが、それでもまだ気づきません。
そして相変わらず窓に体当たりを続けています・・。
男は困りました。
「おい!!ここはハメ殺しの窓だから開けてやることは出来ないんだよ・・。
あっちにいけよ!!ガレージを空けてやったじゃないか!!
ほら、気づけよ!!」
必死に男は部屋の中から言います。でも鳥にその言葉が届くはずはありません。
「おい!!ココじゃなくて、向こうだよ!!電気もつけたじゃないか!!
あっちにいけよ!!!これ以上体当たりしても無駄なんだから、
あっちに気づけよ!!」
男は必死に更に言います・・。
それでも鳥にはその言葉は届きません・・。
「バン!!バン!!」
と相変わらず体当たりを続け
しまいには血が出ています・・。
「もう辞めろよ!!これ以上体当たりしたらお前死んじゃうよ!!
あっちに行けよ!!あっちに行ったら暖かいし生きられるんだから、あっちに行けよ!!!」
男は更に声を掛けます・・。
でも鳥には届きません・・。
「ああ・・・・・どうすればいいんだよ!!どうすればお前に俺の気持ちが届けられるんだよ!!!!

ああ・・・・俺が鳥だったら!!!お前に生き残る術を教えてやれるのに!!

はい、これが受肉ですwwww

「はぁ?????」って言葉が聞こえてきそうですねww

神は人間に昔から、
どうやったら人が死なないで住むのかをずーーっと語っています・・。
アダムとイブの時代、「死」はありませんでした。
そして神が言ったように「知恵の実」を食べなければ、
「死」が人間の世界に入る事は無かったのです・・。
それでも人間は愚かにも「死」を選んでしまいました・・。
それからずーーっと人間は「神」の言う事に従わず、
「滅び」への道を選び続けています・・。
その姿は神からすれば、
まるで体当たりを続ける鳥のように神には見えたんでしょうね・・。
そして、
「お前ら気づけよ!!いつも俺がお前らの為に生きる道を示してるのに、
どうして気づかないんだよ!!!ああ・・お前らに姿を現せたら・・
お前らと同じ姿だったら、お前らに俺の気持ちを伝えられるのに!!」
そう思った神が今から約2000年前にイエスキリストとして地上に
現れて、そして「神の愛とは?」という事を伝えた・・。
そしてその教えが書かれているのが「聖書」なんですよね^^

先日この話を聞いたときに、初めて「受肉」って事が
すごーーく「神の愛」が現れた行為であったと言う事が、
それまでもまったく解ってなかったと言う事ではないのですが
身近に感じられたんですよね^^

皆様はいかがですか??
突拍子も無く行き成りこんな話だから
ちょっと伝わらないかな??

先にも書いたけれども、何か質問があったらドンドン聞いてくださいね^^

では又次回、何か夏樹のアンテナに引っかかる時までwww


Last updated  Sep 11, 2005 02:32:31 AM
コメント(0) | コメントを書く

Aug 7, 2005

【日常】受容と夫婦の愛
[ 夫婦 ]    

先日書いた「受容」の補足と言う事で
コメントに書いて下さった事へのレスをしている間に
とっても大切なポイントを書いてないことに気がついたので、
補足として書いてます。

それは、「受容する」と言う事は
100%自分の決断でする行為が「受容」という行為であると言う事^^

許すと言う事は本当に「許してやってる」ってなりがちだし、
相手に対しての感情になってしまう分、相手がまた同じ事をした時に
「許してやったのに!!」という感情になる。
だから、結局何度も何度もやられているうちに、
「はぁーー、もうだめだ・・・」と何度も許して来た行為すら
無駄にしてしまうという到着点になってしまう事がある・・・。

でも、「受容する」って事は、
悪い事だけどそれが相手だと受け止めると言う事
だから、もう一度やられても、
受け止めた事だから怒りが生まれない・・。
これが「受容する」と言う事の
大きな特徴だと言う事。

だから、夫婦にとって大切なのはこのことなのだと言う事^^

そして、又以前の日記(3つの愛)にも書きましたが
夫婦にとって大切なアガペの愛
これまた、違う見方をすると、自分が愛し続けると
選択している愛であると言う事^^

フィリオは自然に生まれる愛
エロスは感情、欲望が優先する愛
アガペは選択する愛

結局夫婦という単位を考えた時、大切になるのは
相手に左右される事ではなく、自分自身がどう選択するか?
なんでしょうね^^

難しいけど、その事に気がついた時、
本当にお互いが自立して、
いい形に「夫婦」がまわっていけるような気がします^^

私達もこういう夫婦を目指しています^^
皆様も一度立ち止まってこういう夫婦一緒に目指しませんか^^


Last updated  Aug 7, 2005 04:48:37 PM
コメント(3) | コメントを書く

Aug 5, 2005

【聖書と日常】受容

さてさて、前回の「暴言と言う事」に対してレスを下さった方々に
書いていたように、今回は「受容」という事について書いてみたいと
思います^^

「受容する」って皆様はどう言う事だとお考えでしょうか?
「受け入れる。」「受け取る」「許す」色々と出てきそうですね^^
私はずっと「受容する」って「許す」事だと思っていました。
だから、ずっと「夫婦にとって大切な事は受容しあう事」と言われる
度に「許して、許して・・・。でどうなるの??もう限界だよ」
って思ってきましたww

でも、聖書を知り、神の愛を知った時に、
「受容」の本当の意味が
「間違っていても、間違っている事も含めて相手を受け取る」
と言う事であると言う事を知りました。
そして、それが夫婦にとっては大切であると、アドバイスされていたんだと
言う事を知ったのです。

確かにそうなんですよ^^
許して居た時ってある種優越意識が入ってました。
「私は許してやっている!!」ってねww
(私だけかもしれませんがww)
だから、「もう限界!!」が来てたのです
でも、「受容する」と言う行為の
最大の見本は
イエスキリストが十字架の上で
自分を殺そうとする宗教家達に向かって
「神よ、彼らを許したまえ、彼らは何をしているのかわからないのです」
と祈った、あの行為なんですよね^^

つまりは、相手のことを受容して、
神に「彼らが間違った事をしてしまった事を許してあげて下さい」と
祈っている・・。
ただ、許すのではなく、更に相手の事を思っている・・。
ここまで行くから神=愛なのですが、
その前の時点で「受容」しているから出来るって事であって、
許しているだけではきっと出来ないですよね。
そして、「受容」した先には「愛」が生まれる・・。

ちょっと話がズレましたが、
結局夫婦で大切なのは、「許す」ではなく「受容です」
だからと言って、相手が間違っている時に何も言わずに
だまって「受容しろ」と言う事ではないですよww
ただ、相手に伝えて話し合った後は、
「許す」ではなく、「受容」しないと、
相手を憎み続ける事になるし、
辛くなります。

皆様も一度「受容する」と言う事考えてみてはいかがでしょうか^^

と言う事で次回^^

Last updated  Aug 5, 2005 07:15:58 PM
コメント(4) | コメントを書く

Jul 27, 2005

【夫婦】暴言と言う事
[ 夫婦 ]    

今日は先日の【ケース2】に対して書き込みをして下さった
モンチッチさんが言っていた、問題を抱えた夫の暴言について
夏樹が理解している事を話して行きたいと思います^^

大抵の問題抱えている旦那様を持っている方に聞くと
旦那様は暴言男が多いみたいですね^^
うちの人は昔はそうでもなかったのですが、
色々とあって、本当に別居中にいよいよ無理かなァ・・って
なってた時から暴言を吐くようになりました。
きっと必死だったんでしょうね・・。
トラックバックさせてもらった
hotstarさんの今日の日記にあるけど、
男性ってウルトラマンだから、
自分が認められてないって感じると、
「俺はこんなに正しいんだぞ!!」って言いたくて
結局それでも正しい事してないから、
わけわからなくなって
「暴言」になってしまう・・。
悲しい負の連鎖なんですよね^^

女性には理解しづらいかもなので、
女性語で話をすると、
男性って自分が正しく居なければいけない存在なんです。
「だったら正しい事すればいいじゃない!!」って
思うかもしれないけど、それが出来ないのが人間ww
まして、問題を抱えている男性にとっては更に至難の業・・。
それでも正しいと妻に認めてほしくて、
結局それが暴言という形になる・・。
こういう事ですww

私達夫婦の場合この事に気づいたのは
前回の導きがあった後、
つまりは再び一緒に暮らし始めてしばらくして
冷静になってからなのですが、
この事に気づいた事で
私の中で新たに旦那を許す心と同時に
同情する心が生まれました^^

以前、男と女の心理学講座で学んだ
インナーパーソンを傷つけてしまった
時の対処の段階の中で
「同情する」ってあったのですが、
それってとっても大切なんですよね^^

出来てるって思ったけど、
私が同情していたのは、彼がギャンブル依存であると言う事や、
普通の人だったら出来るであろう正しい事が出来ない人で
あると言う事で、結局は見下げていたのかもしれない・・。
それは同情とは、違ったなァって
今改めて思います。

なんだか、まとまりのない文章になってしまったけどww

とりあえず、ふと考えた事を書いてみました^^

Last updated  Jul 27, 2005 08:53:44 AM
コメント(6) | コメントを書く


<< 前のページへ一覧一番上に戻る


Powered By 楽天ブログは国内最大級の無料ブログサービスです。楽天・Infoseekと連動した豊富なコンテンツや簡単アフィリエイト機能、フォトアルバムも使えます。デザインも豊富・簡単カスタマイズが可能!

Copyright (c) 1997-2012 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.